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お飾り王妃、迷う


 疾走する馬上の人となった私の心の中は、大いに荒れていた。


 なぜ、陛下がルザンヌ侯爵領に現れるのよ……


 王宮を空けて半月は経つ。いくらお飾り王妃とは言え、そろそろ居ないことに気づかれてもおかしくはないとは思う。しかし、ルザンヌ侯爵領に王妃が居ると分かっても、陛下自ら辺境の地まで来る必要は全くない。何か不都合があれば、伝令でも出せば良いだけなのだから。


 なら、何のために陛下はルザンヌ侯爵領へ来たの?


 わざわざ、私を迎えに来た? 

 そんな事、ある訳ないわね。


 父の言葉が頭をクルクルと回って落ち着かない。


 陛下は、ずっとルザンヌ侯爵領を気に掛けていた。私が、嘆くばかりで何もして来なかった間もずっと、侯爵領の復興に尽力してくれていた。久方ぶりに見た侯爵領は、とても豊かになっていた。


 隣国との諍いが絶えなかった当時とは違い、城をのぞむ町には、新しい店が増え、活気が戻っていた。領民が憩える広場にはベンチが置かれ、子供達が街路樹の周りで遊び、それを微笑ましげに見つめる親達。田畑には、たくさんの農作物が実り、農民の顔にも笑顔が見える。そんな光景、見たことがなかった。それを陰ながら支えていたのは、レオン陛下だった。


 父の言葉通り、妻の憂いを無くすためだけに、レオン陛下は動いていた。もし、それが真実であるなら、私は彼にずっと愛されていたのだろうか。


 わからない……


 あの秘密通路で聞いた言葉が頭の中をグルグルと回る。


『ティアナとの結婚を確実にするために、アリシアと手を組んだ』


 ルザンヌ侯爵領の寝返りを防ぐためだけの政略的な駒などではなく、単純に私を欲してくれていたのだとしたら。心が喜びで満たされる一方で、頭の中で鳴る警鐘が、陛下へと傾く心を引き止める。


 騙されてはいけない。結婚式を忘れるなと。


 真っ白なベールが上がり、冷たい瞳に晒された花嫁が、警鐘を鳴らすのだ。


「ティアナ、大丈夫ですか? 少し休みましょうか」


「えっ!? 大丈夫よ。まだ、行けるわ」


 並走するタッカーの馬のスピードが落ち、止まる。それを後方に確認し慌てて、手綱を操り、速度を徐々に落とす。


「どうしたの? タッカー様」


「ずっと、考え事をしていますね。そのうち事故を起こしますよ」


「えっと……、ごめんなさい。確かに、集中していなかったわね。これでは事故を起こしかねないわ」


「侯爵と、どんな話をしたかまでは分かりませんが、ティアナがうわの空なのは、陛下が原因なのでしょうね」


「えっ!? そんな事は……」


「誤魔化さなくてもいいです。少々私もイラついていましてね。こうタイミング良く現れるなんて、陛下の運の強さに嫉妬してしまいます」


 ははっ、と笑うタッカーを見つめ、疑問に思う。


「タッカー様、なぜ陛下はルザンヌ侯爵領に来たのかしら? だって、帰省願いは出していますし、私の所在は分かっていますでしょ。陛下自ら、ルザンヌ侯爵領へ来る意味が分からないのです」


「……ティアナ。それを私に聞きますか」


「……えっ?」


「はぁぁ……、貴方も残酷な人ですね。仮にも、私は貴方に愛の告白をした人間ですよ。陛下が、侯爵領へ来た理由ですか? そんなもの自分で考えてください」


 あっ……、マズい……


 馬上で拗ねているタッカー様を見つめ、色々と忘れていたことに気づく。自分へ好意を寄せている男性に向かい、陛下の事を聞くべきではなかった。


「いえいえ! タッカー様、誤解です。陛下の事は、どうでも良いのです。どちらかというと、陛下が云々と言うより、突然侯爵領に現れるから、王妃が必要な事件でも王宮であったのかと心配になったというか、侯爵領に何の用だと思ったというか……」


