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お飾り王妃、闇に迫る


「――――、誰がオリビア様は短剣で刺されて死んだと言いました?」


「えっ……」


「オリビア様の死因は、ブラックジャスミンの毒による中毒死です。だからこそ、病死として扱われた。ミーシャ様……、オリビア様の本当の死因は、自死。ブラックジャスミンの毒を自らの意志で飲み、死んだ。違いますか?」


 私の言葉を聞き、ミーシャ様が明らかな動揺を見せる。顔は青ざめ、身体がブルブルと震えている。

 今までとは違う彼女の狼狽ぶりが、私の憶測が当たっていたことを示していた。


「……そんなことない。そんなことないわ! オリビアは私が殺したの。殺したのよ!!」


「因果は巡る……、ミーシャ様、これから話すことは私の憶測に過ぎません。ただ、貴方様にとっては思い出したくもない過去かもしれない」


 ブルブルと震えていたミーシャ様が、まるで糸の切れた操り人形のように、ソファへと落ちる。

 彼女もわかっているのだ。もう、騙し切れないと。


「私が始めに疑問に思ったのは、オリビア様の死に関してです。乗馬をし、剣術を嗜むほど活発な女性が、突然病死するなんて考えられない。死の真相を探るうちにブラックジャスミンの毒について知りました。ブラックジャスミン、ノートン伯爵領の特産でもありますね」


「……まさか、その真相を探るため、陛下がノートン伯爵領に来たの? じゃあ、始めからあなたと陛下は繋がっていた」


 繋がっていたかと問われれば、繋がっていたのかもしれない。陛下にとっては、お気に入りの侍女の願いを叶えたに過ぎないが、結果として王妃までノートン伯爵領に行くことになったのは事実だ。しかし、あれはイレギュラーであって、王妃と陛下が結託していたとは言えない。


「いいえ、ノートン伯爵領に私まで行くことになったのは、陛下の気まぐれです。着いてすぐ、別宅に追いやられましたから。でも、その別宅で秘密の小部屋を見つけたのです。そして、ある絵を見て真実を知った。アリシア様の本当のお母さまは、バレンシア公爵の妹君、サーシャ様ですね?」


「……、あの小部屋を見つけてしまったのね。そうよ、アリシアの実母は公爵の実の妹、サーシャ様よ」


「やはり、そうですか。ミーシャ様、あなたはその事実を使い、オリビア様亡き後、バレンシア公爵を脅し、後妻となった」


「ふふふ、あの男は今も昔も、妹君にしか興味がない。計画は上手くいったわ。実妹を犯し、子まで産ませたと社交界に知れ渡れば、アイツの名声は地に落ちる。後妻にしろと言った私に、あの男は『勝手にしろ』とだけ言って結婚誓約書にサインした。姉さんの喪も明けていないのに」


 聞けば聞くほど、バレンシア公爵という男は悪魔だ。


 あの秘密の小部屋に置かれていた絵の大部分は、サーシャ様を描いたものだった。たった一枚、仲睦まじく並び、笑みを浮かべたサーシャ様に寄り添うオリビア様を描いた絵を除いて。


 まさしく、あの部屋は秘密の小部屋だったのだ。


 オリビア様とサーシャ様は、友情を超えた深い仲だったのかもしれない。あの部屋に置かれていたサーシャ様の絵は、どれも愛に溢れていた。

 きっとオリビア様が愛情を込めて、サーシャ様を描いていたのだ。そして、たった一枚だけ二人の絵姿を他の画家に描かせた。


 夢の世界は、いつか醒める。

 現世では、絶対に結ばれることのない二人だが、絵の中でだけは、幸せになりたかったのかもしれない。


 しかし、そんな淡い夢もバレンシア公爵という悪魔によって、最悪な形で壊される。


「サーシャ様は、アリシア様を産んですぐに亡くなっています。産後の肥立ちが悪かったと言われています。表向きは。その後すぐに、オリビア様はバレンシア公爵家へ嫁いだ。産まれたばかりのアリシア様を守るためですね?」


「そうよ。サーシャ様を失ったあの男にアリシアを任せれば、何をするかわからない。だから姉さんは、アリシアを守るために憎い男の元へと嫁いだ」


「やはり、そうですか。オリビア様とサーシャ様は特別な関係でしたか」


「そんな厭らしい言い方はヤメて!! あの二人は、もっと崇高な存在よ! お互いが、お互いを求めていて、魂の番のような、そんな神聖な存在なの。悪魔のような、あの男とは違う。穢らわしい……」


