王妃の覚悟
「王妃殿下殺害未遂は重罪である。極刑にすべきだ!」
「しかし、アリシア嬢は黙秘を続けている。動機がはっきりしない以上、さらに調査が必要ではないだろうか」
「いいや! 動機など分かりきっている。ティアナ王妃殿下が邪魔になったのだ。お飾りと言われていようとも、正妃は正妃。側妃となることが決まったアリシア嬢は、正妃であるティアナ王妃が邪魔になったのだよ」
あぁぁ、あの人……、公式な席で王妃の事を『お飾り』って言っちゃったよ。馬鹿なのかしら?
議場の上席、アルザス王国のトップが座る玉座のちょうど真向かいに設置された王妃の観覧席。劇場にある貴人用の観覧バルコニーのような造りとなっている王妃専用の個室には、ソファとテーブルが置かれ、ゆったりと寛ぎながら、白熱する討論を観ることが出来る。
もちろん議場から、王妃の観覧席の中は見えない。この部屋の存在を知るのも、ごく一部の者だけ。昔から、この部屋は、王妃のみ入ることを許された秘密の観覧席なのだ。
アルザス王国の第二の権力者が誰なのかを示す部屋。それが、王妃のための観覧席だ。
そのことを理解している貴族が、議場内にどれほどいるのだろうか。
目の前で繰り広げられる言い合いと共に発せられる王妃ティアナを貶める言葉の数々。そんな言葉の応酬を聴きながら、笑みが深くなる。
その時、ずっと黙って成り行きを見ていたレオン陛下がスッと手を挙げる。
シンと静まり返った議場内に、陛下の朗々とした声が響く。
「アリシア嬢、申しひらきはないのか?」
「はい、ございません」
「そうか。このままでは、我はお前を極刑に処すしかないが、良いと言うのか?」
「はい」
「ここに、バレンシア公爵から届けられた嘆願書がある」
「えっ……」
「ここには、王妃殺害未遂の原因は、バレンシア公爵、アリシア、お前の父にあると言う。それは真か?」
「ち、違います! 王妃殺害計画は、全て私が単独でしたこと。父は関係ありません!」
「アリシア。バレンシア公爵は、ずっとお前達兄妹に無関心だった。父親らしいことは何もせず、後妻に虐げられていたお前達を助けることもしなかった。それなのに、バレンシア公爵を庇うのか?」
「いいえ……、違う。バレンシア公爵家は関係ありません!」
「アリシア、バレンシア公爵は嘆願書の中で、こう訴えている。お前が凶行に走った原因は、公爵が過去に犯した過ちが理由だと」
「やめて……、やめて……」
「アリシア、お前の母は、バレンシア公爵の妹。サーシャ・バレンシアだと書かれていた。これが真実であるなら、お前一人処断する訳にはいかぬ。然るべき調査を行った上で、処分を下す必要が出てくるのだよ」
陛下の言葉に議場内が大きくざわつく。
『アリシア嬢は近親愛の末、生まれた子供なのか』という声もあれば、『その事実が、どう王妃殺害計画に関わってくるのだ』という声も聴こえる。
さて、そろそろ私の出番ね。
収集がつかなくなりつつある議場内を見下ろし、スッと立ち上がる。
今日の衣装は特注品だ。
シックな光沢を放つ深緑色のドレスは、王族のみが着ることが許されるロイヤルデザイン。精緻な刺繍が施された白のレースが首元を装い、胸元には王妃の瞳の色と同じ宝石があしらわれた豪奢なネックレスが輝く。そして高く結い上げた髪を飾るのは王妃の称号、ロイヤルティアラ。王妃の戦闘服を身につけた今の私は無敵だ。
カツカツと靴を鳴らしながら階段を降りれば、議事堂の扉を守る近衛騎士が一礼し、道を開ける。
さて、行きましょうか。
背筋を伸ばし腹に力を入れた私の目の前で議場の扉が開く。議場内では白熱した言い合い…、もとい討論が続けられている。誰も、議場内に私が入って来たことに気づいていない。
「では、アリシア。王妃殺害未遂は、そなた一人による犯行と言うことで間違いないのだな。他に共犯者はいなかったと」
「はい」
被告人席の目の前。数段高い位置に鎮座する玉座に座ったレオン陛下がアリシア嬢に問いかける。
「では、最後の審判をくだす前に、他に異議申し立てをする者はいないか?」
ザワついていた議場内が陛下の声で水を打ったように静まり返る。今まさに審判が下されようとした時、静けさに包まれた議場内に凛とした声が響いた。
「陛下、お待ちください。異議申し立てがございます」
王妃ティアナの突然の登場に、一瞬静まり返った議場内が、次の瞬間には大きくザワつき、野次が飛ぶ。
「お飾り王妃が何用だ!?」
「ここは神聖な議場だぞ! 女が入っていい場所ではないわ」
「いやいや、ティアナ王妃殿下は当事者だ。話を聞くべきではないか?」
様々な声が響く中、議場の真ん中へと進み出た私は、『お飾り』と蔑んだ小男を睨み怒鳴りつける。
「お黙りなさい! ダントン伯爵。わたくしはアルザス王国の王妃、ティアナ・アルザスですよ。私に意見出来る御方は、陛下のみ。立場をわきまえなさい!」
「し、しかし……、神聖な議論の場に女性が参加することは……」
私の迫力に気圧され黙ったダントン伯爵の隣に座る、ヒョロっと痩せこけた口髭の男がゴニョゴニョと反論を返す。
「神聖な議論の場に女は入るなと、法律書のどこに書いてありますの? ニール侯爵。法務局にいるあなたならご存知よね、議場内に王妃の席が設えられている理由を」
二階席の正面を指差した私と青い顔をしたニール侯爵に、議場内にいる全貴族が注目している。
「ダントン伯爵、ニール侯爵。今の発言を不敬に問うことは致しません。ですが、今後同じような発言をなさった場合、審問にかけると夢夢お忘れなきように」
議場内をぐるっと見回して言った言葉は、彼ら二人だけに言った忠告ではない。
お飾りと侮っていた王妃の反撃をどう捉えるかは、人それぞれだ。ただ、今後は容赦しない。
もう、『お飾り』とは呼ばせない。
心に誓った覚悟のもと、もう一度議場内を見回し、玉座に座るレオン陛下に向き直る。
「神聖な議場内で、陛下の許可なく発言しましたこと深くお詫び申し上げます」
ドレスをつまみ、最敬礼をとる。
「よい、気にするな」
たったこれだけの会話に、議場内が大きくざわめく。以前の王と王妃の冷めきった関係しか知らない者たちにとっては、青天の霹靂。信じられない光景を今、目にしたことだろう。
『お飾り』と呼ばれていた王妃が放った強気な発言を心の中で嘲笑っていたであろう者たちの反応が一瞬で変わる。それを肌で感じながら、言葉を紡いでいく。
「陛下、発言を許可頂けますか?」
「それは、アリシアの罪状に対する異議申し立てをしたいということか?」
「はい、その通りでございます。アリシア嬢は、単独で犯行におよんだと仰いました。しかし、彼女には共犯者がおります」
「ほぉ、共犯者が?」
「い、いいえ。違います! 共犯者など、いません!!」
「アリシア、そなたに発言を許可した覚えはない。――して、ティアナよ。その共犯者と言うのは誰か?」
「アリシア嬢の共犯者、それは……、この私です!」




