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レオン陛下視点


 執務室に、重い沈黙が落ちる。


 今朝方、届けられた報告書に目を落とし、俺は深いため息をこぼした。


「なぁ、アルバート。この報告書、どう考える?」


 手に持った報告書を、近くに控える近衛騎士団長のアルバートへと手渡す。


「レオン陛下、これは、例の教会で起こった火事についての報告書ですね。隣国オルレアン王国から運ばれたと思われる密輸品ですか……、まるで、オルレアン王国の反乱分子と我が国が密通しているかのような、証拠の数々。あまりにも出来すぎてますね」


「やはり、そう思うか」


「えぇ、オルレアン王国の使者殿から、もたらされた反乱分子の情報と合致する証拠が、我が国から出てきた。裏があると考えるのが妥当かと思います」


 隣国オルレアン王国から届けられた密書。我が国の貴族の中に、反乱分子と通じ隣国への亡命を希望している者がいる。その見返りとして、アルザス王国に揺さぶりをかける事件を起こし、二国間の国交を断絶させる布石とする計画。そして今回、その密書が真実であると裏付けるのに足る証拠が、オルレアン王国との国境付近で見つかった。


 しかも、その証拠が見つかった場所へと揃った面子が、アルザス王国の王と王妃、そして筆頭公爵家の子息であるタッカー。そんな偶然、あってたまるか。


 まるで、盤上の上を転がされているような錯覚を覚え、背が震える。


「ノーリントン教会の火事。オルレアン王国の思惑が絡んでいると思うか?」


「少なくとも、無関係ではないでしょうね」


「しかし……、オルレアン王国の反乱分子が、あの火事に関与しているとして、あんなご丁寧に、密輸の証拠を残すなんて、お粗末過ぎないか? しかも、反乱分子が我が国に揺さぶりをかける理由がわからん。二国間の国交を断絶させて、反乱分子に何の利点があるというのだ?」


「確かに、その通りですね。――つまりは、今回の火事の首謀者は、反乱分子ではなくオルレアン王国。隣国は、我が国との国交を断絶させ、攻め込みたいと考えている」


「そう、考えるのが妥当だな。今回のノーリントン教会で見つかった密輸品に関して、オルレアン王国からは何も言ってきてはいないのだな?」


「はい」


「それも、解せぬ話だ。もし、本気で我が国に攻め入るのであれば、早々に使者を立て、乗り込んで来そうなものだ」


 ノーリントン教会で隣国の密輸品が見つかれば、アルザス王国と隣国の反乱分子との繋がりを示す証拠とケチをつけ、隣国は攻め込むことも出来るのだ。強硬手段に出ることがなくとも、見つかった密輸品を理由に、調査と称して、我が国へとオルレアン王国の息のかかった者達を送り込むことも可能だ。


 密輸品が見つかった今、隣国と我が国との停戦協定は風前の灯火。オルレアン王国にとっては、アルザス王国に揺さぶりをかける絶好のチャンス。そんな好機に、隣国が仕掛けてこない今の状況が、不気味過ぎる。


 オルレアン王国でも、反乱分子でもなく、何か、他の思惑が動いている?


 第三の可能性が頭に浮かび、心臓が嫌な音をたて疾走する。


「アルベルト、例の密書の出どころはわかったのか?」


「いいえ、それが……、煙にまかれたように、足取りが掴めないのです。わかっていることは、あの密書がオルレアン王国の中枢に近しい者から送られたということだけです」


「そうか、足取りは掴めぬか。さて、今回の黒幕は誰なのか? オルレアン王国の反乱分子か、はたまた我が国を滅ぼしたいと考える隣国の中枢か、それとも何らかの思惑を持った誰かか。やはり、第三の可能性を考えねばならんな」


「そのことで、一つ。今回のノーリントン教会の火事について調べましたところ興味深いことがわかりました」


「確か、ノーリントン教会の調査には、ルアンナを向かわせたのではなかったか?」


 王妃付き侍女の任から外すと言った時のルアンナの鬼のような形相を思い出し、苦笑いを浮かべる。王妃付き侍女の刷新は、ティアナの身の安全を守るためとルアンナを説得したが、『自分は王妃の侍女ではない。ティアナ様の侍女です』と言って、彼女は最後まで首を縦に振らなかった。

 ルアンナをこちら陣営へと引き入れてからも、決してティアナを裏切るような真似を彼女はしなかった。それだけではない。ティアナの利にならないと判断すれば、こちらの要求に乗ることも決してなかった。

