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第12話 リカルドの決意


 ゲームの画面を開いた途端、ジャックが歓声を上げた。


「アランさん、返事来てますよ! リカルドくんの友達からです。英語なので翻訳してみますね」


―――アラン様、リカルド様

ご丁寧なメッセージをありがとうございます。

アラン様の誠意は、私たちに十分伝わりました。

リカルドくんが私に会いたいと仰ってくれているのは、大変嬉しいことです。

ただ、私とリカルドくんはゲーム上で知り合っただけで、特別に会話をしたこともありません。

どうして、リカルドくんは私に会いたいと思ってくれたのでしょうか。

リカルドくんの病状が快復されるように祈っております。


「これだけか?」


「そのようですね」


「おれは時間がないって伝えたよな」


「伝えました」


「これは、つまり体のいい断り文句ってことか」


「……どうでしょうか」


 アランは怒りで震える拳を机に押しつけながら、もう一度メッセージを読み返した。

リカルドは彼のことを純粋に友人だと思っていただろうに、相手がそうではなかったのならこんな不憫なことはない。

どうしてリカルドが会いたいと言い出したか、だって? 

そんなの、おれが聞きたいくらいだ。

アランは、怒りと悔しさで目の奥に涙が込み上げてきた。


「あの、リカルドくんはどうして彼に会いたいんですか」


 アランの拳がいつ爆発するかわからない恐怖に怯えながら、ジャックは口を開いた。


「なに?」


「差し出がましい意見ですみません。でも、この友人には疑問があって、少なくともその答えを望んでいるはずです。もしかしたら、彼の疑問を解決することが承諾のきっかけになるかもしれません」


「会いたい理由を、おれは知らない」


「リカルドくんに聞いてみては……」


「それができるのなら、こんなに悩んでいないっ」


 ジャックは、アランの捻りだすような叫び声に身を震わせた。


 リカルドの体調がさらに悪化したのは2日前だ。

医者は、念のためにと人工呼吸器をつけた。

意識が朦朧としている時間も増えて、アランとライザの呼びかけに応えることさえ困難な状態が続いている。

医者は自宅療養の限界を訴え、リカルドを設備の整った病院に移すことを強く提案した。

アランもライザも、それがリカルドのためになるならと了承したが、首を振ったのはリカルドだった。


「リカルド、病院に行っても、母さんも一緒に同じ部屋で寝泊まりするから大丈夫よ」


 リカルドは静かに首を横に振る。


 幼いリカルドは、何か勘違いをしているかもしれない。

父親と母親は、懸命に説得に努めた。


「父さんも、仕事が終わったら病院に直行する。今までリカルドの部屋に直行していたのと同じだ。何も変わらない」


 リカルドは、再度首を振る。


「リカルドくん、病院の設備だときみの苦しみを和らげることができる。先生もいつも一緒にいる。イエスと言ってくれ」


 リカルドは、目を瞑ったまま静かに首を振った。


 リカルドがこんなに頑固だったことはない。

体重の軽いリカルドを抱えて強制的に病院に移動することなんて簡単だが、息子の強い意志を無視することなんてできるわけがない。

大の大人3人は八方塞りの打つ手を見つけられないでいた。


 アランは、リカルドに理由を聞いていなかったことを今になって後悔した。

アラン自身、息子がどうしてゲームで知り合っただけの友人に会うことを切望しているのか疑問はあった。

いつでも話すことができると思っていた矢先、リカルドは自由に話すことも厳しいほどの病状に陥ってしまった。


 アランとジャックは解決の糸口を見つけることができず、返信の一文字目さえ打つことなくパソコンの電源を落とした。


 帰り際、ジャックは細いリカルドの手を強く握って10分ほど励ましの言葉を投げかけてから、帰路についた。


 アランはジャックが座っていた温もりの残るイスに腰掛けて、リカルドの手をとった。


「リカルド、調子はどうだ」


 リカルドは、うっすらと目を開けて微笑んだ。

目元と口元がほんの微かに動いただけだが、父親には愛しい息子の微笑みだとわかる。


「ジャックおじさんは、今日も仕事でミスをするところだったんだ。事前に気付けたからよかったものの、相変わらずおっちょこちょいだろ。リカルドだったら、そんなミスはすることないだろうな。リカルドが父さんの部下だったなら、どんなにいいことか。あと10年もして、リカルドが入社してくれるのが待ち遠しくてならないよ」


 アランは、いつも通り、その日あった出来事をリカルドに話して聞かせた。

リカルドの合いの手がないことを除いては、長年繰り返されてきた光景だ。

アランが話し続ける傍ら、リカルドは目を瞑って耳を傾けている。

口元に頬笑みが残っていることが、彼がこの時間を楽しんでいる証拠だ。

たまに、そのまま眠りに落ちていることがある。

父親の声が子守歌代わりになるのならば、いくらでも話し続けていられる。


「リカルド、寝たのか?」


 反応がないことを確かめて、アランはリカルドの肩まで毛布を掛け直した。


「リカルド、どうして病院に移りたくないんだ。病院は怖いところじゃないぞ。先生だって付いていてくれるし、父さんも母さんもずっと一緒にいる。集中的に治療をすれば、前みたいにゲームだってできるようになるかもしれないんだ。そうだ、このままだと友達に逢うこともできない。相手がここに来られないなら、リカルドと一緒に北米に行くことも考えていたんだ。父さん、リカルドの願いを叶えてやれなくて悔しいんだ」


 この数週間、我慢に我慢を重ねて紙一重のところでとどまっていた涙が、ついに一粒こぼれ落ちた。

自分自身でも予想外の涙を拭き取ろうと顔を上げると、ぱっちりと瞳を開いたリカルドと視線がぶつかった。


「起きてたのか」


 父親の泣き顔を見せるわけにいかない。

急ぎ笑顔を繕いリカルドの顔に正面から相対すると、リカルドの目に力が籠っていることに気がついた。

まるで、何かを訴えているかのようだ。


「リカルド、父さんに話があるのか」


 リカルドは瞬きもせず、父親の顔を見つめている。

ここは大事な局面だ。

アランは、神経を最大限集中させた。


「父さん、なんでも聞くから話してごらん」


 リカルドの口が、たっぷりと時間をかけて開いた。

まだ、声を出すまでの力はないようで、口元だけがぱくぱくと動いている。

アランは、リカルドの口の動きを読み取ることに集中した。


「ほ、く、べ、い? 北米? ……リカルド、北米に行きたいのか?」


 リカルドは、ゆっくりと瞼を上下させて肯定の意味を示した。


「そんな」

 無謀な、と言葉を飲み込んだ。


 いや、無謀なことなんてない。

無謀だってなんだってやる前から諦めるなんて、父親として男として、リカルドに情けない姿を見せたくない。


「よし、わかった。北米に行こう。ただし、今のままだと行けないことはリカルドもわかるだろう。まずは病院治療に移行して、少しでも体力を回復して医者の許しが出てからだ。それまでは、父さんも北米行きを許すことはできない。それは理解してくれるか」


 リカルドは、意思を持った長い瞬きをした。

父親とリカルドの交渉が成立した瞬間だ。

そうと決まれば、動き出すのは1秒でも早い方がいい。

アランはリカルドの手を一度強く握ってから、妻がいる部屋へと駆け出した。


「ライザ! 大急ぎで準備だ!」


 アランは、これまでにない精神の昂りと、心臓が脈打つ早い鼓動を感じていた。

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