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『戦争の天才』は農業改革と行政改革を断行する!

 私が異世界に転生してから一ヶ月が経過した。

 私は異世界に来てから今まで、つまりこの一ヶ月この国の仕組みや主要産業、他国との情勢など、ありとあらゆる知識をつけるために車庫に籠り読書をしていた。


 そして、だんだんとこの国の問題点が見えてきた。

 

 まず、農業。

 この国は西と東では栽培されている作物が違う。 

 西は小麦、東はジャガイモだ。

 私はここで少し疑問に思った。

 

 『それしか栽培していないのか』と。


 前世では中世になると輪作といって複数の作物を順番に栽培する方法が主流になる。

 ただ、この世界では一種類の作物しか育てられていない。

 では、なぜ一種類しか栽培されてないのか。

 おそらくだが、この世界が狩猟採集社会から完全に農耕社会に移行していないからと考える。

 

 この世界にはモンスター、と呼ばれる前世でいうところの動物にあたる生物が生息している。

 種類は様々で、小動物のようなものもいれば、前世では考えられないような強さのもの、さらには生物かどうかも怪しいタンパク質ではない物質で形成されているモンスターなんかもいる。

 そしてそのモンスターは前世に比べ全体的に繁殖力が高く、数や種類が多い。

 故にこの世界の人は狩猟だけでも生活することができるのだ。


 そのため、農耕社会が発達しにくかった、と私は考えた。

 

 そのため、私はまず農業を改革しようと思った。

 やはり、どこまでいっても狩猟は危険で収入も不安定だ。

 それに対して農業は比較的安全で収入も狩猟よりは安定している。

 

 なのでまず、西側には『混合農業』を採用してもらい更に収益を増加してもらう。

 混合農業とは、まず冬穀・夏穀・休耕地に農地を分類する。

 まず、冬穀、要するに冬の畑では冬でも育つ小麦やライ麦を育てる。

 そして夏穀では従来通りに小麦を育てる。

 そして、その後に本来挟まなければならない休閑の時期に地力回復も行うことができるカブを育てる。

 そうすれば新たに家畜を育てることが可能になるという訳だ。

 これによって家畜を飼うという新しい収入によってさに農村は豊かになる。

 この世界にはモンスターが大量にいるので家畜を野生から持ってくる費用もそう高くはない。

 あまり危険ではないモンスターを飼えば安全に、安定して肉を得ることができる。


 ただ、これに一つ大きな欠点がある。

 

 それは労働力が足りないということだ。

 

 今まで一回しか耕作をしてこなかったのに急に3回も行うことは不可能である。

 一応、この世界の人間の身体能力は前世よりも数段高い。

 異常な筋力や跳躍力を誰もが持っている。

 ただ、それでもやはり足りない。

 特にカブの生産には手間がかかる。

 

 そこで私は冒険者を使うという手法を思いついた。

 冒険者とは冒険者ギルドに属する、何でも屋みたいなものだ。

 モンスターの討伐や街の清掃、果ては子守りまで、依頼とあらば何でもやるのだ。

 そこで、農民はカブの栽培に際して冒険者ギルドで依頼を出し、労働力不足を補う。

 ただ、農民の中には冒険者に依頼を出せるほど裕福ではないものもいるだろう。

 なので、国としてもその依頼に助成金を出すことで、極力依頼を出しやすいようにする。

 

 これによって混合農業を行い、農業においての生産性を高める。

 ちなみに前世では囲い込みなんかもやったそうだが、この世界では個人間の土地が明確に定められていたため必要なかった。

 

 私はさらに肥料についても改革を行う。

 この世界ではモンスターの骨を使った骨粉が主な肥料となっている。

 おそらく前世に比べて肉の消費量が多いが故に骨粉を肥料として使う農法が発展したのだろう。

 ただ、それ以外の肥料はあまり使われていないようだった。


 そこでまず、草木灰や刈敷を推奨することにした。

 この国は自然豊かで草も多い、さらに今後、混合農業が行われれば家畜の糞尿からなる厩肥も使うことができる。 

 

 私は以上のことを本にまとめて、ハベルゼンに渡した。

 ハベルゼンは10分程度でこの本を読み、私に質問した。


「東側についてはどうされるのですか?」


 私がまとめたこの本では西側のことしか書かれていない。

 故に東側はどうするのかという疑問がでるのは当然だ。


「東側は正直わからない。私にはその知識がないのだ」


 東側は山がちで冬は寒く農耕には向かない。

 まるで前世の日本のようなところだ。

 

