『戦争の天才』は産業革命を起こす!
私が農村の視察から帰って5日ほど経った頃。
ハベルゼンが私の元に吉報を持ってきた。
「失礼します。先程、研究機関より蒸気機関、並びに改良型紡績機が完成したとのことです!」
私はそれを聞いた瞬間、嬉しさで思わず立ち上がってしまった。
「それと、後装式小銃、試製曲射砲も完成したとの報告が」
「すぐ研究所にいくぞ!」
蒸気機関と近代的な銃。
この2つが完成したのは非常に素晴らしい。
この2つはまさしく近代化の象徴と言える。
正直、完成するか不安だったが、この世界の金属加工の技術は前世の中世よりもかなり高い。
故にこの2つも指示を出してから2年と言う極めて短い歳月で完成したのだろう。
私は急足で研究施設に向かった。
道中、ハベルゼンが私にこんな質問をしてきた。
「陛下、蒸気機関と銃はそれほどまでに素晴らしいものなのでしょうか?」
ハベルゼンは不思議そうにそう質問した。
私は以前、ハベルゼンにこの2つの素晴らしさを説明したが、その時も完璧には理解されなかった。
実際、ただ回転するだけの機械と魔法で代用できそうな攻撃手段の開発が成功した、と言えないこともない。
最も、私はこの2つはこの世界において大いなる進歩だと確信している。
百聞は一見にしかず。
ハベルゼンも見ればこの素晴らしさを理解するだろう。
「待っていたぞ」
研究員がそう言って私を案内する。
小柄な見た目に肉付きのいい男。
この男はおそらくドワーフだろう。
ドワーフとは、ものづくりが得意で力が非常に強い種族だ。
蒸気機関と銃の製作には適任だな。
「これが完成した蒸気機関だ」
そう言って見せられたのは巨大な機械。
爆音を奏で、高速でピストンを動かす様子はまさに近代化の象徴と言える。
そんな蒸気機関の大きさは縦25米、横12米高さ8米。
圧倒的だ。
ちなみにこの世界の大きさの単位は前世とおそらく変わらない。
前世の1米と比べる手段がないが、体感は同じくらいだ。
「これは、どうやって動くんですか....?」
ハベルゼンがその大きさに圧倒されながらも私に問いかけた。
「仕組みは簡単だ。まず、ボイラーで水を蒸気にする。その蒸気でピストンを上に押し上げる。押し上げたらさっきの蒸気を復水器に持っていく。するとシリンダー内の気圧が下がりピストンも下がる。これを繰り返すことで連続的に上下運動を行うことができる」
私が説明を終えるとハベルゼンは複雑な顔をしていた。
「その、復水器? を使う意味は何なのですか?」
「ああ、それはシリンダー内の温度を下げないようにするためだ。シリンダー内の温度が下がると効率が下がってしまうからな」
ハベルゼンは余計にわからなそうな顔をしてしまった。
これに関してはどう説明したらいいのか....
基礎的な科学の知識がないと理解は難しいからな....
「それと、これが後装式小銃の試作品だ」
そう言ってドワーフは銃を持ってきた。
見た目は前世の三八式歩兵銃に似ている。
実際、私がモデルにしたのもそれだ。
私は早速外に出て試射をすることにした。
弾は8.5粍ライフル弾使用。
銃身長は797粍。
ボルトアクション方式で装弾数は6発。
確か前世の三八式歩兵銃は口径が6.5粍、後継の九十九式は7.7粍だった。
だが、この世界では人間の筋力が平均して前世よりも高いので、より高威力かつ加工が容易な8.5粍にした。
この世界でも一応、前装式のマスケット銃もどきはあったのだが、命中精度がいかんせん悪く、再装填に時間もかかり、射程距離も短い。
それなら魔法を放った方が早い。
ということで、銃はそれ以上発展せず、儀礼用でとまっていた。
だが円錐型の弾丸と火薬を一体化させた、いわゆる『弾薬』を複数装填可能にし、さらにライフリングを施せばマスケット銃もどきは『小銃』に昇華させることができる。
そしてその小銃は魔法にも引けを取らない武器になり得る。
「これが言われた通りに作った弾薬だ」
そう言って6発の弾薬を私に渡した。
私はそれを受け取り、丁寧に込める。
6発全てを入れ、ボルトを押し込む。
的は150米先だ。
私は久々の感覚に高揚しつつ、脇をしめ、水平に構え、冷静にアイアンサイトで狙いをつける。
そして引き金を引いた。
次の瞬間、爆音と共に、肩に人がぶつかったかの衝撃が加わった。
その音と衝撃は慣れない人にとっては非常に怖いもので、ハベルゼンはひどくびっくりしていた。
私はそれに構わず2射目を撃った。
ハベルゼンはまた驚いた。
私は3射4射と撃って全てを撃ち尽くした。
6射目にはハベルゼンも慣れたのか、冷静に銃口を凝視していた。
「先端から、何かが出ていましたか?」
私が全て撃ち終わるとハベルゼンはそう質問した。
流石ハベルゼン。
まさか肉眼で弾を見るとは。
この世界の人は動体視力も前世よりもよくなっているらしいが、それでもまさか亜音速の物体を見ることができるとは....