「よいのです。ティアナの心にまだ陛下が居座っているのは十分に理解していますし、私の存在がティアナの心に無いのだと思い知っただけですから」


「いえっ……、タッカー様……違っ」


 あぁ、めんどくさい。昔から面倒くさい男ではあったが、さらに面倒くささが増しているような気さえする。


 ネチッこさに、女々しさまで追加されていないかしら。


 ただ、ここで放置して逃げる訳にも行かない。今後の事を考えると味方は多いに越したことは無い。面倒でも、機嫌をとっておく必要はある。


「……あの、タッカー様」


「私がまだまだと言う事ですね。もっと、貴方への想いを態度で示した方が良いと分かりましたから」


「いえ……あの、その……」


 これ以上、何を態度で示すと言うの。


 あまりにも男女関係がご無沙汰過ぎて、返答に困る。サラッと気の利いた言葉で有耶無耶にするなんて高等技術、私には無理だ。


「ここにライバルはいない訳ですし、考えようによってはチャンスだとも言える」


 馬から降り、こちらへと近づいて来るタッカー様の手が伸びる。


 まさか、馬から降りろとでも言っているの? 

 この手は……


 いや、でもここで降りる選択だけはするなと本能が訴えている。


 いやいや、そもそも自意識過剰なだけかめしれない。


 頭の中で意味不明な自問自答を繰り返すしか出来ない。


「ティアナ、さぁ降りてください」


「いえいえ、タッカー様! こんなところで油を売っている余裕は有りません。早くしないと真っ暗になってしまいます。ここら辺には宿もありませんし、早く教会に戻らないと、野宿になってしまう」


「ティアナと野宿……、願ったり叶ったりですね。一夜を共にすれば、貴方の心に楔を打てるかもしれない。ティアナは、私という存在を意識せずにはいられなくなる」


 こちらを見つめるタッカーの仄暗く光る目を見て、唐突に理解した。


 タッカーと私は同じ。


 仄暗く沈んだ瞳の中に見える切なさを滲ませた光。私もきっと彼と同じ瞳を陛下に向けていたのだろう。だからこそ、己の罪深さが理解出来る。


 なんて事をしてしまったのだろうか……


 タッカーの気持ちに応えるつもりもないくせに、思わせぶりな態度をとってしまった私が全て悪い。陛下への想いに決着をつけることもせず、タッカーの好意に甘えていた。


「タッカー様、あの……」


 言葉が出てこない。仄暗い目をして私を見つめる彼を止める言葉が見つからない。


「ティアナ、わかっているのです。貴方の心の片隅にすら私はいないという事は。ただ、陛下を見つめる貴方をずっと見てきたからこそ、分かるのです。ティアナ……、陛下への想いは私と同じ、叶う事のない幻想なのではありませんか?」


 叶う事のない幻想……


 その言葉が矢となり心へと突き刺さり、血を流す。


「――――陛下は、私のことなど愛していない」


「ティアナ……」


 手綱を握っていた手が力なく落ち、溢れ出した涙が視界を霞ませる。こちらへと伸ばされた彼の手を見つめ、心が揺れる。


「叶うことのない想いを抱き続ける辛さ……、ずっとティアナだけを見つめ続けてきた私だからこそ、貴方を理解出来る。そんな想い捨ててしまえばいい」


 陛下への想いを捨てる……

 捨ててしまえば、もうこんな辛い想い抱えなくていい……


 タッカーの言葉が、甘い毒となり心を満たしていく。


「捨ててしまえば楽に――――」


 伸ばされた手に、心が動きそうになった時だった。


『ドカンっ!!』という音と共に立ち昇った煙が遠くの空に見え、血の気が引いていく。


「――ウソ……、まさか――」


 煙が立ち昇っている方角にあるのはノーリントン教会のみ。あれだけ大きな爆発音がしたのだ。しかも煙が上がっている時点で、あの周辺は火事になっている可能性が高い。


「タッカー様、急ぎましょう!」


 瞬時に状況を把握したタッカーが馬へ跨るのを確認し、目的地へ向かい駆け出した。

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