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◇4

 あぁ、またやっちまった。


 目を覚まし、一番最初にそう思ってしまった。昨日の記憶が鮮明に残っている。夢か? 夢なのか? いや、夢であってほしい……


 隣に視線を移すと、誰もいなかった。ベッドには私だけ。けれど、触れるとぬくもりを少しだけ感じる。今はだいたい9時か。仕事だったらもう出勤してる時間だ。



「……うわぁ、なにこれ」



 彼がいない代わりに、とあるものがその場に置いてあった。それは……懐中時計。ふたは、とても繊細に描かれている綺麗な絵柄。描かれているものは……大輪の花。緑色の、綺麗な花だ。



「……マジか」



 緑色の花だなんて珍しい。でも、これって団長様のもの? こんなお花の懐中時計使ってるんだ。


 でもさ、わざと? わざとこれを置いていった? また来るって? こんな大切なもの置いてっていいの? いや駄目でしょ。これ、どう見たってだいぶ高価なものでしょ。これどうしたらいいの。こんな下っ端団員の住む女子寮よ? そんな所に置いておけるわけないじゃん。



「はぁぁぁ……」



 一体どうして私の所にもう一度来たのだろう。あぁ、ただ遊ばれてるだけ? さすがにあの近衛騎士団団長に限ってそんな事は……と思うけれど、それっぽい気もする。だって、黙ってくれるって言ってたし。


 本当だったらもう私クビどころではなかったよね。最悪牢屋よ、牢屋。それなのに今こうして普通に自室で寝ていられる。そんなの、理由はそれしか思いつかない。



「……はぁ」



 どうしたらいいんだろう。ただあの人の言う事に従ってればいい? でもこれをお父様にバレでもしたら大変な事になる。私は一応貴族の出。男爵令嬢。そしてお父様は男爵家当主。今は領地にいるけれど、もしあの人の耳に入りでもしたら……あぁ、恐ろしい……



『テレシア』



 昨日、何度も呼ばれた。先輩達にテレシアって何度も呼ばれてるから男性に名前を呼ばれるのは慣れている。そのはずなのに……



「……あぁもうっ!」



 どうしてこんなにも、昨日の団長様を思い出すとこんなにドキドキしてしまうのだろう。


 興味本位で遊ばれているのかもしれないけれど……そう考えたくないと思ってしまう私は、ただのちょろい女なのだろうか。



 今日一日休みではあったけれど……休めるなんて事はなかった。この懐中時計どうしよう、とか、また団長様が来たらどうしよう、とか。頭を抱える事ばかりだ。


 疲れが取れないまま、次の日の仕事の日を迎える事になってしまったのだ。



「お前、大丈夫か?」


「え?」


「いや、暗いなと思って」


「そうですか?」



 頭を切り替えないといけないのに、中々に難しい。気を抜くと考えてしまうけれど、答えなんてどこにもない。



「なぁテレシア、これ頼まれてくれないか?」


「何です? これ」



 そう言ってきたのは、第三騎士団の副団長だ。何やらがやがや群がって話してるなと思ったら、私を見つけた副団長が私を手招きし資料を渡してきたのだ。結構分厚いな。



「これを近衛騎士団の団長室に持っていってほしいんだ」



 近衛騎士団団長室。その言葉に、つい耳を疑ってしまった。



「……はぁ!?」


「頼むっ! 誰も行きたがらないんだよ!」


「副団長が行けばいいじゃないですか!」


「あ、いや、その、だな……」



 何やら視線を泳がせる副団長。一体何があったというのだ。


 というか、私絶対行きませんからね。あの人の所に行けだなんて、絶対嫌ですからね!!



「テレシア、副団長この前近衛騎士団の団長に睨まれたばっかなんだと」


「え……」


「あ、いや、そうではなくて……この前指摘されたというか……」



 あぁ、なるほど、押しつけですか。他の先輩方も全然目合わせてくれないし。なるほど、そういう事か。



「酷い先輩方ですね」


「ほら、可愛い後輩には時には心を鬼にしてやらないといけないだろ? それだよそれ」



 本当は自分が行きたくないだけなのに? まぁ、悪魔って言われてるもんな、近衛騎士団の団長って。昨日と一昨日の人が同一人物だとは言いがたいくらい恐ろしい人らしいし。だから私もだいぶ頭混乱してるんだけどさ。


 はいよろしく、と強引に渡されてしまった。ニコニコと見てくる先輩方に、殺意まで湧いてきた。


 マジかぁ……


 鉛のような身体の重さを感じつつ、近衛騎士団の団長がいるであろう執務室に向かったのだ。



 近衛騎士団の執務室は、騎士団が集まる棟とは違い本城にある。国王陛下や王妃殿下、王太子殿下がいらっしゃる建物だ。


 そのため、当然の事人が多い。使用人はもちろん、貴族のご当主や、夫人やご令嬢もいらっしゃる。ここの後宮の庭園でお茶会をする者達が多いからだ。あそこはお金さえ支払えば使わせてもらえる。だから見栄を張るご夫人やご令嬢達がよくそこを使用している。



「あら、マーフィス嬢ではなくて?」



 当然、私を知っている人達もいる。


 私に話しかけたのは、私と同じくらいの歳頃のご令嬢3人。騎士団の制服を着ている私と違って、煌びやかなドレスを身にまとっている。



「ダメでしょう、話しかけちゃ。今マーフィス嬢は婚約が破棄されたばっかりなんだから。きっと心が傷付いてるはずだわ」


「まぁ、それは申し訳なかったわ。ごめんなさいね」


「……いえ、お構いなく」



 分かっててわざとやってるんだと普通に分かる。はぁ、まぁ破棄してすぐだったからこうなるだろうなとは思っていたけれど。



「あら、それって、もしかしてお使いではなくて? 女性ですからそれくらいの仕事しか任せられないのかしら。騎士団の方々は大変ですこと」



 これはいつもの事。私が騎士団にいる事と一番下の爵位である男爵家の令嬢だからだ。まぁ別にそんな事を言われたとしても、どうってことない。それに、あなた方と違ってこっちは忙しいんでね。


