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盤上の駒


 バレンシア公爵家をあとにした私は、ルドラ様を幽閉先へ送り届けるため、ノートン伯爵家へと向かっていた。

 

 謹慎処分中のルドラ様を連れ出している時点で、本来であれば大事(おおごと)なのだが、咎められていない時点で、勝手を許されている身。陛下のお墨付きもあることだしと、自由に行動させてもらっている。しかし、これ以上ルドラ様を連れ回すのは無理だ。一応、謹慎処分が下されている訳で、明日はアリシア様の裁判だ。

 早々にノートン伯爵家へと送り届けるのが、ベストだろう。


「ルドラ様、ブラックジャスミンの花畑で交わした密約覚えていまして?」


「突然、なんですか? もちろん、覚えていますよ。確か……」


「……、ミーシャ様を追い出し、ルドラ様をバレンシア公爵家の後継ぎに。そして、アリシア様を側妃へと、交わした密約ですわ」


「くくく、そうでしたね。あの時は、まだ王妃様の実力を侮っていました」


 くくくっと楽しそうな笑みを浮かべ笑うルドラ様の顔は、なんだか晴れやかに見える。


「私に実力なんて有りませんわ」


「何を言いますか。バレンシア公爵家の闇を全て、明るみにしてしまったくせに」


 悪戯そうな笑みを浮かべ、戯言を言うルドラ様のお茶目な物言いに、なんとも不思議な感情が湧き上がる。


 心がくすぐったいのだ。

 ずっと敵愾心(てきがいしん)しか向けられてこなかったから。


 今だったら正直に答えてくれる。そんな思いを秘め、疑問を口にした。


「いつからアリシア様とルドラ様に血の繋がりがないと気づいていましたの?」


「えっ……、と」


「私ね、ずっと不思議に思っていましたのよ。ノートン伯爵家別邸の秘密の小部屋。あの部屋に私を導いたのは誰かってね」


 オリビア様の病歴をエルサに調べてもらうついでに、やってもらったお願い事。

 それは、別邸の秘密の小部屋への扉。あれが、簡単に開くかどうかだった。


 オリビア様が生前使用していたと思しき、あの部屋は、床も磨かれ、調度品や家具に至るまでホコリ一つなく、綺麗に掃除がなされていた。

 王妃が滞在するのだから当然と言えば、当然なのだが、秘密の小部屋は、部屋に入室した形跡はなく、ホコリが積もっていたのだ。数年は、あの小部屋に誰も入っていないことになる。

 そんなノートン伯爵家の使用人すら知らない部屋を、たまたま滞在した王妃と王が、見つけるなんて、そんな偶然あるはずがない。しかも、私を探しに来たルアンナまで、誰も知らない秘密の小部屋を見つけている。

 誰かが、あの部屋を私に見つけさせるため、誘導したとしか思えないのだ。


「あの小部屋には、普段は鍵がかかっているのではなくって? でも、私がノートン伯爵家別邸に滞在した時には鍵がかかっていなかった。果たして、そんなことをしたのは、いったい誰なのか?」


「まいったなぁ……」


 眉尻を下げ、困った風を装っているが、ルドラ様の目は笑っていない。

 本当は知られたくなかったのだろう。


 あの時のルドラ様は、必死に『救難信号』を私()()に送っていたのだ。

 もう己の力だけでは止められない所まで進んでしまった『王妃殺害計画』を、止めるために。


「ここからは、私の憶測になるのだけど。あの秘密の小部屋の鍵を管理しているのは、ルドラ様、あなたよね。そして、アリシア様は、あの部屋の存在を知らない」


「えぇ、その通りです」


「やっぱりね。あの小部屋に置いてある絵を見れば、アリシア様のお母さまが誰なのか、すぐにわかるわ。そして、あの小部屋を秘密にしなければならなかった理由にも、気づく人は気づく。それを、アルザス王国の王と王妃に見つけさせた理由。ルドラ様、あなたは、力技を使ってでもアリシア様を止めようとしたのよね。国のトップにバレンシア公爵家の闇を暴かせ、公爵家の醜聞が社交界に広がれば、側妃としての話もなくなり、上手くいけばバレンシア公爵家は取り潰しになる。王妃殺害計画を実行に移さなくても済むと考えたのではないの?」


