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お飾り王妃、糸口を見つける


「――――それで、エルサ。私のお願い事、調べてくれた?」


「はぁぁ、あんた人使い荒いよ。ほんと、王妃じゃなきゃ、一発殴ってるわ」


「あらぁ、別にエルサ一人でやれとは言っていないじゃない。あなたの雇い主、メイシン公爵家の誰かさんに、そのまま丸投げしても良かったのよ」


「うっ……、本当性格悪いなぁ。あんまり、公爵家には、貸しつくりたくねぇんだよ。特に、公爵夫人にはな」


「あら? イザベラ様のこと? 悪い方では、なくってよ。むしろ親身になってくださるというか、お節介が過ぎるというか……、とにかく良い方よ」


「よく言うよ。顔がひきつってますけどねぇ」


「ははは、気のせいではなくって」


 乾いた笑いが辺りを満たし、ジト目でこちらを睨むエルサから目を逸らす。


 エルサも裏の世界の人間だ。メイシン公爵夫人が、ただの人の良いおばさまだとは、はなから思っていないだろう。アルザス王国の社交界に絶大な影響力を持つ夫人。彼女が白と言えば、黒も白に変わると噂される人物が、ただの人の良いおばさまであるはずがない。


 今は雇われの身でも、隣国オルレアン王国出身のエルサにとっては、いつ敵に回るかわからない存在に貸しは作りたくないだろう。


 今は味方でも、いつ敵になるかわからないか……


 隣国と国交を結んだとはいえ、長い戦いの歴史は消えない。国境を守るルザンヌ侯爵領で育った私にとって、今も昔もオルレアン王国は敵でしかない。それは、オルレアン王国出身者にとっても同様だろう。だからこそ、エルサも私も決して手の内は明かさない。それをわかった上で、利用し合う。


 今は、そうせざるおえない。

 悲しいことよね。でも、仕方ない。


 私は一つため息を吐き出し、エルサに話しかけた。


「それで、ノートン伯爵領には行ってくれたんでしょ?」


「あぁ。しかし、こんなこと調べて、どうすんだよ?」


「ないしょ♡」


「はぁぁ、俺がこれ手に入れんのに、どれだけ苦労したと思ってんだよ!」


 書類の入った封筒を振りつつ、プリプリ怒るエルサを見つめ、目を細める。


「ダメよ、エルサ。女の子が、『俺』なんて使っちゃ」


「うっ……、リドルの真似、すんな」


 顔を真っ赤に染め俯くエルサを見つめ、コソッとため息をつく。


 なんだかんだ言っても、エルサは、リドルのことが好きなのよねぇ。


 出会った頃と変わらず初々しい反応を見せるエルサに、心の奥底に閉まったはずの想いが疼く。


 陛下をもう一度、信じようと思った。でも、その想いは、王妃の間に軟禁された瞬間、砕け散った。それなのに、離れていてもリドルのことを想い、頬を染めるエルサを見ていると、閉ざしたはずの想いが溢れだしそうで怖い。


 自分の気持ちを誤魔化すように頭を振ると、エルサへと話しかける。


「はいはい、相変わらず仲の良いことで。恥ずかしがっているところ申し訳ないけど、その書類さっさと渡してくれるかしら?」


「なっ!? 本当、いい性格してんな!」

 

 バサッと投げられた封筒をキャッチすると、中から書類を取り出し読み始める。


「やっぱりね……、思った通りだわ」


「思った通りって、その書類の人物って、バレンシア公爵家の元奥さん、オリビア・バレンシアの病歴だろ? そんなもん調べて、どうすんだよ?」


「あら? エルサ、よく知っているわね。ここに書いてあるオリビア様が、バレンシア公爵の前妻だって」


「えっ? あ……、いや、そのぉ、だって書いてあるだろ、そこに。オリビア・バレンシアって」


「変ねぇ、この書類には、オリビア・ノートンって書いてあるわよ。オリビア様が、バレンシア公爵の妻だったなんて一言も書いていない。エルサは、どこでそれを知ったのかしら?」