「陛下でも知らないことがあるのですね」


「私だって、神様じゃないからな。知らないことだらけだよ」

 

 ちなみに陛下とは、私に対する敬称だ。

 さらにハベルゼンは私に質問する。

 

「それと、助成金を出すと書かれてましたが、採算は取れるのですか?」


「ああ、生産性が上がり収穫量が上がれば補助金以上の利益が出ると考えているよ」

 

 これを聞いたハベルゼンは流石、と言いたげな顔をしていた。

 何と形容するべきだろうか、目を丸くするというやつだろうか。

 そんなことを思っていると、ハベルゼンは思い出したように


「それと陛下、先ほど行政改革の準備が整いました」


 と、明るい口調で言った。

 私はそれを聞いた瞬間、思わず「よし!」と言ってしまった。

 

「では早速実行してくれ!」


 私が嬉々としてそういうと、ハベルゼンは「はい!」と元気よく答え、私の部屋を去った。

 

 なぜこんなにも興奮しているのか。

 それは行政改革は近代化に向けた第一歩であり、これ無くして近代化は行えないからである。


 内容は非常に単純で、研究機関の創設、特務機関の創設、陸軍や海軍の創設と主にはこの3つだ。

 

 まず、研究機関についてだが、これはその名の通り様々な研究をするための機関だ。

 この世界では様々な分野において個人が研究を行い発展してきた。

 だが、それではなかなか発展しない。

 そこで、国家が主導して研究を行うことによってより発展速度が上がるというわけだ。


 研究機関では大まかに、蒸気機関を研究する班、科学を研究する班、数学を研究する班、紡績機を研究する班、農業を研究する班、製鉄を研究する班、銃並びに兵器を研究する班、に分ける。


 全国から錬金術師や、ものづくりが得意とされるドワーフを雇用して創設するつもりだ。

 

 この研究はどれも近代化に必要不可欠である為、研究機関創設というのは非常に大きな意味を持つ。


 そして次に特務機関の創設だが、これは要はスパイを積極的に使用するということだ。

 今でも少し使われてるみたいだが、今よりもさらにスパイを他国に潜らせることによって情報戦を有利に立ち回ることが目的だ。

 私の予想では、今後、敵の情報をいくら持っているかによって戦局は大きく変化する。

 そのための布石だ。


 最後に陸海軍の創設だが、これは現在国防を担っている騎士団を解散させ、代わりに陸海軍で再編成する、というものだ。


 現在、騎士団は軍隊的な役割の他に警察的な役割も持っている。

 しかし、餅は餅屋というように軍隊と警察を一緒にするより別々にして専門性を高めた方が、双方にとってより、効率的に仕事を行うことができると考える。

 そのための陸海軍創設だ。


 ただ、これには一つ大きな欠点が存在する。

 それは国防における戦力が低下してしまう事だ。

 警察は戦力にならないため、新設すると、どうしても今より数が減ってしまう。


 もっとも、解決策はある。

 募集すればいいのだ。

 ただ、普通に募集しても個人間の戦闘能力差が大きいこの世界では、まともな兵士にするのには時間がかかってしまう。

 故に小銃の研究が完了してからの募集がベストだろう。


 以上この3つは近代化において重要な役割を持つだろう。




―2年後―


 農業と行政の改革を断行してから2年が経った。

 『混合農業』がいくらか浸透し、徐々に生産性が高められてきた。

 街でも穀物や肉の価格が低下し、低所得者層にも届きやすくなった。

 今まで農民が作った小麦は税で持ってかれるか自分で消費するかがほとんどだったので都市部の人にとってはありがたいだろう。


 ちなみに私は今、町外れの農村にお忍びで来ている。

 『混合農業』がどうなっているかを視察するためだ。

 

