◇1
「っっつぅ……」
目が覚めた。頭痛がヤバイ。昨日はだいぶ飲みすぎてしまったらしい。
頭を押さえつつ、上半身を上げた……けど、何かがおかしい。どうして私、服を着ていないのだろうか。
二日酔いの頭を動かしつつ電気の付かない私室を見渡す。乱れたベッド、ベッドの周りに散乱する服、そして……隣に、同じく何も身に付けていない、金髪の男性が一人。
現実逃避したい気持ちで目を逸らしてしまったが……ちょっと待て……
「鍛錬っ!!」
サイドチェストに置いている時計を凝視すると、絶句した。やばいやばいあと11分じゃんっ!!
「ぅあっ!?」
布団を引っぺがしベッドから飛び出ようとすると足を滑らせた。
「いったぁ……」
床に散乱していた服の一枚を踏んでしまったらしい。ベッドに手をかけつつも打ったお尻をさすったけれど……あっ。やば、大きな声……
……起きてない? 大丈夫? よし、目は瞑ってる。
ほっとため息をつきつつ、静かに部屋に設置してあるクローゼットの方へ。そして勢いよく全開させ、私の騎士団用制服を引っ張り出した。
ここから鍛錬場まで……最短ルートで走れば5分だ! いける! 2分の余裕を残して5分で移動だと4分残る! 4分で着替えて準備しなきゃ!!
頭をフル回転させつつ準備を急いだ。床に散らばった男性用の服とベッドには目を向けることは出来なかったが。……いや、現実逃避だ。
「よしっ!」
全て終わらせて女子寮の部屋のドアを開けた。だけど、ハッと気が付いた。ここで鍵をかけると、ベッドで寝ている人が帰れなくなる。
「ん~~~~~~……」
しょうがない、かけないでおこう。
まぁ、半分は現実逃避で考えるのを諦めたというだけなんだが。とりあえず、早く行かなきゃ!!
と、鍛錬場の方まで足を速めた。
けれど、思い出した。寸前に見えた、床に散らばった服のうちの一枚を。いや今はそれどころじゃない!
最短距離で中庭を通りつつも全速力で鍛錬場を目指した。そして……
「間ぁに合ったぁ!」
「おっセーフだなテレシア! 団長来てないぞ」
「おはようさん!」
「おはようございますっ!」
ようやく鍛錬場が見えて滑り込み、同じ制服を着た男性達のところへ飛び込んだ。
3つの列が並ぶ内の、一つ空いた位置にすぐに立つとあの団長がやってきた。うちの騎士団である第三騎士団の騎士団長だ。まぁ簡単にあの方を説明すると……鬼。だから絶対遅刻なんてしてたまるもんですか。ただでさえここに女性は私一人なんだから。
「全員揃ってるな。点呼を取る!」
「「「はいっ!」」」
はぁ、間に合ってよかった。と内心安心したからか今朝の記憶が勝手によみがえってきた。そういえば、床に散乱していた服の一枚。どこか見覚えのあるものだったような気がする。そう、騎士団の制服のような……しかも、白。
白、という事は近衛騎士団の制服を意味する。我々騎士団よりも格上のエリート騎士団だ。
いや、まっさかぁ。ないないない。そんな雲の上のようなエリート様となんて仕事でちょっとだけ会うくらいでしかないし。それはないって。
……あ、やば。次私の番だ。
「次っ!」
「はいっ! テレシア・マーフィス!」
「次っ!」
とりあえず、考えるのは後にしよう。これから朝の鍛錬なんだ、気を抜こうもんならすぐにバレて大変な事になる。
そうして、恐ろしい朝の鍛錬を終わらせる事が出来た。
「テレシア、二日酔いはどうした?」
「ヤバいです、朝頭ガンガンでした」
「あれだけ飲めばそうなるって。俺だってそうだしな」
いや、先輩。貴方が私に飲ませたんでしょうが。奢ってやるなんて言って。
「にしても、昨日のお前のあれは笑ったわ」
「笑うようなところありましたっけ?」
「いや、相手の顔思い出してみろよ」
あれ、とは昨日の仕事で警備をしていた時の事を言ってるんだと思う。
昨日は、我々第三騎士団は昼に王城でのガーデンパーティーの警備に駆られていた。そして、その中の参加者の中にいたのだ。……私の婚約者が。
『お前との婚約は破棄だ』
ちょうど顔を合わせた時、私に指を差してそう言い放った。いや、パーティー中に何言ってんだこいつは。しかも私今警備中だけど。まぁ、でも周りに貴族達がいるからな。
『あ、はい、そうですか』
『は……?』
『じゃあ、お父様にご報告をお願いします。言い出しっぺはそっちなんですからよろしくお願いします』
そう答えると、相手は……わなわなと肩を震わせ顔を赤くしていた。
『はっ! お前なんか誰も貰い手なんていないだろうなっ! 家が男爵家で、しかも騎士! ご令嬢の欠片もないどうしようもない奴だしな!』
『あ、はい、そうですか』
言いたいことがあるなら言わせておけばいい。そう思いつつも相手に近づきつつ、首にかけていたチェーンに通していた婚約指輪を彼に付き出した。
『お返ししますので、処分をお願いします』
『ちっ』
相手は雑ではあったけれどちゃんと受け取ったから、失礼しますと残してその場を後にした。
それを見ていた先輩達が同情したのか、仕事終わりに引きずるように私を城下町の飲み屋に連れていき、お酒を飲ませたという事だ。別に気にしてないのに、と思いつつも、先輩達の優しさがちょっと、うん、ちょっと嬉しくて帰るに帰れなかった。
それなのに……何故あの男性が私の部屋にいたのだろうか。恐ろしくてしょうがない。
「おいテレシア、そこどうした」
「え?」
ここ、ここ、と自身の首をつんつんしている。
ここ、何かしたっけ? ぶつける、なんて事はなかったはずなんだけど……鍛錬とかでも木刀は当たらなかったし……というか大怪我だし。
「赤くなってんぞ」
「赤く?」
その時、気が付いた。今朝の惨状を。まさか……昨日の……? と、思うとサァァァ……と血の気が引きがっしり手で押さえつけた。
「あ、はは……虫に刺されたのかなぁ?」
「お前そんなところ刺されたら勘違いされるぞ? まぁお前の事だからないだろうけどな、アッハッハッハッ!」
「あ、はは……ないですって~そんなの!」
ありました、ごめんなさい。……とは、口が裂けても言えなかった。はは、笑えない……
とりあえず……行きたくはないけれど、休憩中にでも私の部屋を確認してこよう。鍵、開けっ放しだし。不用心だもん。あぁ、現実を見たくない……
でも、さぁ……もしだよ? もし、部屋にいたあの男性が……近衛騎士団の、団員だったら……クビ? いや、クビだけは勘弁してほしい。
そうでないようにと願いつつ、私は第三騎士団長の執務室に向かったのだ。まずはお茶出しだ。