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お飾り王妃、再会にひたる


 タッカーと共に、馬で駆ける事一日。隣国との国境に横たわる広大な森を背に建つ、堅牢な城を見上げ、緊張に肩が震える。数年ぶりに訪れる城は、最後に見た時とは違い、補修がされ、さらに堅牢さを増したように感じる。まるで、立ち入る事すら許されていないと思わせるほどの重厚さに、心が重くなった。


「ティアナ、緊張されているのですか?」


「そうね。私は、裏切り者よ。ルザンヌ侯爵領に足を踏み入れる事を赦された人間ではないもの」


 握りしめた拳が震えているのは緊張からなのか、それとも自身に対する怒りからなのか。


 父へ宛てた手紙を届けると申し出てくれたタッカーの優しさを断り、父と対峙すると決めたのは私だ。なのに、いざその場に立つと、逃げ出したくてたまらない。いつまでも弱虫な自分自身にも腹が立つ。


「そう、身構えなくとも大丈夫かと思いますが、取り敢えずここに立っていても仕方ありませんし、私が取り継ぎをお願いして参ります」


 そう言って歩き出したタッカーの背を見つめ、大きく息を吐く。これで少しは気が楽になるかしら……


 そんな筈ないと自嘲的な笑みを浮かべ待つこと数分、一人の男を連れ、タッカーがこちらへと戻ってくる。


「お嬢様!」


「えっ⁉︎ 爺やなの?」

 

 思いがけない人物の登場に単純に驚いていた。白髪を綺麗にセットし、燕尾服に身を包んだ初老の男性は、ルザンヌ侯爵家に長年仕える家令『ルード・アルビス』だった。記憶にあるルードと寸分違わぬ姿で立つ爺やを見て、懐かしさに泣きそうになる。


 幼少期、爺やには迷惑ばかりかけてきた。大人達の多くが、国境での防衛に時間をさかれ、子供との時間が取れない中、遊び盛りの子供達の相手は爺やだった。お転婆盛りの私と悪ガキだったエミリオを筆頭に、城に預けられた子供たちの面倒を一手に担っていた彼は、育ての親と言っても過言ではない存在だ。


 溢れ出した感情のまま走り出し、爺やの胸に飛び込んだ。


「ほほほ、お嬢様、お久しぶりでございます。ご立派になられて、爺やは嬉しゅうございますよ」


 目元に皺を作り微笑む爺やは、最後に見た記憶よりもわずかに年老いて見える。それだけ長い間、この地に足を踏み入れていなかった事を感じ、心が痛い。


「爺や、ごめんなさい。私、私…………」


「ティアナ様、よろしいのです。領の者は皆、貴方様の事を恨んでなどいません。当時は、ああするしかなかったのです」


「いいえ、違うわ。私は、ルザンヌ侯爵領から逃げたのよ。領主の娘として、残るべきだったのに」


「それは違いますよ。貴方様が、レオン陛下へ嫁いだからこそ、王家は援軍を出してくれたのです。でなければ、国境を守ることなど出来ませんでしたから。領の皆は、ティアナ様に感謝しています。それに、貴方様が王妃になったからこそ、レオン陛下は隣国との停戦を実現しようと本気で考えてくださったのではないですか? 妻の憂いを少しでも無くすために」


――妻の憂いを無くすため? 爺やの言葉に、心がざわめく。


「そんな事ある訳ないわ。陛下にとって私は政略の駒でしかないもの」


「ほほほ。本当にそうでしょうかね。私から見たレオン陛下は、ティアナ様を本気で欲しているように見えましたよ」


 本気で欲しているように見えた?


「嘘よ……。そんな事、ある訳ない」


「今の現状を考えれば、ティアナ様がそう感じるのも無理がないとも思いますが……。男という者は、女性が考える以上に単純な生き物なんですよ。馬鹿で、臆病で、我が儘で、まるで子供だ。難しく考えずに、素直な目で見ると、案外簡単に真実が見えてくるかもしれませんな」


「…………」


 素直な目で見ると何か違う面が見えてくるものなのだろうか?


 爺やの言葉は、昔から難しい。抽象的すぎて……。ただ、大人になり考えると、得手して真実を話していたのだと、今なら理解出来る。

 

 急に軟化した陛下の態度にも何か意味があるのか? いや、そもそも意味などないのかもしれない。


 ただ単純に、仲直りをしたいだけ?


 そんな、簡単な話ある訳ない。


「まぁ、深く考えない事ですな。レオン陛下の事も、侯爵様の事も――」


「――えっ!?」


「では、ご案内します。侯爵様がお待ちですよ」


 ほほほ、と笑う爺やの言葉に身が引き締まる。彼の言う通り、難しく考えなくても良いのかもしれないと感じながら、城内へと足を踏み入れた。

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