 私が村に入ると、入り口らへんにいた7歳くらいの少女に声をかけられた。


「お兄さん、冒険者の人?」


「ああ、そうだよ。私の名前はゼンガー。初級冒険者だ」


 私は今、初級冒険者のゼンガーと言うことになっている。

 冒険者にもランクがあり、初級、中級、上級、超級、神級とある。

 私はこの世界にきてから身体能力が格段に向上したが、それでもこの世界ではまだまだ弱い方なので初級冒険者ということにした。


「お兄さん、何しにきたの?」


「私は農家になろうと思っていてね。だからここの畑をみて参考にしたくてね」


 本当の目的は視察なのだが。


「それなら、うちにきなよ!お父さんとお母さんは農家なんだよ!」


 少女はそう無邪気に言いうと、私の手を取り、急かすように家の方に案内した。


「君、名前はなんていうんだい?」


 私はこの子の名前を聞いていなかった。

 特に深い理由はないがせっかくだから聞いておこうと思った。

 こういうところから会話が始まるのだ。


「私の名前はイーナ・ダウバーだよ!」


 そう言うと、こっちをみてにこっと笑った。

 何というか、愛嬌がある。

 連日仕事続きだったのも相まって非常に癒される。


「お兄さんは冒険者なんでしょ?なんか面白い話聞かせてよ!」


 イーナはそう言って私の手を強く握り、目を輝かせてこっちをみた。


 どうしようか。

 当然だが、私は冒険者ではない。

 この世界にきてからはほとんどの時間城の中に籠もって内政をしていた。

 前世の話をしようにも、戦争なんていう生々しいものはとても少女に聞かせられるものじゃない。


 嘘を言うのも一つの手だが、この純真無垢な目をした少女を前にしては何とも気が引ける。

 となれば要所をあやふやにしながら話すしかない。


「少し前、私は騎士団にいてね。そこで偉い人になるための試験があったんだよ」


「おにいさん騎士団にいたの?」


「ああ、そうだよ」


 しまった。

 結局嘘をついてしまった。

 『話すこと』において私は人より優れていると自負していたが、どうやらこの少女の前ではそれも発揮できないらしい。


「そこで、部下に複雑な指示を出して....農作業をさせる....みたいな試験があったんだ。けど、複雑な指示を出すのは大変だよね?」

 

「そうだね。覚えるの大変そう」


「だからね。『いつも通りにやれ』って言ったんだ。わざわざ指示を出さなくても、慣れてる作業ならできるだろうってね。そしたらその試験に合格できたよ」


「お兄さん頭いいね!」


 私が話し終えるとイーナはにこにこ笑った。

 少女には少し難しい話だったが、イーナは理解したようだった。

 この子はおそらく頭がいいのだろう。


「お兄さん、ついたよ!」


 イーナはそう言って1人の男を指差した。

 おそらくあれが父親なのだろう。

 私はその男に話しかける。


「私は冒険者のゼンガーと言います」


 私が話しかけると、男は不思議そうな顔をして


「俺はロガー・ダウバーだ。それで、兄ちゃん、なんか用か?」


 苗字もイーナと同じだし、おそらくは父親で間違い無いだろう。


「突然申し訳ありません。私、今は冒険者なのですが、農家を目指してるんです。それで、混合農業について教えていただけたらと思いまして」


「冒険者から、農家ってのは珍しいな。いいぜ、簡単に教えてやるよ」


 私はそれからロガーさんから混合農業の説明を受けた。

 概ね私の提案した通りに伝わっていて、特段問題なく行われているようだった。

 副次的な効果として、冒険者を労働力として雇ったことで閉鎖的だった村に人が流入し、経済活動が活発に、とまではいかないが、それでも前より行われるようになっていた。


「混合農業はいいぞ。今までは狩りをしなきゃ収穫期前に食料が底を尽きて生活できなかったからな。死ぬ危険なく肉を食えるのはいい」


 その言葉を聞いた瞬間、私の努力が報われたような気がした。

 この2年、あまり市民と関わらなかったので、間接的にでも褒められると嬉しいものだ。


 ロガーさんの話も終わり、私は帰路につくことにした。


「私!村の入り口まで送ってく!」


 私が帰ろうとした時、イーナがそう言った。

 父親は「気をつけるんだぞ」と言って娘を見送った。

 何というか、不用心だな。

 私が悪人だとは考えなかったのだろうか....


 イーナは私の手を取り、急かすように私を引っ張る。

 私は微笑みながら、イーナの小さい歩幅に合わせて歩き出す。

 この子といると心が癒される。

 あの父親はさぞ幸せなことだろう。

 

 そんな事を思っていると、あたりに人がいなくなったところでイーナが突然止まった。


「どうした?イーナ?」


 何かあったのだろうか。

 何も根拠はないが、嫌な予感がする。

 元軍人の勘というやつだ。

「お花を摘に行ってきます」とかならいいのだが。


「お兄さん。名前何だっけ?」


 そう言うイーナはやたら冷淡で今までと雰囲気が違う。

 

「ゼンガーだが、どうかしたのか?」


「本当は、イシワラ タカオって言うんじゃないの?」


 私はそれを聞いた瞬間、背筋が凍った。

 私は思わず握っていた手を振りほどいた。

 なぜ気づかれた。

 私がここに来ていることはハベルゼンぐらいしか知らないはずだ。

 それなのになぜ年端もいかない少女が知っている?


