『戦争の天才』は捷撃作戦を開始する!
私の名前はエフィム・アラネン。
エルベルト陛下にお仕えする大将だ。
現在は石原陛下が山に構築したこの要塞、通称『春雷要塞』の指揮官を任されている。
要塞の構築は工期6か月で完了し、石原陛下はおそらくもう本陣に戻った頃だろう。
今は雪が降り積もっていて、寒くなってきた。
この要塞は3か月耐え忍ぶことを想定されて作られた要塞だ。
現在、欺瞞工作として、敵にここを拠点に攻勢を開始するとの情報を流し、兵士を集結させた。
この要塞に配置された数は1万人。
敵はその集結を察知し、軍を集めている最中らしい。
「将軍!かかりました!」
一人の兵士が私に報告してきた。
「敵はわが軍の突出部での集結を察知し、背後から攻めてきました!」
掛かった。
敵は石原陛下が予想したと通り、後方の補給線を遮断してきた。
石原陛下は確か『後手からの一撃』と言っていたか。
「すぐさま背後の部隊を退避させ、尚且つ前線に集結させた1万を春雷要塞まで撤退させろ!」
私は兵士に指示を出す。
時は来た。
「これより捷撃作戦を実行する!」
‐‐‐
捷撃作戦を実行してから1週間が経過した。
敵の後方襲撃部隊は我々が一万の部隊の撤退を知って自分たちの方に来ると思ったらしく、さらに増強したらしい。
一方のわが軍は全員が要塞への撤退を完了しており、いつでも迎え撃てる環境を整えた。
「敵が見えました!」
伝令兵があわただしく伝える。
この要塞は伝声管を各所に設置しているため、非常に迅速に連絡を取ることができる。
「敵の前線部隊、後方襲撃部隊も含めておそらく2万はいるかと思われます!」
「対魔法結界を作動させろ!」
2万か。
かなりの量だな。
しかも、敵を包囲したとあっては士気も高いだろう。
「敵は部隊を編成し、間もなく攻めてくるようです」
「各方面の小銃防衛部隊は戦闘態勢、ただし、私がいいというまでは攻勢するな」
私もこうしてはいられない。
私はすぐに、この戦線のすべてが見渡せる指揮所に移動した。
山の頂上だ。
ここなら、敵の攻撃が当たることもない。
また、各所と伝声管がつながっているので、迅速に指示を出すこともできる。
私が下を見ると、敵は今まさに南部から攻めてこようとしている最中だった。
いい鎧を着ているのを見るに騎士だろう。
騎士が主人を裏切るとは何たることか。
少しして、騎士たちは突撃してきた。
「構え筒!」
私は伝声管で南部の銃撃部隊に指示を出す。
そして、敵との距離が500mをきったとき、私は撃てと指示を出した。
次の瞬間、敵は見る見るうちに倒れていく。
強固な鎧を貫通し、致命傷を受ける。
魔法でなら対処できるかもしれないが、対魔法結界をはられていてはそれもかなわない。
ましてや山となると遮蔽物が少なく、身を隠せる場所もない。
反撃しようにもカモフラージュされていてはどこから撃たれたのかもわからない。
完璧だ。
敵はこの後も多方面から、同時に攻撃してみるも、見事に敗北した。
ただ、それでも我々は包囲されているのであって、敵に撤退の2文字は無い。
それなら籠城戦をして食料の底を尽かせようと考えるのが戦いである。
敵はそれから無益な攻勢をやめ、籠城戦をした。
‐‐‐
あれから2ヶ月。
なんの戦いもなく、ただ敵は包囲するだけで攻勢はしてこなかった。
こっちにはまだ食料の備蓄も弾薬も武器もある。
まだまだ耐え忍ぶことができるだろう。
そんな中、一人の伝令兵が青ざめた表情で指令室に入ってきた。
「大変です!敵が榴弾砲を配置し始めました!」
その言葉を聞いて、私も青ざめた。
私もこの目で見たことはないが、その威力は絶大らしく、弾が着弾すれば、爆音を奏でながら辺りを吹き飛ばす銃よりも強い兵器だときく。
この国にはそんなものを作るノウハウなんてないので、恐らくはジェストカン神聖国かヴァントリアス帝国から提供された物だろう。
「敵!突撃を開始してきます!」
伝声管からそう報告が上がる。
恐らく、その部隊が反撃を受けるのは想定済みなのだろう。
ただ、銃にはマズルフラッシュが生じる。
いくらカモフラージュされていても完全には隠せない。
相手が銃や弓なら問題ないが、榴弾となっては話が別だ。
大体の位置さえつかめれば、後は大まかに特定した場所を撃つだけでそこら一体を無力化できる。
「南部銃撃部隊、反撃を開始しました」
伝声管からそう報告が上がった。
当然、敵の侵入を許すわけにはいかないが、果たしてこれが最適解なのだろうか。
「敵部隊の全滅を確認」
どうやら攻勢を防いだらしい。
「敵が榴弾を発射次第、すぐに撤退せよ」
私は北部銃撃部隊にそう指示を出す。
今銃は我々が持つ中で敵に対して一番の有効打を得られる武器だ。
それを失うのは避けたい。
次の瞬間、とてつもない爆音が響き、振動が山を揺らした。
間違いない、敵が榴弾を発射したのだ。
「北部銃撃部隊、撤退せよ」
私は伝声管でそう指示を出す。
「かしこまりました。直ちに銃弾を後ろに移送します」
頼む、どうか命中しないでくれ。
私が下を見ると、敵は銃撃地点にかなり近いところを砲撃していた。
命中も時間の問題ではないだろうか。
「現在、半分の弾薬の輸送を完りょ.... 」
その時、伝声管に爆音が響き渡った。
そしてすぐに、微かに火薬が香る風が吹いた。
「どうした!どうした!返事をしろ!」
私がどんなに必死に叫んでも何もかえって来ない。
急いで外を見ると、北部の銃撃地点にはぽっかりと穴が開いていた。
私は急いで全兵士に伝える。
「これより、要塞内に敵が侵入してくる!総員戦闘態勢!」
ついに無敵にも思われた要塞の雲行きが怪しくなってきた。
敵は部隊を集結させ、北部銃撃部隊の穴から内部に侵入しようとしている。
だが、私だってただ見ているだけではない。
この要塞には最後の悪あがきがある。
「敵、突入を開始してきました」
見ると、5000ほどの軍がこちらに突撃してきた。
銃を無効化された今、突入は容易だと思ったのだろう。
だが、甘い。
私は手もとにあるレバーを倒した。
すると、山の頂上付近から爆音が響いた。
続いて連続した轟音が響く。
そう、雪崩だ。
この要塞には意図的に雪崩を起こせるように頂上付近に爆薬が仕込まれていたのだ。
当然、魔法も使えない生身の人間は雪崩に対応できない。
一瞬にして5000の軍は雪崩に飲み込まれる。
そしてそれと同時、敵食糧庫に火が付いた。
あらかじめ、雪崩と同時に食糧庫に火をつけるよう伏兵数名に指示を出していた。
敵は慌てているのが見える。
あの伏兵は内戦が始まってからずっとリノ・バステル軍に兵士として潜入していた者たちだ。
まさか数ヶ月も前から伏兵がいるとは思っていないだろう。
これで決戦前に敵の士気を下げることができた。
さぁ、かかってこいリノ・バステル軍。
この要塞は内部こそが真の伏魔殿。
罠が張り巡らされた地獄の迷路。
勝負といこうじゃないか。




