『戦争の天才』は激動の2日を過ごす!
謎の盗賊がエメを人質に取った。
奴は不気味な仮面をかぶっていて、その素顔は見えない。
盗賊はエメの喉元にナイフを突き立てている。
「動いたらこの女は殺す」
盗賊はどこか聞いたことがある声でそう言った。
だが、どこで聞いたのか思い出せない。
こうなってしまえば、もう誰も動くことができない。
「じゃあ、後の始末はよろしく」
奴はそう言うと、一瞬にして姿を消した。
そして同時に、後ろからぞろぞろとさっきと同じ仮面をつけた人が出てきた。
私たちは武器を構え、臨戦態勢をとる。
「彼らは全員手練れ、すまないがここは私に任せてもらおう」
エルベルトはそう言って私たちの前に出た。
「時間が無いんだ。悪いが手加減はできない。『業火』」
エルベルトは超級魔法を使った。
一瞬にして、辺り一帯を炎で包んだ。
盗賊たちは炎に包まれて、悶絶する。
ほとんどは死んだが、3名ほどは生きていた。
私たちはその3名を縛り上げ、尋問を開始する。
「誰の差し金だ?」
私は3人にそう聞いたが、誰も答えてはくれなかった。
なので私は3人を全力で殴った。
「もう一度聞く、誰が指示をした?」
それでも3人は答えなかった。
いい気合いだ。
だが、時間が無い今、こちらも手荒なことをしなくてはならない。
私は懐から拳銃を取り出し、見せしめとして一人の小指を打ち抜いた。
打ち抜かれた奴は悶絶し、他の2人も明らかに顔色が変わった。
「死にたくなければ答えろ、誰に言われた?」
私はそう聞いたが、誰も答えなかった。
私はさっきとは別の奴の小指を打ち抜いた。
こうなると次は自分だと悟った3人目が血相をさらに変える。
「健介さんです!金で雇われました!だからどうか命だけは!」
まだ、小指を撃たれていないやつが吐いた。
「最初は捕まえたドラゴンをフィストのところに放って、フィストを襲わせてから、ピンチのところを助ける計画だったんです。でも、その人が直前で倒しちゃったから、計画が水の泡になって」
そう言って奴はエルベルトを指さした。
「それで、しょうがないから、エメさんを拉致して、それを健介さんが助けるってことになって。そうすれば健介さんの好感度が上がって、エメさんは仲間になってくれるだろうって」
なんともふざけた理由だ。
だが、合点がいったさっきの奴はエメをさらうだけで、金品を奪ったわけでも、身代金を要求したわけでもない。
少々、盗賊にしてはお粗末だ。
「それで、どこに監禁されてるんだ?」
「わかりません。王都のどこかだとは思うんですけど」
おそらく、エメが殺すされることはないだろう。
だが、なにもされないとも限らない。
私たちは急いで荷物をまとめ、馬車に乗り込み、王都に向かった。
辺りは暗くなっているが、もう一刻の猶予もない。
盗賊の奴らは森に置いてきた。
あそこは本来、危険度はかなり低い。
自力で帰れるだろう。
こうして私たちは夜通しで王都に向かった。
王都についたのは明け方だった。
門をくぐってすぐ、中央の広場に、矢鱈と人が集まっていた。
もしかして、エメに何かがあったのだろうか。
私はそんな不安に駆られ、民衆をかき分けながら、騒ぎの中央にむかった。
中央につくと、そこにあったのは1つの台と、その台にのって、剣をもって左右に向き合いながら構えている2人の男。
「これは一体何なんだ?」
私は近くにいた人にこの現状を質問した。
「なんだ、知らないのか?今日はアルノーが処刑されるんだよ。だからこんなにお祭り騒ぎってわけさ」
そうか。
ついにアルノーも処刑されるのか。
少し見てみたいが、今はそんな事より大事なことがある。
私はまた民衆をかき分けて、騒ぎの外の出た。
皆と合流し、エメ探しを開始した。
フェシリテとマルテ、私とエルベルトの二手の別れて探した。
探している途中、エルベルトが私に言った。
「あの健介とやらについて、フェシリテと一緒に少し調べてみたんだ」
そうだったのか。
全く知らなかった。
ときどき一緒に出掛けていたことはあったが、何をしていたのかまでは聞いていなかっった。
それからエルベルトは調べて分かったことを話し始めた。
本名は斎藤 健介。
日本からの転生者で年齢は18歳。
パーティーメンバー『神の使徒』を創設後、破竹の勢いで実績を積んでいる、今話題の人だ。
魔法、剣どちら腕も上級で、とても強い。
なぜ強いのか。
血のにじむ努力をしたからではない。
スキルを持っているからだ。
そのスキルとは『チート』というらしく、身体能力の常時向上、魔力量の増加、この世に存在する一般的な魔法はすべて使える、更には剣による攻撃、魔法による攻撃を無効化する。
といった能力らしい。
エルベルトは話し終わったとき、私は一つ疑問が思い浮かんだ。
「エルベルトなら勝てるか?」
「無理だ」
即答だった。
あのドラゴンをも一撃で倒したエルベルトがそう言うのだから、健介は間違いなくこの世界で最強と言っていいだろう。
それから、かなりの時間探し回ったが、一向に見つかる気配はなかった。
手がかりも一切つかめず、完全にわからずじまいだ。
一度フェシリテたちと合流し、宿に戻った。