「お兄さん、大丈夫だよ、大人に言ったりしないよ」


 その口調はさっきまでの、健気な少女の口調に戻っている。

 ただそれは、余計に私を警戒させた。

 

「私ね、スキルを持ってるの!『鑑定』って言うんだけどね!便利でしょ?」


 彼女がそう言った瞬間、私は警戒を緩めた。

 

 スキル。

 この世界で稀に特殊な能力を持った人が現れ、その能力のことをスキルと呼ぶらしい。

 彼女の持っている『鑑定スキル』とはその名の通り、対象を鑑定するスキル。


「お兄さん、おしのび?で来てるんでしょ?」


 どうやら、イーナの前で嘘はつけないらしい。


「ああ、そうだ。私の名前は石原 孝雄だ。農業改革の成果の確認のために来たんだ」


「イシワラって国王なんでしょ?凄いなー!」


 彼女はそう言って目を輝かせた。

 国王に対して畏怖せずさらには目を輝かせるその態度は年相応だな。


 ふと、私はここで気になることがあった。


「なぁ、イーナ。その『鑑定』でわかることは私の名前だけか?」


 私の気になった事とは鑑定で分かることだ。

 前に本を読んだ時も、『相手を鑑定する』しか書かれていなかった。


「ううん。名前と、年齢と、身体能力と、知略と、統率力と、適性職業」


 年端のいかない少女にしてはやたら難しい言葉を知っているのだな。


「私のもわかるのか?」


「うん!お兄さんはね、名前がイシワラ タカオ、年齢が17+83って書いてる。こんなの初めてみた!」


 年齢が17+83。

 83とはおそらく私の前世の年齢だ。

 となれば17はこの世界の年齢か?

 この世界にきてからかなり若返ったと思ったが、まさか17歳だったとは。


「他はどんな感じだ?」


「身体能力は74、知略は352、統率力は267、適性職業は指揮官だね」


 数値で言われたか。

 それは高いのだろうか、低いのだろうか。

 同じ基準なら身体能力がずば抜けて低いが.....


「それは、他の人と比べてどうなんだ....?」


「身体能力は低いね。他の人は大体90とか100だよ。でも、知略と統率力はかなり高いね他の人が大体50くらいだよ。こんなに高い数初めてみた!」


 どうやら、私の体は前世と大して変わらないみたいだ。


「さ、お兄さん!行こっか!」


 イーナはそう言って私の手を取り、歩き出した。

 私は何ともいえない気持ちのまま歩き出す。


「私ね!夢があるの!」


 歩き出してすぐ、イーナはそう言った。


「私、騎士団に入ることが夢なの!」


 騎士団。

 2年前に私の命により陸海軍と名前を変えたが....


「そこで強くなって、人を守るのが夢なんだ!」


「それなら冒険者でもいいんじゃないか?」


「冒険者はやだ。態度悪いもん!」


 確かに冒険者の中にはそういう人もいる。

 割合が他の職業に比べて多いのも事実だ。


「だからね、イシワラ。大きくなったら入団させてよ!」


 何と返すのが正解なのだろうか。

 この世界では女でも騎士団になれたことから、軍隊も男女問わず入隊できる。

 男女の筋肉量にあまり差がないと言うのも理由の一つだ。

 故にイーナも入隊することができる。

 ただ、私と同じ道を歩むのは果たして正解なのだろうか。

 軍隊はモンスター討伐を今は主な仕事としている。

 だが、有事になればモンスター以外も討伐しなければならない。

 

 人だ。

 同じ人間として、人を殺すのには抵抗があるものだ。

 いろんな才能や可能性がある少女に、そんなことをする職業を果たして勧めるべきだろうか。


「お兄さん!話聞いてる?」


 イーナはそう言ってほっぺをぷくっと膨らませた。

 その動作は非常に微笑ましい。

 私は思わずふっと笑ってしまった。


「約束だよ!お兄さん!」


「ああ、わかった」

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