お飾り王妃、決断を迫る
「火元は何処ですか!?」
目の前でもうもうと煙が立ち込める教会を目の前に、近場で消火活動をしていたシスターを捕まえ、問いただす。ここからは火が見えないが、煙が立ち昇っている時点で、内部は火に包まれている可能性が高い。
「ひ、火元ですか!? よく分かりませんが、地下の方で爆発音がしたので、火元は地下室かもしれません」
「逃げ遅れた人は?」
「爆発音がして、すぐに逃げたので逃げ遅れは……、あっ! いないわ。あの人がいない」
「誰ですか!?」
「彼です! 離れの部屋のターナーさん」
「何ですって!?」
嘘でしょ!? ターナーさんがいない?
グルッと辺りを見回しても彼らしき人物は見当たらない。確か、彼の部屋は教会の最深部にある。世話にあたるシスターですら、滅多に顔を合わせない。
火事の混乱で、彼の存在は忘れられていた。
なんて事なの……
ミーシャの大切な人。彼を失う事だけは絶対に阻止しなければならない。彼を失えば、全てが終わってしまう。
シスターの持っていた桶をひったくり、頭から水を被る。
「ちょっ、ちょっと、何をしているの!?」
「ターナーさんを助けに行きます」
「お待ちなさい! 内部はどうなっているか分からないわ。どこで火の海になっているか――」
シスターの静止の声を背後に聞きながら走り出す。手短かにあった扉を蹴破り教会内へと進む。
不幸中の幸いとでもいうのか、見える範囲に火の手は見えない。
地下で爆発音がしたって言ってたわね。じゃあ、まだ地上まで火の手は回っていない?
礼拝堂を抜け居住空間へと走る。
「ターナーさん、ターナーさん! 居たら返事して!!」
大声を上げ、目についた扉を手当たり次第に開け呼びかけるが返事はない。
マズいわね……
このまま見つからず時間だけが過ぎて行けば、火の手は地上へも伸びてくる。しかも煙で前方が見えづらくなっている現状、すぐにでも逃げださなければ自分の命すら危うい。
ターナーが自室に居なければ彼の事はもうあきらめよう。
一か八かね。
ポケットに入っていたハンカチを口元にあて、煙に包まれつつある前方へと走り出した。
♢
自分の勘と頭の中にある教会の見取り図だけを頼りに、煙で真っ白になりつつある空間を避け走る。
あった!
見覚えのある扉の前に立ち、慎重にドアノブを触れば金属の取手は熱を持っていなかった。
まだ、この部屋に火の手は回っていない。
ドアノブを握り、勢いよくひく。
「ターナーさん!!」
開け放たれた扉の先、ベッドの縁に倒れかかるようにして床に座る彼を見つけ叫ぶ。慌てて駆けより、大きな声で名を呼びかければ、閉じていた目が薄っすらと開く。
「……ティ、ティナ……、さん……」
よかった。気がついたみたいね。
ただ、状況は一刻を争う。いつここまで火の手が回ってくるかわからない。しかし苦しそうに息を継ぐターナーを抱きかかえ走るのは無理だ。
でも、どうにかするしかない。
「ターナーさん、いいですか。ここに居ては、いつ火の手が回ってくるかわかりません。すぐにでも逃げなければ二人とも死んでしまう。苦しいと思いますが、立てますか?」
「シスター、俺はいい……、逃げてくれ」
「何を言って!」
「いや、いいんだ。俺がいなくなればミーシャは解放される。ミーシャは幸せになれるんだ」
虚な目をして『……幸せに』とつぶやくターナーを見て、カッと頭に血がのぼる。
この男は、まだわかっていなかったのか!!
自分が死ねばミーシャは幸せになれる?
本気でそう思っているのなら、大馬鹿者にもほどがある。愛する者を失って幸せになれる者などいない。
なぜ、そのことに気づかない。
噴き出した怒りのまま振り上げた手を振り下ろせば、『パンッ』と小気味いい破裂音が鳴る。
「あなたが死ねば幸せになれるですって? なぜ、わからないのですか! 愛する者が死んで幸せになれる者などいない。どうしてそれがわからない」
「しかし、ミーシャは――」
「ミーシャ様がターナーさんを助けるために、どれだけの犠牲を払ってきたか、考えたことはありますか? たとえ悪に堕ちたとしても、ターナーさん、あなたを助けたいと願う想いは本物です。それをあなたは無碍にするのですか!?」
顔を覆い泣き崩れたターナーへと、言葉を畳みかける。
「ターナーさん、ミーシャ様の心を救えるのは貴方だけなのです。ミーシャ様にとっての幸せとは、ターナーさんと共に生きることなのではありませんか? あなたが死ねばミーシャ様が本当の意味で救われることはない」
嗚咽をもらし、床へと突っ伏すターナーの側へと寄り添い、立ち上がるようにうながせば、身体に力がこもる。
「さぁ! 時間がありません。急ぎましょう」
しっかりとした足取りで扉へと踏み出したターナーを見て、確信を得る。
どうにか逃げきれそうね。
心の中で安堵のため息をこぼした私は、扉を開け廊下へと飛び出したターナーの後を追い駆け出した。