エルベルトを除く3人は、すでに体力的に限界だった。
それに、闇雲に探しても、恐らくは見つからないだろう。
一度、王都内の怪しい箇所を洗い出し、そこを重点的に探し出すべきだ。
そんなとき、部屋の扉が開いた。
「ただいま」
なんと、そこに現れたのはエメだった。
「大丈夫だった?!」
フェシリテが驚きながら質問する。
「うん。さらわれてすぐ健介が助けてくれたの」
なるほど、そう言うことか。
私たちはエメに、真実を話した。
今回の事はすべて健介が仕組んだことで、ドラゴンが現れたのも、エメが攫われたことも、すべて健介の仕業ということを説明した。
「許せない!」
私たちが説明し終えると、エメはそう言った。
怒るのはごもっともだ。
「あいつはまだ近くにいるはずよ!探しましょ!」
そう言ってエメは勢いよく宿を出た。
私たちも後を追うようにして出る。
外に出ると、なにやら騒がしい音がした。
人の声のようなものだ。
とりあえず、私たちはその方向に向かうことにした。
歩いていくと、その音源は広場だった。
そう、アルノーの処刑場所だ。
今まさにアルノーは首を斬り落とされんとしている。
アルノーはやせ細り、貧相な衣服をまとい、体にはいくつかの傷も見える。
民衆はアルノーに罵詈雑言を浴びせ、石を投げている。
今回の戦争で戦犯になったのはアルノー一人だ。
国民はアルノーに騙された被害者で、家臣はアルノーに逆らえなかったという筋書きのもと、私がプロパガンダするように命じた。
アルノーは悪で、それ以外は正義。
そうなればアルノー一人にむけられる憎悪というのは計り知れない。
民衆はまるで水を得た魚のように、アルノーを叩く。
正義という水を得た民衆は恐ろしい。
「最後に言い残すことはあるか?」
処刑人がアルノーに聞く。
「石原を呪い殺す」
アルノーは苦悶の表情でそう言った。
私にとってその言葉は重く、どこか恐怖すら感じた。
家臣に嫌われ、国民に嫌われ、死ぬ直前まで人以下とみられ、どんな負の感情があろうとも、そのはけ口はない。
そんな人間が残した最後の言葉がそれだった。
そして首が落とされた。
民衆は歓喜する。
処刑人は首を拾い上げ、台に置いた。
首が台に置かれると、民衆はまたアルノーに対して罵詈雑言を浴びせる。
石を投げつけるものもいる。
土をかけようとする者もいる。
こうして、アルノーの処刑は終わった。
フィストの皆も、夢中になっていた。
「さぁ、健介探しを再開しようか」
私は皆にそう言った。
皆頷き、私たちはその場を後にした。
そうして処刑場を離れた時、後ろから何者かに声をかけられた。
「陛下!大変です!」
私はその顔を見て驚いた。
なんと、そこにいたのはハベルゼンだった。
「どうした、急に」
「それが.... 」
私は一年程度は冒険者をするつもりだ。
緊急でもない限り、国王に戻るつもりはない。
だが、ハベルゼンが言った次の言葉に、私は啞然とした。
「クライスト公国で内戦が起こりました」
私は言葉を失った。
それはエルベルトも同様だった。
「リノ・バルデスが政権を握って少しした後、民衆の縛り付けが激しくなりまして、それで民衆は耐えきれなくなり.... 」
「だが、それだけなら反乱や一揆であり、内戦ではないだろう?」
私はハベルゼンにそう質問する。
「それが、かなり大規模なものでして.... 最初は民衆だけでしたが、エルベルト陛下の家臣も加わり、現状、リノ・バステル軍とエルベルト家臣軍による、完全な内戦状態になりました」
エルベルトとしては国に戻らなくてはいけないだろう。
家臣が戦っているのに、主人が冒険者をしているのをよしとする人間でなはい。
なら、私はどうする。
このまま冒険者を続けるか?
そのまま健介を追うか?
いや、大切な友を戦地に行かして、私は冒険者をするというわけにはいかない。
「ねぇ、エルベルト。おそらくクライスト公国に行くんでしょ?」
エメはエルベルトにそう聞いた。
「ああ、すまないみんな。どうしても戻らなきゃいけない」
「なら、私たちも行きましょ」
その言葉に、全員が啞然とした。
「いや、そこは戦場でだな。冒険者とはわけが違うんだ」
「でも、私たちパーティーじゃない。メンバーが困っているなら助けるものでしょ?」
エルベルトは困惑していた。
「エルベルトさん。止めても多分エメはいきますよ」
そう言ったのはフェシリテだ。
「それに、私もついていきます」
「僕もいく.... 」
マルテもそう言った。
なら、私もそう言うしかないだろう。
「今回の戦争はかなり過酷なものになる。おそらく、武器の数も兵士の質も向こうの方が上だ。だからこそ、『戦争の天才』を登用しないか?」
「いや、だがさすがに一国の王を内戦に巻き込むわけには.... 」
「今だって冒険者をやっているのだから今更だろう」
「それはそうだが.... 」
「ハベルゼン、出発の準備をしてくれ」
「すでに準備してあります」
さすがだ。
「ほらいくよ!早くしないといけないんでしょ」
エメはそう言ってエルベルトを強引に引っ張った。
ついに始まるのだ。
リノ・バルデス対エルベルト・クラッソの戦争が。




