お飾り王妃、悪妻と対決す
「何なの、これは?」
目の前のテーブルの上に一通の手紙を置く。その置かれたブルーの封筒を見て、ミーシャ様が怪訝な顔をこちらに向けたのを確認し、口を開いた。
「ミーシャ様、こちらの青い封筒の存在はご存知? あぁ、『王妃の間の恋のキューピッド』と言えばわかるかしら?」
「そ、その手紙がなんだと言うのよ。ははっ、まさか、あなたが、その王妃の間の恋のキューピッドだとでも言うつもり?」
「ふふ、お飾りと言われていても、王妃である私がそんな大それたこと致しませんわ。それこそ大問題になりますでしょう。ただ、王妃の間の主人は、王妃である私なのです。もちろん王妃の間に届けられる青い封筒の中身は全て確認してましてよ」
スッと伸ばした指先をテーブルに置かれた青い封筒の上へと置きトントンと打ち鳴らす。その音に呼応してミーシャ様の肩がビクッと揺れる。
ちょっとした脅しにはなる。
案の定、ミーシャ様の視線が逸らされ宙を彷徨う。
事は慎重に、こちらに有利に進めねばならない。
選択を間違えれば、全てが終わってしまう。
「な、何が言いたいのよ」
「こちらの手紙の差出人は、あなたの義理の娘アリシア様です。どうぞ中身を確認してください」
指先をスッと動かし、青い封筒をミーシャ様の目の前へと置く。それをジッと見つめる彼女の喉が嚥下し、震える手で青い封筒を持ち中から便箋を取り開く。
「はは、確かにアリシアの字ですわね。ただ、ここには相談にのって欲しいとだけしか書かれていない。恋のキューピッドといいましたわね。アリシアは陛下との仲を相談したのかしら。頭の良い娘だこと。王妃様、貴方への牽制ね。陛下に愛されているのは、貴方様ではなく側妃となるアリシアだと」
「そんな牽制、アリシア様がして何の得があると言うのです? 陛下から妻にと望まれたアリシア様にとって、お飾り王妃は敵にもならない。わざわざ回りくどい手段を使って牽制する意味などないはずです。では、なぜ彼女は王妃の間に手紙など送ったのでしょうか?」
「そ、そんなの知らないわよ!」
「そうですね。ミーシャ様にとっては寝耳に水の話。まさか、アリシア様が王妃に接触するなんて考えてもいなかったでしょう。そして、アリシア様が『陛下の側妃になりたくない』と王妃に訴えるだなんて」
「な、なんですって!?」
「アリシア様は王妃の間の噂を利用して、私に接触してきました。そして、バレンシア公爵家の窮状を訴えました。ルドラ様を残し側妃になることは出来ないと。アリシア様がバレンシア公爵家を出れば、かの家はミーシャ様に乗っ取られ、アンドレ様が後を継ぐことになる。さすれば残されたルドラ様がどんな目に合うかわからないと」
スッと動かした視線の先、先ほどまで動揺していたミーシャ様の口元が一瞬だけ笑みを作り消えた。
やはり、私の考えは正しかった。
ミーシャ様は、悪女を演じている。
ある目的のために。
「あら? おかしいですわ。バレンシア公爵家の長子はルドラよ。順当に行けば次期バレンシア公爵はルドラではなくって。なぜアリシアは、そんなことを言ったのかしら?」
「そうですね。私も不思議に思いましたわ。たがら調べさせてもらいました。バレンシア公爵家の系譜を。ルドラ様は前妻、オリビア様の連れ子ですね。バレンシア公爵と血の繋がりのないルドラ様は、後継にはなれませんわ」
「ふふ、お調べになったの。そうよ、ルドラと公爵に血の繋がりはない。だから、後継はわたくしの可愛い息子、アンドレとなる。ただ、アンドレが後継になるには、もう一人の公爵の実子、アリシアの許可が必要になる。本当、高位貴族って面倒くさいわ。だから、アリシアをさっさと追い出したかったのよ」
そう言って醜悪な笑みを浮かべ、クツクツ笑うミーシャ様は、物語りに出てくる意地悪な継母そのものだ。
「だからアリシア様に辛く当たったのですか? いいえ、あなた様は、幼き頃からルドラ様とアリシア様に辛く当たってきたと聞きました。公爵と結婚したオリビア様をずっと妬んでいた。だから、オリビア様の遺した子供達を虐げた。そうアリシア様は王妃である私に訴えました」
「あら、アリシアはそんなことを言ったの。嫌だわ。どこにそんな証拠、あるのかしら? わたくしがあの二人を虐めたっていう証拠が」
「確かに、ありませんね。アリシア様には、厳しいと有名な教師を当てがい淑女教育を施し、公爵家から追い出すように王城への出仕を命じた。そして、ルドラ様には雑用という名の公爵家の莫大な書類仕事を押し付けた。本来であれば公爵自ら可否を判断するような重要な仕事まで。公爵家の内政を回していたのはルドラ様。しかし、財政の実権を握っていたのはミーシャ様。忙殺される日々を送る二人を見た者達は、皆一様に二人を不憫に思う。しかし、そんな二人を助けようと考えた愚かな者達は、次々と解雇されていった。そして、解雇された者達は、腹いせにバレンシア公爵家の悪妻とミーシャ様の悪口を流した。それだけではなく、前妻オリビア様の死についても噂をしだした。『オリビア様は、本当に病死だったのか』と」
「な、何が言いたいのよ!? わたくしが、オリビアを殺したとでも言いたいの!!」
目の前のテーブルをバンっと叩き立ち上がったミーシャ様が怒りの表情も顕に怒鳴る。
「ミーシャ様、お掛けになって。なにもあなたが、オリビア様を殺しただなんて言っていないじゃない。そんな噂が一時流れたってだけよ。そんな態度を見せたら、ミーシャ様がオリビア様を殺したと肯定しているも同じよ」
「それこそ、言いがかりよ! 姉は病死だったの! 公的文書にも、そう書いてあったわ」
……、ミーシャ様も調べていたのね。
その可能性を考えていなかった訳ではない。ただ、確信は持てなかった。今までは。
オリビア様の死に目にミーシャ様は立ち会っていない。彼女の今の発言で確定した。
オリビア様を殺したのは、ミーシャ様ではない。
では、誰がオリビア様を殺したのか。
「そうね、確かに公的文書には、病死と書いてあったわ。ただね、オリビア様が死んだ夜、あの部屋にはオリビア様ともう一人、居たの。まだ幼かったルドラ様が。彼が証言してくれた。母は『ミーシャ様に殺された』と」
果たして、彼女はどんな反応を示すのか?
ミーシャ様のシナリオ通りに動く道化を演じる私に、彼女はどんな言葉を返す。
悪妻ミーシャを演じ続ける彼女の答えを待つ私の目に、狂ったように笑い出した悪妻ミーシャの姿が写る。
「くくく、はははは。まさか、あの時ルドラが居たなんてね。そうよ、姉さんを殺したのは、この私よ! 姉さんの寝室に忍び込んで、短剣を突き刺してやったわ。公爵の妻になって、私を見下した姉さんから全てを奪ってやったのよ。金も、地位も、名声も何もかもね」
ターナーさんを失った今、彼女は悪妻として死を選ぼうとしている。
オリビア様が遺した物語りに登場する悪役、悪妻ミーシャを演じる彼女。役を演じることを強いられ続けたミーシャ様の人生は、どんなに辛く、過酷なものだったのだろうか。
今、解放する。ミーシャ様の人生を――――




