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お飾り王妃、父を思う


 教会裏にある古い大木に背を預け、父へと書いた手紙を読む。これが届きさえすれば、ターナーの件は上手く処理してくれるだろう。そんな確信があった。


 リドルの話では、近々教会の地下で隣国との闇取引が行われるらしい。密輸される品が何かまでは掴めていないが、隣国の反乱分子が絡んでいるとなれば厄介な物である可能性は高い。そんないわくつきの品が、自領を通過するのに、あの父が情報を掴んでいない筈がない。タッカー様は何も話さないが、父と情報交換をしていると見て間違いないだろう。


 この手紙を受け取った時、父はどんな顔をするのだろうか?


 数年ぶりに書いた手紙を見つめ、苦い後悔が胸に去来する。


 きっと怒り心頭で破り捨てるだろう。それだけの事をしてきた自覚はある。今更、助けてくれと言ったところで、受け入れてはくれない。自嘲めいた笑いが、虚しく心に響く。


 陛下との婚姻を最後まで認めなかった父に怒り、半ば強引に王都へと行く選択をしたのは自分自身だ。国境付近で隣国の軍隊と一触即発状態になっていた事もわかっていた。なのに、我が儘を通した。


 城を去る私に向けられた父の顔を忘れたことはない。絶望にも似た悲しい顔を――


 私は去るべきではなかった。父や母、ルザンヌ侯爵領に住む多くの民と共に、一緒に戦うべきだったのだ。


 あの日から父に手紙を送ったことはない。王妃とは名ばかりのお飾りとなっても、行動を起こそうとは思わなかった。父を落胆させ、ルザンヌ侯爵領を見捨てた私が、立場が落ちたからと、父に泣きつくなど許されない。ただ、今回の計画の鍵がルザンヌ侯爵領にあるのは事実だ。父の助け無しでは、ターナーを助けることは出来ない。


――考えが甘い。裏切ったも当然の私が、今さら助けを求めるなど間違っている。


「ティアナ、どうしました? 難しい顔をして」


 頭上から声をかけられ見上げれば、こちらを心配そうに覗き込むタッカーと目が合う。


「タッカー様。貴方も休憩時間ですの?」


「えぇ、やっと厩番の爺さんから休みをもぎ取りましたよ」


 ははっと笑うタッカー様は、以前の彼からは想像もつかないほど、日に焼け、たくましく、精悍に見える。額の汗を拭う姿は、健康そのものだ。


 色白で血色悪そうな相貌だったのに……


 人は環境次第で大きな変貌を遂げる事が出来るのだと、変なところで感心しているとさらに声をかけられた。


「それは、手紙ですか?」


「えぇ、父に宛てた手紙です」


「それはまた。とても喜ぶのではないですか? 母が以前苦笑混じりに言っていました。侯爵は、ティアナを誰よりも愛していると。溺愛と言っていい程の可愛がり方だと」


「確かに、昔はそうでしたわ。大抵の事は大目に見てくれる、娘には甘い父でした。でも、今は違います」


「今は違う? それは、またどうして」


「簡単な話よ。父の意向を無視して陛下と結婚する選択をしたから」


「それは、おかしな話ですね。当時、陛下はまだ王太子だった。父王の勅命があったなら別ですが、それは無かったはずです。婚約成立には、侯爵の了承印が必要です。流石に侯爵の了承なく結婚は出来ないでしょう」


「確かに、父が陛下との婚姻を了承したのは事実よ。ただ、本心からではなかった。当時の国境の現状を鑑みた結果として了承しただけ」


 そう、隣国の猛攻に劣勢を強いられていた自領の兵は、是が非にも国軍兵の増援を必要としていた。そして、王家側も国境に隣接するルザンヌ侯爵領の寝返りだけは避けねばならない状況にあったのだ。


 陛下との婚姻は両者の思惑が一致した結果、実を結んだと言ってもいいだろう。


「父は、最後まで陛下との結婚に反対していたわ。当時の状況を考えれば、国軍の増援を必要としていた父は、真っ先に賛成してもいい筈なのにね」


「なぜ、ルザンヌ侯爵は自領の不利益をかえりみず、陛下との婚姻を最後まで反対されたのでしょうか?」


「分からないわ。ただ、父は分かっていたのかもしれない。お飾り王妃と呼ばれる立場へと落とされる事をね」


 辺境の地で育った田舎令嬢に王妃など務まらないと、父は見抜いていたからこそ最後まで反対していたのだと今ならわかる。あの魑魅魍魎渦巻く社交界を支配するには並大抵の努力では不可能だろう。


 おばさまの助力があったとしても限界がある。辺境から出てきて数年の小娘に、社交界の化け物共を御す力などある訳がない。ただ、それを理解した上で、やれる事もあったのだ。


 人脈を築く努力をしなかったのは私自身の落ち度だ。


 お飾りの立場に落とされた事を陛下のせいにするばかりで、何の努力もして来なかった。被害者ズラするばかりで私は何をしてきたのだろうか……。


「父は実直な人です。辺境の領主を任され、長年に渡り隣国との緊張状態を強いられる立場にあっても、国を思い、尽くす事が出来る男です。だからこそ、田舎令嬢が王太子妃になることの無謀さを一番分かっていたのだと思います。王妃となる器ではないとね。実際、王妃になって成し得たことなど一つもない。私には、はなから王妃としての器などなかったのです。今さら気づくなんて、愚かとしか言いようがないわね」


「ティアナは、王妃となった事を後悔しているのですか? 陛下と結婚した事を――」


 陛下と結婚した事を後悔している? よく分からない。


 あの時、父に従い領地へ残っていたら私の人生は大きく変わっていたのだろうか?


「分からないわ……。結婚していなかったら、他の誰かと結婚して平凡でも幸せな人生を歩めたかもしれないわね。たくさんの子供に囲まれて、自然豊かな領地で、父母と共に――」


「まだ、遅くないのではありませんか? 貴方の望み、私なら叶えられる」


「えっ!? ……」


 一陣の風が吹き抜け、木々の葉がサワサワと揺れていた。

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