 狼狽え出したエルサを見つめ、笑みを浮かべる。


 これで、裏の世界を歩いてきただなんて、よっぽどリドルが優秀だったのね。


 顔に出やすいエルサは元来、諜報活動には向いていない。ただ、彼女の情報収集能力は目を見張るものがある。この書類を見ても、あの短期間で、オリビア様の幼少期から死ぬ間際までの病歴を始め、出産に関しての情報まで集められるのは、賞賛に値する。出産に関しては、アリシア様の出生の秘密があるだけに、厳重に秘匿されていたと思われる。


 まぁ、いじめ過ぎると、拗ねちゃうし、エルサを揶揄うのはこれくらいにして。


 思いの他、一人の時間が長過ぎて、エルサの帰りを心待ちにしていた自分の心情を知り、気恥ずかしくもある。


「まぁ、そんなことどうでもいいわね。どうして、オリビア様の病歴を調べたかって? それはね、これから交渉する最重要人物へ、揺さぶりをかけるためのカードになるからよ」


「揺さぶりをかけるカード?」


「えぇ。私の考えが正しいなら、オリビア様の死の真相が、すべてを解決する」


「オリビア様の死って、その書類には病死ってなっているだろ?」


「えぇ、でも真相は違う。彼女は殺された。妹の手によって……」


「はっ? 妹って……、確か現バレンシア公爵夫人じゃ。もし、それが真実なら、大事件になるぞ!」


「そうね、それが真実なら……、の話だけど」


「へぇぇ、それが真実なら、か。じゃぁ、ティアナは違う意見を持っている訳か」


「そうね、私はミーシャ様がオリビア様を殺したとは思っていない。真実は別にある。オリビア様が死んだ夜、いったい何があったのか? あんなに仲が良かった姉妹に、いったい何があったのか? すべての真実を明かすため、最重要人物ミーシャ様と対峙しなければならない。さて、二人だけで、話す機会をどう作ろうかしら?」


 そう、それが一番の問題なのだ。


 王妃の間に軟禁されている今の状況では、ミーシャ様に会いたいと言っても、絶対に許可されないだろう。だからこそ、外の協力者が必要になる。


「ふ〜ん、その機会を作れって、俺に言いたい訳だ」


「えぇ、正確には、あなたの雇い主にかけ合って欲しいの。タッカー様でも、メイシン公爵夫人でもいいわ。彼らとの橋渡し役、お願い出来るかしら?」


「それで、その見返りは?」


「おかしなことを言うのね。そもそも、この王妃の間にあなたを送り込んだのは、メイシン公爵家の誰かではなくって? エルサ、あなたの仕事は、私とメイシン公爵家の誰かさんとの橋渡し。そうでしょ? さっさと、渡しなさい。あなたの懐に仕舞っている、その手紙」


「へぇ、気づいてたんだ」


「気づくわよ。そろそろ、接触してくる頃でしょ。ふふふ、そのために、エルサにターナーさんとオリビア様の件を頼んだんですもの」


「ほんと、いい性格してるよ。それで、お飾りって言われてんだろ。アルザス王国のお貴族さまは、皆、節穴か?」


「褒め言葉として受け取っておくわ」


 スッと伸ばした手に、変哲もない封筒が渡される。


「……陛下はアリシア様を娶るのね」


 渡された手紙には、陛下の側妃がバレンシア公爵家のアリシア様に決まった旨と、お披露目の夜会がバレンシア公爵邸で行われる事が書かれていた。


 レオン様の心に私はいない……


 その事実が、胸を切なく痛ませる。


 結局のところ、陛下が私を娶ったのは、政略的な目的のため。そこに愛はなかった。

 今こうして王妃の間に軟禁されているのが、何よりの証拠だ。


『アリシア様との結婚を前に余計な事はするな』と、暗に言っているのね。


 諦めにも似た気持ちが胸に去来しては消えていく。


「エルサ、貴方の主人に伝えて。バレンシア公爵邸で行われる夜会に、お忍びで出席したいと」


「了解」


 スッと頭を下げ踵を返し王妃の間を退室するエルサを見つめ思う。


 もう、期待はしまいと。

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