 ルアンナとティアナの関係は、俺が想像する以上に深いものなのだろう。王妃と王妃付き侍女というだけではない、心のつながりのようなものを感じる。


 そういえば、王妃付き侍女の多くが、今回の刷新に否を唱えたという。王妃付き侍女の職よりも待遇面も、給与面も大幅に良くなる部署への移動を提案されたにもかかわらずだ。

 ティアナは王妃として、後宮のトップとして、多くの者たちをまとめ、人徳を得ていたのかと思うと、王妃としてのティアナの働きですら知ろうとはしなかった俺は愚かなでしかない。

 不甲斐なさが心に宿る。


 ルアンナが怒るのも無理ないな……


 しかし、今回ばかりはルアンナの希望を聞いてやる訳にはいかない。ルアンナがティアナの側にいれば、ティアナは彼女に甘える。そしてルアンナもまた、ティアナの要求を拒否することは出来ないだろう。王妃の間から出ることが、いかに危険か理解していても、ティアナが願えば、王妃の間から出してしまう。その結果、ティアナの命が危険に晒される。

 窮屈な思いをさせるが、今はティアナの命を守るのが最優先。王妃の間に閉じ込めておく他ない。バレンシア侯爵家……、いいや、アリシアとルドラの計画を阻止し、捕らえることが出来れば、ティアナを自由にさせてやれる。


 頬にそばかすを描き、瓶底メガネをかけた侍女姿のティアナの元気に走り回る姿が脳裏に浮かび、懐かしさに胸が締め付けられる。


 すべてが終わっても、ティアナは俺と共に生きることを望んでくれるだろうか……


 去来する不安を打ち消すようにアルバートに声をかける。


「それで、報告とは何だ?」


「実は、あの火事の後、あの教会で行方不明になった者がいなかったか調べたのです。あれだけの規模の火事です。死人が出ていてもおかしくはないですから」


「行方不明者がいたのだな?」


「はい。四名いました。しかし、その面子が、どうにも出来すぎているといいますか」


「二人は、シスターに化ていたティアナと、厩番に化ていたタッカーか?」


「はい。ただ、行方不明になった残りの二名が問題でして……、数ヶ月前からノーリントン教会で働き出した夫婦だそうで、隣国、オルレアン王国語訛りがあったとか」


「オルレアン王国の者か?」


「はっきりとは、わかりません。ただ、火事の後、姿を消していることからも、今回の火事の事情を何かしら知っている可能性はあります」


「その二人の所在は、掴んでいるのか?」


「いいえ。ただ、あの火事の直後、バレンシア公爵家に男が一人雇われたことがわかっています。その男も、オルレアン王国語訛りだとか」


「そんな偶然、あり得ないか……、女の方の行方は?」


「不明です」


「わかった。バレンシア公爵家に雇われた男と、ノーリントン教会にいた男が同一人物か、調べろ」


「そちらに関しては手を打っております。その男の似顔絵を作成し、ノーリント教会にいるルアンナへと早馬を向かわせましたから、数日中には結果がわかるかと」


「そうか……」


 あの火事の首謀者であろう男とバレンシア公爵家に雇われた男は同一人物とみて間違いはないだろう。


 バレンシア公爵家……

 アリシアが動き出すか……


「アルバート、側妃発表の宴をバレンシア公爵家で行うと発表を」


「……陛下、側妃の発表は、王城で行うのが通例ではございませんか? それに、陛下自らバレンシア公爵家へと向かわれるのは、あまりにも危険です」


「確かにな。ただ、今回の事件の黒幕を炙り出すには敵地に乗り込むのが効果的だ。アリシアが正式に側妃となれば、彼女の計画は破綻する。正式発表を前に、何かしらの行動を起こすだろう。己のテリトリー内であれば、大胆な計画も立てられる」


「まさか、陛下。ご自身を囮にするつもりでは!? あまりにも、危険――――」


「アルバート、もういい。すべて俺が不甲斐ないばかりに招いたことだ。自分の過ちの尻拭いくらい、自分でさせてくれ」


「しかし……」


「ティアナが、王城に軟禁された今、本当の黒幕が誰であれ、我が国の内部を揺さぶるためには、俺の命を狙うのが最短だろう。ただ、俺もそう簡単には死なん。アルバート、お前も知っているだろ。俺の悪運の強さは」


「どうせ、私が何を言っても聞かないのでしょ」


「ははは、そうだな。自分で撒いた種くらい自分で回収出来ねば、軟禁しているティアナに顔向け出来ん」


「はぁぁぁ、わかりましたよ。ただし! 陛下の背中は俺が守ります。絶対に」


「はは、よろしく頼むよ、相棒」


 諦めにも似たアルバートのため息を聞きながら、俺は理不尽な状況に追い込まれてなお、光を失わないであろうティアナの輝く笑顔を思い出していた。

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