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レオン陛下視点①


「特に変わった動きはないのだな?」


 アリシアとのダンスを終えた俺は、適当な理由をつけて控えの間へとやってきた。襲ってくるであろう刺客を油断させるために、護衛の者は最小限にしている。


 辺境の地、ルザンヌ侯爵家出の王族騎士団の先鋭と共に、幼き頃から鍛錬を続けている俺の剣の腕は、側に控えるアルバート互角。手練れの刺客だろうと死んでやる気はない。


 緊張感からか、これから起こる戦いに血が騒ぐのか、武者震いが起こった。豪奢な長椅子に座り、気合を入れ直す。


「陛下の周辺で不審な動きをする者はいませんでしたね。しかし、側妃となる令嬢の婚約披露の夜会にしては、いささか、貧相というか、なんというか……」


「確かに、公爵家の開く夜会のレベルではないな」


 舞踏場に飾られる花一つ取っても数も少なく、質も低い。そして、料理や酒に至っては、安物ばかりだった。王族を迎えて開く夜会の規模ではない。

 しかも、この夜会が内輪だけのものと釘を刺したにもかかわらず、招待されている面子がアルザス王国の中枢を担う高位貴族ばかりとは、目も当てられない。これでは、バレンシア公爵家の凋落は周知の事実となろう。


 バレンシア公爵は、何を考えている?

 わからない……

 奴は、本気でバレンシア公爵家を己の代で潰すつもりなのか?


 夜会が始まってからも姿を見せない男を脳裏に浮かべ、嫌な予感に胸が騒ぐ。


「それにしても、陛下。珍しいこともあるものですね。あの女嫌いで有名な、メイシン公爵家のタッカー殿が、見知らぬ女性と同伴とは」


 軽口を叩きこちらをチラッと見やるアルバートの視線に、眉間に皺がよる。


 なにが、女嫌いなものか!! 

 あいつは、ティアナ以外に興味がないだけだ!


 ノーリントン教会の火事の後、メイシン公爵の怒りを買い謹慎処分にあったと聞いていたのに、その数日後に王城へと乗り込んできたあの男は、俺に宣戦布告をした。


『お飾りの立場にティアナを落とした陛下に、ティアナを幸せにする資格はない。どんな手を使っても奪ってやる!』と。そう言い放ち、去ったあの男を不敬罪で処断してもよかったが、公爵家の息子を簡単に断罪することも出来ず、あの男の言うこともごもっともで、何も言い返せない自分に、ただただ腹が立った。


 そのやり取りを知っていて、メイシン公爵子息の話を持ち出してくるとは、アルバートが腹を立てている証拠でもあった。最小限の護衛しか連れて行かないと言い放った俺に対する、ちょっとした嫌がらせだ。ただ、タッカーが女性を連れているのは、確かに珍しい。しかも、黒服の未亡人とは――――


 そこまで考えて、嫌な予感に、鼓動が速くなる。


「アルバート! ティアナは……、ティアナは、王妃の間にいるのだな?」


「えっ……、はい。王城を出る時に念のため確認しました。『体調が悪い』とふせっておられて声だけでしたが、あの声は王妃様で間違いございません」


「……そうか」


 アルバートが俺に嘘をつくとは思えない。それなのに、胸がざわついて仕方がない。


 俺は、何かを見落としてはいないか?

 何かが引っかかる。ただ、その違和感が何なのかがわからない。


 あの黒衣の未亡人が頭から離れない。なぜ、こんなにも、あの女のことが気になる?


「陛下、お休みのところ失礼致しますよ」


 入り口から入ってきた男をみつめ、ますます眉間のシワが深くなる。


「入室の許可を出した覚えはないが、タッカー」


「いや、変ですね。今夜は内輪の夜会。無礼講と言ったのは陛下ではありませんか」


 確かに敵を油断させるために、今夜の夜会は王族参加であっても格式ばったものにしないよう通達したのは俺自身だ。しかし、いつ刺客が来るかわからない緊張状態で、タッカーの攻撃を甘受し続けたくはない。

 しかし、睨んでも怯むことなく、こちらへと近づいて来る男を問答無用で追い出す訳にもいかず、黙って迎えるしかなかった。


「レオン陛下、呑気なものですね。ティアナがこんなに苦しんでいるのに、あなた様は側妃候補と優雅にダンスですか」


「何が言いたい!?」


「私は、『ティアナの事を諦めるつもりはない』と陛下に言いにきたのですよ。彼女からの愛を向けられていながら、彼女の手を拒絶したあなたに、ティアナを幸せにする資格はない」


「お前に言われなくとも、そんな事はわかっている!」


 そう……、ティアナをお飾りの立場に貶めてしまったのは、他ならぬ俺自身の弱さが招いたこと。


 結婚の儀で、ベールをあげた俺に、ティアナは、怯えた目を向けた。

 あの日から全てが怖くなった。

 また、あの目を向けられ拒絶されたら、自分は冷静ではいられなくなる。

 きっと、ティアナの意思を無視し、彼女を壊してしまう。そんな予感が俺を縛りつける。

 そして、目も合わせられなくなった。


「では、今回のバレンシア公爵家の問題に方をつけたら、ティアナと離縁してください」


「――――、それは出来ない」


 俯き淡々と発した言葉に、一気に距離をつめ胸倉を掴んできたタッカーに、頬を殴られ、身体が地面に叩きつけられる。

『陛下!!』と叫び剣の柄に手をかけたアルバートを片手をあげ制した俺に、タッカーの怒声が浴びせられる。


「ティアナを『お飾り』の立場に貶めておいて、離縁は出来ない!? ふざけるな! 何もかも手に出来る立場でありながら、彼女の手を払い続けたのは貴様だろうが!」


 ティアナを妻に出来たことで驕ってしまった。

 拒絶されることを恐れ、隣国との関係が不安定な事をいいことに、外へと逃げた。

 ティアナの憂いを少しでも減らすなんて、ただの口実だ。俺は近づいて拒絶されるのが、怖かっただけだ。


 俺は弱い。

 ルアンナに『ヘタレ』と罵られても仕方がない。


「……それでも、ティアナを手放せない」


 そっぽを向き力なく呟いた言葉に、拳がもう一度振り下ろされる。

 口内に広がる鉄錆の味で、口の中が切れたとわかるが、なぜか痛みは感じなかった。


「なぜだ、なぜなんだ……。こんな男より、よっぽど俺を選んだ方がティアナは幸せになれるのに……、なんでだよ!」


 胸倉を掴んでいたタッカーの手が力なく落ちる。


「……俺じゃダメなんだよ。あんたじゃなきゃ、ティアナは幸せになれない」


 そう言い残したタッカーは立ち上がると、俺に背を向け歩き出す。


「――――、黒衣の女。あれはティアナだ。ミーシャの私室にいる」


 タッカーの言葉に、一瞬呼吸を忘れる。

 しかし、次の瞬間には立ち上がり走り出した。


――――感謝する。


 横を走り抜ける際言った言葉に、一瞬奴が笑ったような気がした。

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