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大切な人


 よしっ! 今日から謹慎解除!!


 王妃殺害未遂事件から約三ヶ月。謹慎期間中、暇で暇で、仕方がなかったという事もなく、王妃再教育を申し出たメイシン公爵夫人のスパルタ授業がみっしり入っていた訳で……、まぁ兎に角忙しかったのだ。


 そんな忙しい日々を送っていても、情報は入ってくるわけで、『王妃殺害未遂事件』のその後がどうなかったというと。

 やはりと言うべきか、王妃の自作自演で裁判まで開かれる事態になった割りに、処罰が謹慎三ヶ月というのは、いささか軽すぎるのではとお偉方の中で疑問視する声が上がったそうだ。

 確かに、貴族界をも巻き込んだ大騒動に、謹慎三ヶ月はあり得ない量刑ではある。

 王妃としての適正なしと処断され、追放処分が下されても文句は言えない。

 しかし、レオン陛下が己の過ち、つまりは王妃に対する不当な扱いを公の場で認め謝罪した事と、臣下であるはずの貴族各位が、表立って『お飾り王妃』と揶揄した事が今回の事件に繋がったと判断され、情状酌量の余地ありとの判断がなされたという。


 まぁ簡単に言うと、皆さま、自分の非を認めたということよね。


 そして一番の懸念事項だった。血による世襲の撤廃に関しては、我が国の中枢、元老院での議論・検討がなされ、一部改正に至った。

 血による世襲は撤廃され、養子でも後継ぎになることが可能になったのだ。しかし、後を継げる者が増える事による後継問題という側面が浮上した結果、女性の後継は認められなかった。


 まぁ、すべてが上手くいくとは思っていなかったから、養子の後継が認められただけで大勝利だ。

 これで、血による後継問題がなくなり、優秀な人材が後継ぎとなれば、貴族家各位の発展に繋がる。その結果として、国が発展すれば、それでいい。


 一つ残念な事があるとすれば、バレンシア公爵家が当代を最後に爵位返上が正式に決まった事だ。

 バレンシア公爵の意思は、結局変わらなかった。

 

 ルドラ様はノートン伯爵家へと養子に出され、後継ぎになることが決まった。そして、アリシア様はというと、籍だけをバレンシア公爵家に残し、ノートン伯爵家の別邸に居を移したという。

 追々、アリシア様はルドラ様の元へと嫁入りするのかもしれない。


 あの裁判の後、ルドラ様はアリシア様の元を訪ねたと聞いた。

 願わくば、アリシア様の心がルドラ様によって救われたらと切に思う。あの二人も運命に翻弄された被害者なのだから……


 そして、一番の懸念事項。

 今回の事件の本当の黒幕。アリシア様を(そそのか)し、ターナーさんの病気を利用しミーシャ様を操り、ノーリントン教会を燃やした張本人。隣国オルレアン王国に係る誰か。

 その黒幕の指示の元、動いていたと思われる二人。エルサとリドルは、バレンシア公爵家の夜会を境に、忽然と姿を消し、未だに消息は掴めていない。しかも、二人は、メイシン公爵家の宝飾品を盗み消えたようで、雇い主だった公爵家は、大損害を受けた。