「ああ、火薬の力で金属を打ち出す。それが銃だ」
「魔法とはまた違うのですね」
「そうだ。魔法より扱いが容易で、本人の適性なく使えるし魔力切れが起こることもない。更に魔法より射程距離が長い」
銃における最大の利点は誰でも一定の所まで強くなれる事だ。
剣は数年から数十年の研鑽をしなければ実戦で敗れてしまう。
魔法も多くの年月、研鑽を積まなければすぐに魔力切れを起こして戦力外になってしまう。
だが、銃は半年、いや、それよりも短い期間である一定の力を得ることができる。
それは本人に剣の素質や魔法の素質があるかは関係ない。
健康な人間なら誰でも力を得られるのだ。
そしてその力は中級冒険者程度なら簡単に倒せ、上級冒険者と互角にやり合えるだろう。
私はその後一通りの研究成果を把握して、研究所を去った。
曲射砲はまた後で見せてもらう事にした。
まずは銃の生産準備を優先したい。
執務室に戻り、私はハベルゼンに指示を出す。
指示の内容はこれからの工業化についてだ。
現在、この国の布製品は問屋製家内工業、工場制手工業の方式で生産されている。
だが、これからは蒸気機関と改良型紡績機を使って布を生産する。いわゆる、工場製機械工業にする事で、現在とは比べ物にならないほど生産効率を上げることができる、と言うわけだ。
そしてその大量生産した布を海外に向けて売れば莫大な利益を得ることができる。
以上が産業革命の概要だ。
私はハベルゼンに工業化に向けた指示を出した。
―5年後―
蒸気機関発明から5年後、この国は過去類を見ないほどの進歩を遂げた。
蒸気機関と改良型紡績機を使って作られた布は短期間に大量生産でき、なおかつ質も今までと変わらない。
その為、国内外問わず人気があり、今やこの国の主要産業だ。
更に蒸気機関を使った車両、蒸気機関車が国内のあらゆるところで開通し、今までできなかった大量輸送を行うことができ、さらに輸送コストも馬車に比べて安くなった。
発展したのはこれだけじゃない。
この蒸気機関の使用に伴い、鉄鋼業も発展した。
今までの製鉄方式である『高炉法』に改良を加えた。
従来は普通の空気を炉の中に送り込むだけだったが、それを高温の空気を入れるようにし、鉄を完全に液状にする。
今までの製鉄は鍛造での成形が基本だったが、そうではなく鋳造で鉄を成形する。
これにより、鉄は大量に今までよりも効率よく製鉄、加工することができるようになった。
これによって蒸気機関の需要が増えても生産できるようになった。
しかし、問題があったのだ。
それは燃料である。
蒸気機関が普及して2年目までは薪や木炭で事足りたのだが、3年目になってくると、薪や木炭が不足し始め、さらに需要増大による無計画な伐採が目立つようになり、森林回復の目処が立たなくなってしまった。
どうしたものかと頭を悩ませている時、目をつけたのが石炭だった。
石炭は今まで鉱脈近くに住んでいる人や一部の鍛冶屋が使用しているだけだった。
だが、薪よりもすぐに使えて、なおかつ掘れば大量にある資源として目をつけられた。
この国の東側では瀝青炭や無煙炭が多く取れる。
この2つは蒸気機関に使うには最適だ。
そのため一気に需要は増大し、今やこの国の東側は炭鉱夫の街となった。
農業が盛んな西側と工業が盛んな東側。
今まで東側は改革できていなかったが、いい感じに分業する事ができた。
と、ここまでが産業革命が起こってからのこの国の5年の歴史だ。
ちなみに私は今、会議に向けて準備をしている。
「陛下お時間でございます」
ハベルゼンは私の部屋に入ってくるとそう言った。
「では出発しようか」
私はそう答えて自室を出て、長い廊下を抜け、下に降り、外に出た。
外には馬車があり、その周りを銃や剣で武装した近衛兵たちが取り囲んでいる。
私は案内されるがまま、馬車に乗り込む。
