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レオン陛下視点②


 控えの間を飛び出した俺は、目的の場所へと脇目もふらずひた走る。

 通りすがった者が、何事かと振り向くが、そんな輩を気にする余裕は今の俺にはない。


 どうか間に合ってくれ。

 その一心で、廊下を全速力で駆け抜ける。


 秘密裏に入手したバレンシア公爵邸の見取り図は頭に入っている。ミーシャの私室まで、あと少しだと分かっている。しかし、そのわずかな距離が歯がゆい。


 完全に俺の落ち度だ。

 ティアナの行動力を甘く見ていた。


 協力者は、タッカーと見て間違いないだろう。いいや、違う。王妃の間の新しい侍女は、かなり厳しい基準と調査を行った上で選定した。タッカー如きでは、内通者を紛れ込ませるのは困難だ。だとすると、タッカーよりも権力があり、王宮女官にまで圧力をかけられる人物。


『メイシン公爵夫人』か。


 柔和な笑顔の中に鋭さを隠し持つ夫人の顔を思い出し、臓腑が重くなる。

 あの夫人が関わっているとなると、厄介だ。


 しかし、今はそんなことはどうでもいい。

 急がねば手遅れになる。

 アリシアを信じきっているティアナは、彼女の悪意に気づかない。そして、ティアナとミーシャが二人きりになるチャンスをあの女が逃す訳がないのだ。


「ティアナ!!」


 扉を蹴破り室内へと入り、すぐに異変に気づく。


――――、この甘い匂い……、ブラックジャスミンか!


 いち早く俺の言わんとしていることを察知したアルバートが口元を抑え、部屋へと入り窓を次々と開けていく。


「アリシア!! 貴様、なにをした!?」


「あら? 遅かったわね、陛下。あなたの愛しの君は、こと切れたわよ。ふふふ、ご愁傷さま」


 不敵に笑うアリシアの言葉に、彼女の足元を見て血の気がひく。顔を伏し、黒のドレスを着て横たわる銀髪の女性は、紛れもなく王妃ティアナ、その人だった。


「――――、アルバート。アリシアを拘束しろ!」


「はっ! 陛下」


 抵抗することもなく、護衛騎士に両手を拘束され、膝をついたアリシアを目の端に捕え、走りだす。

 今すぐにでも殺してやりたい。だが、今はその時ではない。

 俺は激情を抑え、横たわるティアナへと歩み寄り、彼女を抱き起こすと、必死に名を呼び続けた。


「……、ティアナ! ティアナ、しっかりしろ!!」


「……レ……、オ……さま」


 微かに響いた声に心臓が止まりそうになった。


 ティアナは、生きている!


「そうだ、レオンだ。ティアナ、目を閉じるな。ダメだ! 閉じてはダメだ」


 わずかに開いた瞳が閉じていく。

 そして、浅く激しかった呼吸が徐々に弱々しくなり、ティアナの唇が赤く染まっていく。


「くそっ!」


「はは、ははは。苦しめばいいわ。もっと苦しみなさいよ!」


「アリシア、貴様!!」


 怒りのまま動こうとした身体が止まる。


 なぜ、アリシアは生きている?

 

 あの女もティアナと同じようにブラックジャスミンの毒を吸ったはずなのに、ぴんぴんしている。


「解毒剤は、どこだ! アリシア」


「解毒剤? そんなモノ、ないわ。ブラックジャスミンの毒は特殊過ぎて、今日に至るまで解毒剤は開発されていない。王族なら知っているわよね」


「では、なぜお前は生きている。アリシア、お前も同じようにブラックジャスミンの毒を吸ったはずだ!」


「ふふ、ふふふ、私は死なないのよ。だって、さる御方から頂いた『ブラックジャスミンの毒を中和させる薬』を飲んでいるから」


 ブラックジャスミンを中和させる薬、だと?

 そんな話、聞いたこともない。


「嘘を言うな!?」


「この期に及んで、嘘なんて言わないわ。じゃあ、なぜ私は生きているのかしら? アルザス王国にある知識が全てだと思わないことね。オルレアン王国の医薬学は、アルザス王国より遥かに進んでいるのだから……」


 そう言って、皮肉げな笑みを浮かべ笑うアリシアを見つめ悟る。


 やはり、この件にはオルレアン王国も関わっているのかと。


「……、ではその中和剤とやらを、今すぐよこせ! さすれば、お前の望み通りルドラと共に、国外追放にしてやろう」


 王妃に手をかけた時点で極刑は免れない。それはアリシアも理解しているはずだ。

 この女に死をもって償わせねば、気がすまん。しかし、ティアナの命より大切なものなどない。


「へぇ、司法取引をすると。お優しい陛下だこと……、でも残念。中和剤は、ブラックジャスミンの毒を吸う前でないと効かないのよ。あら? 王妃さまの唇が赤く染まってきたわ。さ、よ、う、な、ら――」


「アルバート、連れていけ……」


『御意』の言葉と共に、護衛騎士がアリシアを引きずり連れていく。アリシアの勝ち誇ったような高笑いが廊下に響き、己の無力さに拳を地面に叩きつける。しかし、痛みなど感じなかった。


 横たわるティアナを抱き寄せ、顔にかかった銀色の髪を優しく払う。頬は赤く腫れ上がり、唇は切れ血が滲んでいた。何度も殴られた跡を残す痛々しい顔を見つめ、己の愚かしさに唇を噛む。


 ティアナを自由にしていたら。

 もっと早くにレオの正体が俺だと明かしていたら。

 ティアナに嫌われるのを怖がらずに、話しかけていたら。


――――、ティアナは、こんな目に遭わずに済んだのだろうか。


 ティナと過ごした数ヶ月。

 彼女の屈託のない笑顔。悪戯な瞳。

 くるくると変わる表情に愛しさが募った。

 

 王妃ティアナと接したときに感じた、彼女の戸惑いの表情と優しい笑み。そして、少しずつ近づく距離に、胸が高鳴った。


『星の雫』を嬉しそうに見つめ、はにかんだような笑みを見せてくれた彼女が脳裏に浮かび、消えた。


『もし』を重ねたところで過去を変えることなど出来ない。だったら、今ある最善を選び取るしかない。


「ティアナ、ティアナ!」


 俺の声に、わずかに目が開く。


「星の雫……、星の雫はどこにある!」


 最後の望みをかけ叫ぶ。


「……、む……ね……」


 首元を覆う黒のレースを破ると青い煌めきがこぼれ落ちた。金のネックレストップでキラキラと碧く輝く星の雫を見つめ、口元を手で覆う。心が言い知れぬ感情に支配され、言葉を失う。


 ティアナは、ずっと身につけてくれていたのだ。


 心に押し寄せる喜びを抑え、水を持ってくるように指示を出し、差し出された水差しにティアナの首から外した星の雫を落とした。


「ティアナ、ティアナ!! 飲めるか?」


 ティアナの上体を支え、コップを口元へと当て傾けるが、無情にも水は口端からこぼれ、首元へと落ちていく。


「……、くそっ!!」


 最後の望みをかけ、水を口に含むと、赤く染まったティアナの唇へと口づけた。

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