お飾り王妃、逃げ場を失う
穏やかな光に暗転していた意識が浮上し、まぶたが開く。薄ぼけた視界が鮮明になると同時に、見知った天井の花柄模様が目に入り、この場所がどこであるかを理解した。
私、どうしてここにいるのかしら?
火に包まれた穀物庫から……
頭をめぐる記憶の渦に、レオン陛下の顔が突然頭に浮かび飛び上がる。しかし、身体を駆け抜けた痛みに、叫び声をあげ元いた体勢へと戻るしかなかった。
助かったのね……
穀物庫の天井が落ちて来た時、もうダメなのだと思った。このまま、死ぬのだと。だけど、生きている。
あの状況で、私を救ってくれたのはレオン陛下だったのだろう。
ふわふわの枕に頭を埋め考える。
私を助けてくれたレオン陛下は無事だったのだろうか?
身体の状態を確かめるため、ゆっくりと動かせば、先ほどのような鋭い痛みは襲ってこない。
周りを見渡すが、寝室に人の気配はない。サイドボードに置かれたベルに手を伸ばし鳴らせば、すぐに扉をノックする音と共に、声がかけられた。
「王妃さま、入室してよろしいでしょうか?」
外からかけられた声に違和感を覚えたが、一瞬の逡巡の後、入室の許可を出す。
「お目覚めになられたようで、ようございました。ご気分はいかがですか?」
「えぇ、大丈夫よ」
「左様でございますか。何かお飲みになられますか?」
「ありがとう。では、お水を頂けるかしら」
「かしこまりました。お持ち致しますので、少々お待ちを」
侍女が部屋を退室していくのを見送り考える。
見たことがない侍女よね。
ルアンナはどうしたのかしら?
あの教会から助け出されてどれくらいの時が過ぎたのかはわからない。ただ、ルアンナの性格を考えれば、目覚めたばかりの私の世話を他の侍女に任せるとは考えられない。しかも、王妃付き侍女の誰でもなく、顔も名前も知らない侍女が登場するなんて。
私が眠っている間に、何が起こったの?
得体の知れない不安に襲われ、落ち着かない。
「王妃さま、お水でございます。起きられますか?」
水差しを持ち戻ってきた侍女の手を借り上体を起こし、枕が置かれたベッドボードに寄りかかる。そして、水が注がれたコップを受け取り、彼女に声をかけた。
「ねぇ、初めましてよね?」
「はい、ご挨拶が遅くなり申し訳ありません。この度、王妃さま付き侍女頭を陛下より申しつかりました『サリー・ルフラン』と申します。以後、お見知りおきを」
「ちょっと待って、侍女頭と言った? どういうことなの! 侍女頭はルアンナのはずよ」
「王妃さまが、お目覚めにならぬ間に人事の刷新がなされました。ルアンナ様がどちらの部署に移動になったかは存じ上げておりません」
そう言って微笑むサリーの顔を見つめ、彼女がこれ以上の情報を話すつもりがないことを悟る。
「最後に一つ聞いてもよろしいかしら?」
「はい」
「では、王妃付き侍女達も皆、初めましてなのかしら?」
「はい」
「わかったわ。下がってくれるかしら。一人になりたいの」
「かしこまりました。侍女の間に待機しておりますので、ご用の際はベルを鳴らしてくださいませ」
一礼し退室するサリーを見送り、ベッドへと戻る。
サリーは侍女頭の任を陛下より申しつかったと言った。つまりは、王妃付き侍女の総入れ替えは、レオン陛下の意思だと言うことだ。
今までそんな仕打ちをされたことはなかった。
お飾り王妃と蔑ろにされていようと、王妃の間での権言を取り上げられたことはなかった。もちろん、王妃付き侍女の選別も王妃の権言の一つである。
レオン様は、私から全てを取り上げるつもりなのね。
陛下の息のかかった者で固められた王妃の間に私の味方はいない。
その事実が重くのしかかる。
『もう一度、レオンを信じてみなさい』
何度も、ルザンヌ侯爵領へと足を運び、隣国との諍いで疲弊した侯爵領の復興に尽力してくれたレオン陛下。父は言った。私を愛しているからこそ、レオン陛下は隣国との停戦協定を結ぶことに心血を注いだと。
しかし、今の自分の置かれた状況はどうだ? 気心の知れた王妃付き侍女は誰もいない。そして、王妃とのしての権限すら取り上げられてしまった。まるで、王妃の間に軟禁されているような状況に、絶望しかない。
レオン陛下の愛を、もう一度信じてみようと思っていた心が、急速に冷えていく。
なにもかも奪われたっていうのに、何を信じろっていうのよ……
あふれ出した涙を止める術は残っていなかった。
ベッドへと突っ伏し、声を殺して泣きじゃくる。枕へと顔を埋め泣けば、隣の部屋で待機する侍女サリーには、このみっともない泣き声は聴こえないだろう。
こんな弱い自分、誰にも見せたくない。
レオン陛下の息のかかった者になんて……




