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お飾り王妃、父の本心を知る


 ぽんっと、頭に乗せられた手が、わしゃわしゃと髪を乱していく。


「本当、昔から、こうと決めたら梃子でも動かんかったな。エミリオしかり、レオン陛下しかりか。私はな、鼻からお前に王妃など務まらんと思っていたんだ。王妃など、制約ばかりだろう。ルザンヌ侯爵領で自由に生きてきたお前には荷が重すぎるとな。ただ、レオン陛下と一緒なら、貴族社会の因習をぶち壊し、新しい風を吹き込む起爆剤に成るのではと思ったのも事実だ。お前がレオン陛下を支える治世を見てみたいとな」


 喜びが心を満たしていく。


 父がそんな事を思ってくれていただなんて信じられなかった。ずっと陛下との結婚を反対されていたのだ。半ば捨てるように故郷を去った私を恨んでいると。


「しかし私は、あの時……、危機迫るルザンヌ侯爵領を捨てたも当然で」


「ティアナ、それは違うぞ。お前らの結婚に関し、了承したのは私だ。王家から強制された訳でもなく、自身の意志で判を押した。そこに偽りはない。それにな、今ルザンヌ侯爵領が平和になったのも、お前が王家に嫁いだからだ。お前がレオン陛下と結婚したからこそ、陛下は本気で隣国と話し合う決意をしたのではないか。妻が憂なく過ごせるように」


「そんな事、ある訳ない……、だって――」


――レオン様は、私を愛していない。


 心の奥底で燻り続けるどす黒い感情が湧き上がり、喜びに満たされた心を消し去っていく。


「陛下には、他に想い人がいらっしゃるのです。隣国との交渉に心血を注いだのも、ひとえにルザンヌ侯爵領の政治的地位を落とすため。そして、正妃に迎え入れることが出来なかった想い人と今度こそ結ばれるためですわ」


「はぁぁ、なぜそうなる……。いいか、ティアナ。お前と陛下との結婚が、ルザンヌ侯爵領の寝返りを防ぐためのものであったなら、停戦協定が結ばれて以降、国境へ割り当てられる軍費は減らされていくのが常だろう。しかし、それは行われていない。それどころか、レオンが王位へ就いてからは、増えているくらいだ。しかも、国に収める金も他領に比べ優遇されている。その意味がお前にわかるか?」


 父の話が本当であるならば、国交成立間際の現在、ルザンヌ侯爵領の力を増す必要性はない。目障りな王妃を排除するなら、侯爵家の力を削ぐ方向へと動くだろう。


「ルザンヌ侯爵家の力が、増すだけじゃない……」


 どうしてそんな事をしているのか、その意味がわからない。


「まぁ、停戦協定が結ばれたからと言って隣国の脅威がなくなる訳ではないからな、軍費を削る訳にもいかないとは思うが、現状維持で増やす必要性はないだろう。しかも、国交樹立も間近な現在、平和ボケした貴族の重鎮共を黙らせ、国境の軍費を増やすなど、本来であれば出来んよ。面倒臭い。ただ、そんな面倒な事をしてまで、ルザンヌ侯爵領を優遇して来たレオンの気持ち、もう少し考えてやっても良いのではないか」


 父から聞かされる話は、どれも信じ難いものばかりだった。ルザンヌ侯爵領へ手厚い温情をかけておきながら、王妃ティアナへは冷たい態度を続ける陛下の思惑がわからない。


「わからない。わからない事だらけだわ……」


「ティアナ、真実は案外単純なものかもしれないぞ。男と言うものは、女が考えている以上に子供だからな」


「えっと。それは、どういう意味で?」


「母さんにでも聞いてみろ。きっと、昔話をたくさんしてくれるさ。私の若かりし頃の過ちをな」


 ははは、と笑う父は、それ以上の事を話すつもりはないらしい。きっと、自分で考えろと言う事なのだろう。


「――貴方、失礼しますわね」


「おお、マリアンヌか。どうした?」


 執務室を叩く音と共に入ってきた人物を見て懐かしさに心が震え、衝動のまま駆け出していた。


「お母様!!」


 両手を広げて立つ母の胸へと飛び込む。


「ティアナ! 元気そうで、なによりだわ」


 ギュッと抱きしめてくれる母の温もりに涙が溢れ出した。最後に会った時と変わらない母の香りに緊張が解けていく。


「お母様、お母様、ごめんなさい……」


「本当、この娘ったら。いつまで経っても子供のままなんだから」


 ワンワンと声を上げて泣く私の背を優しく宥めてくれる母は、昔と同じだ。父に叱られ、泣きじゃくる私をいつも優しく抱きしめてくれた母。そんな温かな想い出に荒んだ心が癒されていく。


「……ここに……ここに、帰って……帰ってきても、いいの……? ルザンヌ……侯爵領に……」


「なに言っているの。いつでも帰っていらっしゃい。あの人は、レオン陛下の肩を持つけど、妻ときちんと向き合えない男なんて捨ててしまえば良いと思っているのよ、私は。何が、『男は子供だから許してやれ』よ。好きな女、一人幸せに出来ない男なんて捨てられて当然でしょ」


「おいおい、マリアンヌ。言い過ぎだぞ」


「貴方は黙ってて。ティアナ、いいこと。この国はどうしたって女の発言権が弱い。だからこそ、男は女を蔑ろにしてはいけないの。パートナーの思いを汲み取り、発言していく責務が男にはあるのよ。それを放棄したレオンは、いくら陰で妻を擁護していても、責められて当然なのよ。あぁぁ、本当一発殴ってやりたいわ」


「……」


 とうとう、父はダンマリを決め込むらしい。こうなった母を止めらる者は誰もいない。それを熟知している父は、火の粉が自分へと降ってこないよう空気と化す。


「いつでもレオンと離縁して帰ってらっしゃい。貴方に協力する者たちはいくらでもいるからね。姉さんに言えば、すぐにでも」


「――はぁ、まぁ……、ありがとうございます」


 母の剣幕に、いつの間にか涙も引っ込んでいた。


 流石に、おばさまの助けを乞うのは最終手段にしたい。もう少し、レオン陛下の態度の意味を考えてみようと思っていた。


「それで、マリアンヌ。何か私に伝えに来たのではないのか?」


「そうだったわ。レオン陛下を客間に通しています」


「「はっ!?」」


 母からの爆弾発言に、その場が凍る。


「ちょ、ちょ、ちょっと待て。いつ来た?」


「数時間前かしら? ティアナが執務室に入った時くらいかしらね。帰るように促したのだけど、帰らないから放置してみたの」


「それは、ほんとか? 仮にもレオンは、この国の王なのだが……」


「そう言えば、そうね。数ヶ月おきに、来てたから忘れていたわ」


「お前なぁぁ……」


 数ヶ月おきに来ていた? どう言うことだ?


「お待ちくだい。陛下は、ルザンヌ侯爵領を訪れていたのですか?」


「あぁ。最近は、来ていなかったが、戦火で荒れた侯爵領が復興するまでは、頻繁に来ていたぞ。まぁ、お忍びでだからな。この城に顔を出すことはなかったが」


「――うそ!?」


 私は、いったい今まで彼の何を見てきたのだろうか? 


 自分の境遇を嘆くばかりで何も見て来なかった。


 驚愕の事実に、足元から崩れ落ちる。


「私は、いったい彼の何を見て来たというの……」


「――ティアナ。もう一度、レオンと向き合いなさい。さすれば、わかる事もある」


 父の言葉が、重い楔となり、心へと刻まれた。

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