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お飾り王妃、光を見いだす


 開かない瞳。動かない手足。ずっしりと重い身体。

 呼吸は苦しく、浅い。しかし、私は叫ぶことをやめない。

 暗闇の中、必死に叫ぶ。

 

――――まだ、死ぬわけにはいかない。


 頭の中で誰かの声が響く。


『へぇ、僕を呼んだのは君? ほぉ、七色の光の加護を持っている。次の僕のご主人様ってわけか?』


 真っ暗な闇の中、声だけが響く。


『誰なの?』

『僕かい? う〜ん、守り神とでも』


 怪しすぎる。

 何も見えない状況で、疑うのも忍びないが、人が死に直面しているのに、軽すぎる。

 しかも、死ぬ寸前に出てきているのだから、碌でもないものには違いない。


『あっ……、今、失礼なこと考えたね。帰ろっかなぁ』


 急に不機嫌な声を出し始めた神とやらに、焦る。

 この際、神でも、悪魔でも何でもいい。藁にもすがる想いとはこのことだ。死を免れるのであれば、なんだっていい。


『待ってください! 神さま。あなた様が何者かはわかりませんが、私の頭の中に問いかけていると言うことは、助けてくれる気があると言うことですよね』

『まぁ、ね。一応、君、僕のご主人様みたいだから。死にたくないって願ったから、僕を呼び出せた訳だしねぇ』


 言っている意味がよくわからないが、この際、それは聞かなかったことにしよう。


『では、お願いです。私の命を助けてください。まだ、死ぬわけにはいかないのです』

『そっかぁ。……君を蔑ろにする国でも、王妃が死んでは大変なことになるもんね。君をお飾りと揶揄する貴族なんて捨て置けばいいのに。君をお飾りに貶めた君主なんて見捨ててしまえばいいのに』


 神と名乗る者の言葉に、息を飲む。


 私は試されている。


『わかっています。死を選んだ方が楽だと。……、でも無理です。『彼』を信じたいと願う心に嘘はつけません』

『傷つけられてなお、『愚者』を信じるか……。主人の願い叶えよう』


 ゆっくりと瞼が開き、身体の重みが消えていく。

 そして、目の前には、複雑な紋様が描かれた大きな扉と、その前に立つ真っ白な鳥。


「……、鳥?」


 七色に光る尾を持つ真っ白な鳥が、こちらを見つめ小首をかしげる。そして、その鳥が羽根を広げた瞬間、石の扉が開き、溢れ出した七色の光に包み込まれた。


『面白いね。僕の力を使うまでもなかったよ。君を生かしたい誰かが、細工をしたみたいだ』


「えっ?」


 私の問いに、神らしき者が応えることはなかった。

 赤、橙、黄、緑、藍、紫、そして青色が視界いっぱいに広がったのを最後に意識は弾け飛び、次に気づいた時には、見慣れた私室の天井を見つめていた。





「……生きている」


 ぽつりつぶやいた言葉が、静寂に包まれた部屋に響き、消えていく。


 口は動く。耳は聴こえる。

 首を動かせば、窓際に置かれた花瓶には花が生けられている。

 見慣れた光景に、ハッとした。


――――、ルアンナ


 長年行動を共にしてきたのだ。彼女の癖くらいわかる。


「帰ってきた。帰ってこれたのね……」


 鼻の奥がツンっと痛み、目頭が熱くなる。


 ルアンナが生けてくれた花々。彼女もまた王妃の間に帰ってきてくれたのだ。

 はやる気持ちを抑え、慎重に上体を起こせば、首元から金のネックレスが垂れ下がり、青い煌めきが目に入った。精緻な金細工が施されたペンダントトップを掌の上へと乗せ、青く輝く石を優しく撫でる。


「あなたが、助けてくれたの?」


 その問いに応える者はいない。

 滲む視界に『星の雫』が歪んでいく。とうとう溢れ出した涙が頬を伝い、煌めきながら落ちていく。


「レオンさま……、いつから気づいていたのよ、私がティナだって」


 レオンさまは、私に聞いた。朦朧とする意識の中で、彼は私に『星の雫』はどこにあるか、と聞いたのだ。

 瓶底メガネもない、そばかすもない、目立つ銀髪を隠すためのカツラもかぶっていない、王妃ティアナに。


『星の雫』は、騎士レオに扮したレオン様が、侍女姿のティナに贈ったもの。それを王妃ティアナが持っていると、なぜレオン様は知っていた。

 王妃ティアナと侍女ティナが同一人物だと知っていなければ、あり得ないこと。


 いつから、気づいていた?

 知っていながら、なぜ、ずっと黙っていたの?

 正体がバレているとも知らずに、騎士レオと接してきた私を嘲笑っていたの?


 違う……

 レオン様は、そんなことをする人じゃない。


 いつから侍女ティナが私だって気づいていたかなんて、どうだっていい。

 侍女ティナとして、初めて騎士レオに扮したレオン様に接した時、愛する者のために努力しようと覚悟を決めた彼の真摯な態度に絆された。

 二人だけのレッスン。徐々に目を合わせられるようになり、回を重ねるごとに会話ができるようになり、はにかんだ笑みを見せてくれるようになったレオン様。そして、王妃ティアナとの初めてのダンス。表情も固く、眉間に皺を寄せていたレオン陛下。それでも、目を逸らされることはなかった。

 

 いつだって、レオン様は侍女ティナを助けてくれた。

 機密文書保管庫で刺客に襲われた時も、オリビア様の死の原因がわからず頭を悩ませていた時も。

 侍女ティナが持ちかける無理難題に、呆れながらも協力してくれた。


――――、そして。


 命をかけて、私を助けてくれた。


 ずっと、愛されていた。ずっと……


「陛下……、感謝いたします」


 涙が止まらない。溢れ出した涙は、次から次へと頬を伝い『星の雫』を濡らしていく。涙に濡れ輝きを増した青い石を両手で包み、あふれ出した想いのままに口づけを落とした。

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