◇3
カチ、カチ、という時間の過ぎていく音は私達の耳には入らないくらい、部屋の中は騒がしかった。気付けばもう外は真っ暗闇。そして、最後の作業に差し掛かり……
「これで終わり?」
「だな」
「よっしゃあ! 終わったぁ!」
よっしゃあ! という先輩方の声を聞き、ホッと息を吐いた。
後片付けをしつつ、んじゃ帰るか~という声でぞろぞろと部屋を出ていく先輩達。私もそそくさと終わらせ部屋を出た。
私の頭の中にあるのは、あの言葉。でも、果たして来るだろうか。もう深夜のこの時間で、部屋には鍵がかかってる。窓だって閉めてある。
一応彼の口からは来ると言っていたけれど……私がいなかったら帰ってしまうかもしれない。うん、きっとそうだ。どうせ私の事なんて興味本位だったんだから、いなかったらいなかったで帰っていったに違いない。
女子寮まで辿り着き、自分の部屋まで急いだ。そして、鍵を開け、ゆっくりとドアを開けた。
「はぁ、疲れ……」
気が付かなかった。いきなり背後から抱きしめられてしまって、危うく口から声を出しそうになり、すぐさま手で口を押えた。
「遅かったな」
今日、倉庫で聞いたあの低めの声。あの人だ。
なんで、こんな所にいるんだろう。部屋にいた? でも鍵はちゃんとかかっていたはずだ。
「こんな時間まで仕事か? それともどこかに行っていたのか?」
酒の匂いはしないが、とのつぶやきにドキッとしてしまう。仕事が長引いただけで飲みに行っていない。ただ昨日の事を思い出してしまっただけだ。
「あ、の……どうして……」
「言っただろう、今夜来ると」
「そうでは、なく……」
「あぁ……さぁ、どうしてだと思う?」
「えっ……」
質問を質問で返され、戸惑ってしまった。どうして? そんな事、分かるわけがない。そもそも、この人が誰なのかすらはっきり分かってないんだから。
あいまいな昨日の記憶。とぎれとぎれでしか覚えてない。先輩達と飲んで、べろんべろんに酔っぱらって、自分一人で女子寮が見える辺りまで帰ってきて……
『君、そんな所で寝たら風邪を引くぞ』
って、言われたような……そこからはあいまいで……
『ど~せ私は女っ気のない小娘ですよ~……』
『……』
『何よ、アンタもそう思ってるんでしょ!』
……やばいな。私、何て事言ってんだ。しかも……誰かの上に、乗っていたような光景も、ある……
「……私、襲いました?」
「さぁ? だが昨日の君は実に情熱的だった」
「~~~~っ!?」
その言葉に、一気に頭がゆだりそうになってしまった。あぁ、昨日の私はなんてことをしてしまったんだ……殴れるものなら殴りたい!
「誠に申し訳ございませんでした……あの、本当に、何でもしますのでクビだけは……」
クビになんてされたらお父様になんと言われるかたまったもんじゃない。ただでさえ、婚約破棄されたってのに。
しかも相手は近衛騎士団の団長。恐ろしくて仕方ない。
「そうだな……黙ってはおいてやろう。だが、何でもするという言葉は言わないほうがいい」
「ぇ……」
その言葉の後に、抱きしめていた手が離され、肩を引かれ振り向かされると……顔が迫ってきていた。そしてそのまま、キスをされてしまった。
いきなりの事に驚き、離れようとするも後頭部を抑えられてしまう。もう片方の手で身体を引き寄せられ、密着され身動きが出来ない。口も離してもらえず、何度も角度を変え、まるで唇を溶かされてしまいそうだった。
「んっ……んんっ……」
口の隙間から声がこぼれる。離してもらいたくても何も伝わらず、キスがどんどん深くなっていく。
「はぁっ……」
ようやく離してもらえた時には。もう何も考えられずにいて。身体の力が抜けしゃがみこみそうになった。彼が支え、抱き上げてくる。
「腰を抜かしたのか。これでは持たないぞ」
そう言えば、この人の顔、ちゃんと見た事がなかった。視界に入る彼は、整った顔に良く似合う金色の髪に、スカイブルーの綺麗な瞳をしている。そんな澄んだ目で見られると……何となくだけれど恥ずかしくなってくる。
ベッドに降ろされ、彼が覆いかぶさってくる。
「明日は休みだろう。仕事で疲れているところ悪いが、あまり寝かせてやれない」
「ぁ……」
「――テレシア」
また、あのとろけるようなキスが始まった。