 怒りの感情を爆発させ、私を睨むミーシャ様の本心を知り、彼女はやはり悪女を演じていただけなのだと確信をする。


 ミーシャ様にとってオリビア様は、神のように崇高な存在。死に際にオリビア様が放った言葉が、ミーシャ様を縛っても仕方がないわね。


「では、なぜミーシャ様は、崇高な存在であるオリビア様を殺そうと思われたのですか?」


「そ、それは……」


「ミーシャ様。あなたさまは、ノーリントン教会で病気療養をしていたターナーさんという男性をご存知ですか?」


 私の言葉に、ミーシャ様が目に見えて狼狽え始める。まさか、ターナーさんの存在まで、私が掴んでいようとは想像もしていなかったのだろう。


「あなたを凶行に走らせた要因の一つが、ミーシャ様、あなたと恋仲だったターナーさんの存在ですよね?」


「ち、違うわ!! そんな男、知らない。あ、あの人は関係ない!」


「知らないと……、では、なぜミーシャ様は、ミルガン商会を通して多額のお金をノーリントン教会に渡していたのですか?」


「そ、それは寄付よ。貴族が教会に寄付するのは当然の奉仕よ」


「公爵家の財政を傾けるほどの寄付が当然の奉仕だと。そうそう、一つ良いことを教えてあげましょう。ターナーさんの肺の病気を治す薬、あれは紛い物ですよ。あの薬を飲み続けたところで、彼の病気は治らない。しかも、今の治療を続ければ間違いなく死にます」


「嘘よ!! あの人の発作は、頓服薬ですぐ治るわ。デタラメ言わないで!」


「確かに、発作は頓服薬で止まるでしょう。私が言っているのは、ターナーさんが毎日飲んでいる治療薬の方です」


「……、どういう事なの?」


 怪訝な顔をして、こちらを見るミーシャ様は、何も知らないのだろう。月に一回程度の面会では、ターナーさんが飲んでいる薬すら把握出来ていなかっただろう。

 しかし、ターナーさんの病状が年々悪くなっていることだけは気づいていた。

 だからこそ、ミーシャ様はあの時、教会のシスターに化けたエルサに必死に懇願していたのだ。ターナーさんの命を救って欲しいと。そのためなら、なんだってすると。


 ターナーさんという人質を取られ、ノーリントン教会やミルガン商会に言われるがまま、お金だけを搾取され続けて来たミーシャ様。彼女が崇拝していたオリビア様を裏切るとしたら、ターナーさんとの事だけだわ。


 だからこそ、切り札となる。


 ミーシャ様は、何よりも、誰よりも、そして自分の命よりも、ターナーさんの命を優先する。


 きっと、私の誘いに乗ってくる。


「ミーシャ様は、ご存知ないと思いますが、ノーリントン教会と、私の故郷ルザンヌ侯爵領は目と鼻の先にありますの。そして、私の母もまた、ターナーさんと同じ肺の病を患っていました。数年前までは」


「な、なんですって!? あなたのお母さまと同じ肺の病気……、数年前まではって……、まさか今は治っている?」


「えぇ。ルザンヌ侯爵領では平民にも出回っている安価な薬を数年続けて、今は完全に治っています」


「数年飲んで肺の病が治っている? ……、そんな、まさか」


「えぇ、治っています。ルザンヌ侯爵家へ確認を取ってもらっても結構よ。でも、侯爵領と目と鼻の先にあるノーリントン教会で療養しているターナーさんの病気は治っていない。違う薬を使っていた? ルザンヌ侯爵領では安価で手に入るような薬が、目と鼻の先にあるノーリントン教会で手に出来ない筈がありませんよね。簡単な話です。ターナーさんの薬の中には、肺の病気を治すための重要な薬草が入っていなかった。いいえ、――――」


「――――、わざと抜かれていた。ターナーの病気が治らないように」


 呆然自失で、その場にへたり込んだミーシャ様を見つめ、気の毒に思う。

 信用し、愛する人の命を長年預けて来た者達に、ずっと裏切られていたのだから。

 しかも、あの火事以降、ターナーさんの行方は知れず。


 このままでは、ミーシャ様の精神が壊れてしまうわね。


「ミーシャ様、ノーリントン教会が火事にあったのは知っていますね?」


 私の問いに、宙を彷徨っていた瞳に光が戻ってくる。ソファから立ち上がり、いまだへたり込み言葉を発しないミーシャ様の側へとよると、その耳元で囁く。


「――――、ターナーさんは生きていますよ。どこにいるかも知っています」


「えっ……」


「交換条件です。ターナーさんの居場所を教える代わりに、あなたがオリビア様と交わした最期の計画、教えてくださるかしら?」


 覇気なく人形のように頷くミーシャ様を抱きしめ、最後の言葉を伝える。


『もう、悪役を演じる必要はない。オリビア様という(かせ)から、あなたは解放されてもいいのよ』と。

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