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アリシア視点


「ふふふ、ははは……、なんなのよ、あの茶番劇。本当、嫌な女……」


 吐き捨てるように言った言葉は、空虚な(そら)に吸い込まれ消えていった。


 裁判が終わり、貴族用の牢へと戻された私は、窓ぎわに置かれた簡素な椅子に力なく座った。

 鉄格子のはめられた窓からは、緑が生い茂る大木が見え、時折りふく風が葉をサワサワと揺らす。


――――わたしは、生かされてしまった。それも憎き王妃の手によって。


 いいや。もう王妃に恨みなどない。ただの逆恨みだったと分かっている。でも、あの時の私には、王妃を恨むことでしか、持て余した感情を制御することができなかったのだ。


 兄ルドラを愛する心に気づいたのは、いつだっただろうか?


 義母ミーシャからの折檻に、アンドレから向けられる憎悪の視線。そんな二人からの悪意から、自分を守ってくれる兄ルドラの存在は、物語りに登場するナイトそのものだった。


 身を挺して私を庇うルドラに恋心を抱いたのは、いつだったか。幼い恋心は、大人になるにつれ、厳しい現実となり、自分を襲った。


 ルドラは兄で、私は血の繋がった妹。

 兄を愛するなんて神は赦さない。

 絶望感の中出会ったのが、当時まだ王太子だったレオン陛下だった。


 未来の妃候補の一人として、王城に呼ばれているのはわかっていた。政略結婚を見据えた顔合わせ。しかし、私の手を取り王子然とした笑みを浮かべ口づけを落とす、レオン様の洗練された態度に好感を持った。


 この王子様なら、ルドラを愛する心を変えてくれるかもしれない。

 兄を愛してしまった罪から救ってくれるかもしれない。

 

 レオン陛下の存在は、一筋の光を私に与えた。

 しかし、その光もまやかしに過ぎなかった。


 正妃候補を決める夜会の前日、レオン陛下に呼び出された私は、彼から『アリシアを正妃に』と願われるのだと思っていた。

 ルドラに心を残していても、レオン様の妃になれば、いつか忘れられる。

 きっと、レオン様なら、私の心を救ってくれる。

 そんな淡い想いは、レオン様の心の内を知り砕け散った。


 レオン様には、愛する女性がいた。

 辺境の地から王都へと出て来たばかりの田舎令嬢。社交界の右も左もわからない芋令嬢に、レオン様は恋をしていた。


 そして告げられた残酷な密約。

 あの田舎令嬢を手に入れるために、共犯者になって欲しい。

 レオン様の言葉に頭が真っ白になった。

 気づいたら頷いていた。


 レオン様と私の密約は成功した。彼は愛する女性を手に入れ、私は社交界から姿を消した。

 そして、私はルドラへの愛に溺れていった。


 私の世界はルドラ一色に染まっていった。

 禁忌の愛。その甘美な響きに誘われ、溺れる日々。しかし、己の気持ちをルドラに伝えることはなかった。

 己にかした唯一の良心。しかしそれも、父の狂気の部屋を知ったことで、崩れ去った。


 ルドラと私に血の繋がりはない。

 仄暗い喜びが心を黒く染めていく。

 幸せだった。

 だからこそ、狂ってしまった。


 あふれ出した喜びのままに、欲望が燃え上がる。

 

 ルドラが欲しい。

 ルドラの愛が欲しい。


 そんな時だ。隣国の悪魔に出会ったのは。


『アルザス王国の王妃を殺せば、お前の望みを叶えてやろう』


 悪魔の甘い囁きが、私を誘惑する。


 お飾りと呼ばれ、王からも見捨てられた王妃。

 私を捨て、田舎令嬢を選んだレオン様。

 

 過去、レオン様に裏切られ絶望した過去の私が、頭の中で囁く。

 

 復讐するのだ。

 裏切り者の王と、にっくき王妃に。


 私は、隣国の悪魔の誘いに頷いてしまった。


 しかし、隣国の悪魔から聞かされる計画は、机上の空論。成功する保証などない。しかも、たとえ王妃を殺し、隣国に逃げられたとしても、荊の道が待っている。もしかしたら、口封じに殺される可能性だってある。そんな計画に、愛するルドラを巻き込みたくはない。しかし、聡いルドラは計画に気づいてしまった。そして、私の出生の秘密まで。


 後悔があるとしたら、ルドラを巻き込んでしまったことだけ。


 死罪が無くなった今、残された道はただ一つ。


「母と同じ道をたどるなんてね……」


 自嘲的に呟いた言葉が、簡素な囚人用の部屋に虚しく響き、消えていく。


 鉄格子がはめられた窓から見える一本の大木から、二匹の小鳥が飛びだし、空へと羽ばたいた。戯れながら飛ぶ姿に、胸がつまる。


 来世では、鳥になりたい。

 自由に飛ぶ鳥に。


 止めどなく流れる涙をぬぐうこともせず、外を見続ける私の肩に置かれた温もり。その重みを感じ、嗚咽がもれる。


「……る、どら……」


「――――、アリシア。なぜ、泣いている?」


「ご、めん、なさい……、ごめん、な……さい」


 嗚咽まじりの涙声は、ルドラに抱きしめられ消えてしまう。


 彼に優しくされる資格なんてない。


 イヤイヤと身体を揺らせば、さらに強い力で抱きしめられ、抵抗することをやめた。


 宙を見つめ、ただ涙を流す私をルドラは強く強く抱きしめる。

 森林を思わせる爽やかな彼の香り、身体の熱さ、耳から聴こえる心臓の鼓動。彼の存在に心がわななく。


「もう、終わったんだ。アリシア、すべてが終わったんだ」


 耳元で響くルドラの優しい声。

 もう、聴くこともないと思っていた。


「アリシア、すまなかった。助けてやれなくて、すまなかった」


 私を抱くルドラの手が震えている。

 

「全てを背負わせてしまった。辛い想いをずっと抱えているとわかっていたのに……、本当にすまない」


 私を抱くルドラの身体が震えている。


「――――、生きていてくれて、ありがとう」


 ルドラの言葉に心臓が止まる。


「アリシア、二人で生きていこう。想い出の場所でずっと……」


「……想い出の場所?」


「あぁ……、母さん達と過ごした想い出の場所で」


 見上げた先のルドラの顔が笑う。


「アリシア、愛している。だから、一緒に帰ろう、想い出の場所へ」


 唇に落とされた温もりは、禁断の蜜の味。

 

 禁忌の恋。それでも、いい。


 ルドラが一緒なら……

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