「そんな、美談ではありませんよ。あの時はまだ、レオン陛下の愛はアリシアにあると思っていましたから、彼なら、アリシアを救ってくれると思ったのです」


 ふふっと、自嘲的な笑みを浮かべたルドラ様が語り出す。


 ルドラ様がアリシア様と血の繋がりがないと知ったのは、ノートン伯爵領へ陛下が視察へと来る数日前だったという。それと同時に思い出した秘密の小部屋の存在と母の言葉。


『この部屋は、私とサーシャの秘密の小部屋なの。誰にも言ってはダメよ』と、サーシャ様の絵を母が描きながら言っていたことを。


 突然レオン陛下が、ノートン伯爵領を視察すると言い出した背景には、何かあると感じていたルドラ様は賭けに出た。


『王妃殺害計画』に隣国が関わっている以上、一臣下でしかない自分に、アリシアの計画を止める手立てはない。しかし、レオン陛下なら違う。


 だから、あの秘密の部屋の鍵を開けたと。


「陛下の愛はアリシアにはなかった。結局私は、陛下の疑いの目をアリシアへ向けるきっかけを作ってしまった」


 馬車の床板を見つめルドラ様が項垂れる。


 膝の上へと置かれた両手が震えるほどの後悔が伝わってくるようで、胸がいたい。


「アリシアを止めることができなかった俺が全て悪い。アリシアの凶行は、すべて俺の弱さが招いたことなんだ」


 果たして本当にそうなのだろうか?


『王妃殺害計画』の真の黒幕は誰なのか?


 そんな疑問が頭からずっと離れない。


「今回の『王妃殺害計画』は、かなり以前から計画されていた可能性があります。数年がかりで……」


「そんな筈はない。アリシアが隣国の間者と接触し始めたのは、ここ一年くらいのことだ」


「ルドラ様、アンドレ様が今どこにいるかご存知?」


「いや……、あんな奴の同行など知らない。どこかで遊び回っているのだろう」


 チラッと横目でルドラ様を盗み見ても、彼が知っていて嘘を言っているようには思えない。


 ルドラ様は、本当にアンドレ様の同行を知らないのだ。


「アンドレ様は、隣国オルレアン王国にいます。商人となって」


「なんだと!? あの気位の高いアンドレが商人? ウソだろ……」


「嘘ではありません。そして、アンドレ様が商人見習いとして隣国に渡ったのも、ちょうど一年前です。そんな偶然あると思いますか?」


 私の言葉に、ルドラ様は顎に手をあて考え込んでいる。


「そして、もう一つ。ミーシャ様がある商会と取引を始めたのが三年前。その商会の名はミルガン商会。火事を起こしたノーリントン教会と裏で繋がっています。隣国の反乱分子と密輸取引をしていたと疑いをかけられている商会です」


「……出来すぎているな」


「はい、出来過ぎです」


「つまりは、バレンシア公爵家は、ずっと以前からターゲットにされていた。王妃殺害計画を実行するための実行犯として」


「はい。隣国の間者がルドラ様ではなく、アリシア様に接触したのも、計画を成功へと導くため。嫉妬した女の情念ほど、利用しやすいものはありませんから」


 黒幕がどこまでバレンシア公爵家の闇を知っていたかはわからない。しかし、かなり真相に近いところまで情報をつかんでいた可能性は高い。

 そして、アリシア様の王妃に対する嫉妬心を利用した。


「なぜ、隣国はこんな周りくどい計画を? 今の話が真実なら、全て人任せだ。成功する保証は何もない。人形遊びをしている子供と同じような気軽さで、一国の王妃の命を狙ったとでも言うのか?」


 言い得て妙だ。

 まさに、私たちは盤上を動かされる駒そのもの。黒幕からしたら、成功しようが、失敗しようが、どちらでも構わないと思っているような節が感じられる。


 オルレアン王国の関与を悟らせないようにするなら、ノーリントン教会の火事は致命的だ。

 しかし、王妃殺害計画は実行された。


 だからこそ、黒幕の正体が見えてこない。


 真の黒幕は、オルレアン王国の上層か、はたまた隣国の反乱分子なのか。それとも、想像だにしない目的を持った誰かなのか。


 どちらにしろ、今回の『王妃殺害計画』は序章に過ぎない。そんな気がしてならない。


「――だからね、ルドラ様。あなたが、王妃殺害計画を知った時には手遅れだった。何をしてもアリシア様の凶行を止めることはできなかったの」


「王妃様……、まさか……」


「それ以上は言わないのよ。私が、一介の臣下に、隣国とのアレコレを話した理由くらい、汲み取りなさい。――――、着いたみたいね」


 ゆっくりと馬車が止まり、外から扉が開かれる。馬車から降りるため立ち上がったルドラ様の手を引き、耳元でささやく。


「アリシア様の命は助けます。でも、アリシア様を本当の意味で救えるのは、ルドラ様、あなただけです。頼みましたよ」


 ハッとした表情を浮かべたルドラ様だったが、次の瞬間には背を向け歩き出す。そして、馬車から降りた彼が、深々と頭を下げる。


 晴れやかな顔しちゃって。

 憑きものは、取れたようね。


 ルドラ様の姿に笑みを浮かべ、手を挙げれば従者によって、馬車の扉は閉められた。


 いよいよね。


 裁判を明日に控え、腹黒い笑みを浮かべたティアナを乗せ、馬車は走りだす。


――――決戦の地、王城へと。

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