 というか、レパートリーはないの? 毎回毎回同じような嫌味ばっかりで飽きてるんだけど。



「今度わたくしの屋敷でお茶会を開くの。令嬢もいかが?」


「ダメよ、ご令嬢は優雅にお茶を楽しむ私達と違って忙しい方なのだから」


「あらごめんなさいね、ご令嬢。もし時間が空いたらぜひ呼ばせてほしいわ」


「仕事が残っていますので、ここら辺で失礼します」


「……えぇ、ごきげんよう」



 はぁ、面倒くさい。


 騎士団に入ったのは、実家が剣の家だからだ。今城にはいないけど父も騎士だし、今までの当主やその兄弟達だって騎士の道を選んだ。だから私も、その道を選んだのだ。


 まぁ、それもあるけど……一番の理由は、この令嬢達とのおままごとに付き合うのが面倒だったからだ。こんな布の無駄使いのようなドレスを着るのも息苦しいし。それに比べたらこっちの方がだいぶマシだ。


 ひそひそと周りから噂されても、どうってことない。


 何食わぬ顔で本城の廊下を堂々と歩いてやった。


 けど……うわぁ、着いちゃったよ。魔王城の扉並みに恐ろしい扉に感じる。ごぉぉぉぉ、っていう効果音まで聞こえてきそうだ。


 それに、ついさっき見えた、この扉から出てきた人たちの顔。何か恐ろしいものでも見たかのような青ざめた顔をしていた。


 あぁ、今すぐにでも帰りたい。私、殺される? でもこれ持って戻ってきた時団長がいたら? 鬼と魔王どっちがいい? ……さすがに、鬼を選ぶな。


 意を決して、魔王城の扉をノックした。



「――ふざけるのも大概にしろ」


「ヒッ……」



 ノックした後にそんなどすの利いた声がしてきたのだが。私、本当にここ入らないといけない?


 けど、入れと言われてしまえば入らねばならない。殺されるのはごめんだ。とりあえず、ドアを開けて一歩入った。



「……失礼します。第三騎士団団員テレシア・マーフィスです。団長より報告書をお届けに参りました」



 この部屋の主である近衛騎士団団長が座るテーブルの前に、二人立っている。私は歩き出してその隣に立ったんだけど……う、わぁ、団長様が座る席の前で震えあがってるじゃん。


 あの制服は……どこの部署だ? 顔、青ざめてる……やばいな。



「卿に伝えろ。これ以上は待たない、と」


「はっはいっ!」


「しっ失礼しますっ!」



 そう言い残してそそくさと逃げていった。待って、私を置いていかないで。


 彼からにじみ出る黒いオーラが恐ろしい。さっきの声だってまるで鋭い矢が飛んできたような気分だった。本当に鋭かった。



「で」


「はっはいっ! こちらですっ!」



 全くこちらを見ない彼は、私が机に置いた資料を手に取りパラパラとめくり始めた。


 これ、私帰っていいよね。入った瞬間から冷気を感じてしまって寒すぎる。早くここから立ち去りたい。それに知らず知らずにここにいた他の人達居ないし。逃げたか。



「……あぁ、確認した。これの件に関しては許可するとそちらの団長に伝えろ」


「はいっ! では失礼いたしますっ!」



 身体をくるっと180度回転させ、速足ですぐに立ち去ろうと、した、の、だが……足が止まってしまった。いや、止められてしまった。


 昨日と同じように、後ろから手が伸びてきたのだ。そして、私を抱きしめる。



「身体は大丈夫か」


「……ダイジョブ、デス」


「そうか、それはよかった。昨日は悪かった、仕事とはいえ何も言わず出ていってしまって」



 ……私、どうしたら、いい?


 というか、この方はどなたです? あの怖いオーラはどこに行った?



「可愛い寝顔だったから、起こすのが忍びなかったんだ」



 可愛っ……可愛いって、どこをどう見てその言葉が出た!? というか、あの恐ろしい悪魔からそんな単語が出てくるなんてありえるの!?


 待って、混乱してきた。この後ろにいる方は一体どこのどなただ。振り向いていいのか、これ。確認しちゃっていいの!?



「明日、狩猟任務に行ってくるんだろう。気を付けてな」


「ア、ハイ……」



 これ、私、どうしたらいい……?


 そんな戸惑いの中、いきなり後ろを向かされた。そして、キスをされてしまった。軽いキスだった。



「職場とはいえ離れがたいが……仕方ないな」



 そう一言言って手を離してくれた。とりあえず、恥ずかしさと恐ろしさから目を合わせずお辞儀と「失礼しますっ!!」の一言を残してこの部屋を離脱した。


 だいぶ頭の中は大混乱中だ。しかも、流石に職場でキスとか……は、恥ずかしすぎる。


 ヤバい、顔熱い。こんなんじゃ城の中歩けないじゃん。早く冷めろ冷めろ。


 そんな時、気が付いた。



「……あっ」



 そういえば、懐中時計渡すの忘れてた。部屋に置いておけないって思って今手元にあるんだった。渡せばよかったぁぁぁ!!




「お前、大丈夫だったか?」


「恐ろしい魔王に殺されそうになりました」


「どんまい、これで一つ成長したな」


「どこがどう成長するんです」



 心臓はち切れるかと思ったのに。死ぬかと思ったのに。先輩方は私を生贄か何かだと思ってるのか?


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