 被害者である公爵家を、今回の『王妃殺害計画』の関係者として、これ以上疑うことも出来ず、二人に関する調査は打ち切られたと聞いた。

 結局、黒幕が誰なのか。何のために、『王妃殺害計画』を立て、実行したのかは分からずじまいだ。


 オルレアン王国に潜む黒幕。

 盤上の駒を動かすように、手駒を動かし、目的を達成するだけの頭脳をもつ狡猾な人物。

 そして、黒幕の息のかかった手駒が、王城の中枢にいる。王または、王妃の近しい者の中に。


 こちら側の内情が黒幕に筒抜けだった。

 そう考えねば、机上の空論でしかない計画が、王妃殺害まで、あと一歩のところまで進むとは考えられない。


『王妃殺害計画』は序章に過ぎない。そんな気がしてならないのだ。


 そんな事をベッドの縁に腰掛けボンヤリと考えていた私の耳に、素っ頓狂な叫び声が入ってきた。


「ティアナ様、起きて――、えっ!? 起きてる! 嘘でしょ……、あのティアナ様が、もう起きているなんて。天変地異の前触れかしら……」


 天を仰ぎ、失礼なことを言うルアンナをジト目で睨む。


「……ルアンナ、私が早起きするのが、そんなに珍しい?」


「そりゃ、そうですよ。シーツを握りしめて、起きることを断固拒否するあなた様との毎朝の格闘、どれだけ大変か。少しは自覚してください!」


 ここぞとばかりに日々の鬱憤をぶつけてくるルアンナのお小言に、そっと目を逸らす。


「だって、仕方ないじゃない。謹慎中の日々は過酷だったのよ。多少のお寝坊くらい、許されても……」


「確かに……、メイシン公爵夫人のシゴキは私の想像を遥かに超えておりましたわね」


「そうでしょう。一緒にシゴキを受けたルアンナだったら、わかってくれると思ったわ。過酷なシゴキを受けた同志。そこら辺は、大目に――――」


「なにをおっしゃっているのです! 私は己の認識を改めましてよ。メイシン公爵夫人の愛のシゴキ。甘やかすだけが愛ではない。愛ある鞭も時には必要。愛しているからこそ、厳しくもなるというものです」


 拳を握り熱弁を振るうルアンナは、おばさまの『愛あるシゴキ』を経て、メイシン公爵夫人信者へと化していた。話の方向が、予期せぬ方向へと進んでいる。このままいけば、ルアンナの説教が始まるのは時間の問題だ。


「あぁぁぁぁ、ル、ルアンナ!! 今日は記念すべき謹慎解禁日でしょ! だから……、楽しみで寝られなかったの!」


 ルアンナが口をポカンと開けて絶句している様を見て、急に恥ずかしさが込み上げてくる。


 いやだわ。これじゃ、翌日のイベントが楽しみで寝られない子供と一緒じゃない。


「ティアナさま……、子供ですか、あなたは」


 あきれ顔のルアンナの言葉に、私の顔が真っ赤に染まる。


「もう、いいわよ! 今から寝直します!!」


「あぁぁ、わかりましたから。ティアナ様の気持ちも理解しております。謹慎が解けて、嬉しいのは私も一緒ですから」


 ルアンナの言葉に、布団をかぶろうと動かした手が止まる。優しい目をして笑うルアンナを見つめ、彼女もまた、今日という日を心待ちにしていたのだと理解する。


 ルアンナには、たくさんの迷惑をかけてきた。

 しかし、ルアンナはいつだって、私の突飛なお願いに、最後は笑って頷いてくれた。

 無茶な行動ばかりして、怪我をすることもあった。泣きながら本気で叱ってくれる彼女の存在が嬉しくて仕方がなかった。

 側にいるのが当たり前で、ルアンナの存在があったから『お飾り王妃』と揶揄される立場に落ちてもしがみついていられたのだと思う。

 ルアンナの存在にどれだけ救われたか。


「ルアンナ、今まで本当にありがとう。あなたがいたから、今の『私』があるの。これからも、側で見守ってくれる?」


「もちろんでございますよ、ティアナさま。わたくしは、ティアナさまの侍女ですから」


 ルアンナの胸に飛び込めば、昔のように優しく頭を撫でてくれる。


「懐かしゅうございますね。ルザンヌ侯爵家にいた頃は、旦那さまに叱られ泣きべそをかくティアナ様をこうして慰めたものですわ」


「もう、子供じゃないわ」


「なにを言いますか。あなたさまは昔も今も変わらない、私の大切な主人さまですよ。だから、これからもティアナさまらしく生きてください。それが私の望みでもありますから」


 ルアンナの胸に顔を埋めれば、キュッと抱きしめられ、陽だまりのような優しい香りに包まれる。

 きっとルアンナは気づいている。涙でぐちゃぐちゃになったブサイクな顔を見られたくない私の心のうちを。

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