では一体なぜ外に出る必要があるのか。
この城の中で大体の会議はできるのではないだろうか、と思うだろう。
だが、今回のこの会議はいつもとは違う。
国際会議だ。
近隣諸国の王が集まり話し合いをする。
私達はそれに向けてこの国を出発するのだ。
会議が行われるのはヴィクトワール王国だ。
我が国より西に位置し、我が国と陸続きで国境を接している。
主要産業は農業で温暖な気候のため、小麦の栽培が盛んだ。
食料自給率は150%にのぼるとも言われている。
また北部と西部、南部の一部が海に面していることから漁業も盛んで間違いなく豊かな国といえる。
参加国は他にもある。
まずは『クライクトロイエストオパノヴァン公国』
非常に長い名前なので『クライスト公国』などと呼ばれている。
我が国の東側に位置しており、国境を接している。
冬が非常に寒いため、農業より狩猟が盛んな国だ。
故に冒険者の活動が盛んで、それが主要産業と言っても過言ではない。
ただ最近、国の財政が悪化し、かなりまずい状況だそうだ。
次に『ジェストカン神聖国』
我が国の北側は海で、その海を挟んで北側にある。
海といってもそう広いわけではなく海峡になっていて、最も近いところだと、距離にして34粁だ。
船なら半日で行ける距離だろう。
この国は農業と狩猟双方ともバランスが良く、どちらも盛んだ。
『グレイル教』という宗教が盛んで国教になっている。
故に国王も教皇と呼ばれている。
グレイル教は一神教であり、絶対神『ランカ』を信仰し、死後はランカによって『最上の世界』前世で言う天国に案内される、と信じられている。
それ故に神官を通じて伝えられる『お告げ』は絶対であり、たとえどんな内容であっても従わなければならないとされている。
ちなみに我が国を含むこの4カ国をまとめて『大陸』なんて言ったりする。
最後に『ヴァントリアス帝国』
この国はヴィクトワール王国よりも更に西部、広い海を越えたところにある国だ。
基本的に大陸の事について関わることはなく、海の向こうで誰にも干渉されずに国を統治している。
広大な土地を有し、資源も豊富。
金も銀も取れる。
農業も狩猟も盛んでこの世界のどこよりも豊かな国だ。
ただ、そんな国にも黒い噂がある。
それは、我が国に勝るとも劣らない諜報力を有し、さまざまな裏工作を行っている、という噂だ。
全ての戦争に必ず関与し戦争を糧に利益を上げるなんて話もある。
そんなわけで今回参加する国は以上だ。
他にも国は沢山あるが、強大な国力を有している国、いわゆる『列強』はこの5カ国だ。
そんな列強が今回会議が行われる理由だが、それは我が国にある。
理由は単純で、貿易黒字をだしすぎたのだ。
産業革命に伴い、布や質のいい鉄を我が国が大量に輸出した結果、他国は金や銀を大量流出してしまった。
いわゆる貿易赤字だ。
さらに他国内の殖産興業や鉄鋼業が一気に衰退し、無視できないほどになった。
そのため今回の会議で、それを解決する、と言うのが目的らしい。
もっとも、この世界で、話し合いなんていう穏やかな方法で解決できるとは思ってない。
この国の軍事力は『兵の数』という点で見ればそう多くない。
間違いなく他国より少ないだろう。
それは騎士団を軍と警察に分離したのが大きな理由だ。
となれば他国はそれをいい事に武力をちらつかせるだろう。
その後は何を要求されるか、わかったものではない。
蒸気機関の技術を渡せと言われるかもしれないし、どこかの属国になれと言われるかもしれない。
当然、それは断じて許してはならない。
間違いなく、この会議はこの国の命運を左右することになるだろう。
「それでは参りましょうか、陛下」
どうやら出発の準備が整ったらしい。
ハベルゼンのその言葉を合図に馬車が動き出した。
さぁ、近隣諸国達よ。
『話し合い』といこうじゃないか。