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お飾り王妃、知る


「シスターすまなかった。結局、掃除までさせてしまって」


「いいえ、私も体を動かしている方が楽なんです。色々と考え過ぎないで済みますから。ターナーさんも今後は自棄にならずに慎重に行動してくださいね。近いうちに迎えに来ますから、それまでは私との計画を悟られる事がないように。ミーシャ様にも絶対に教えてはなりません。絶対にです」


「わかっている。今まで通り、態度を変えることなく過ごせばいいのだな」


「えぇ。お預かりした薬を早急に調べ、ターナーさんがルザンヌ侯爵領に来てすぐ、治療が開始出来るように準備を進めておきますから」


「本当に何から何まで……。なんとお礼を言って良いか」


「お礼は結構です。私は自身の利益のために貴方を利用するだけです。決して、良心からの行動ではない事を忘れないで頂きたい。貴方と私は共犯者です。貴方も最愛の方達との未来のために、見知らぬ女と手を組む選択をした。ただそれだけの事です」


 どうかこの男には自身の人生をやり直すだけの強さを持ってほしい。そうでなければ、たとえ病気という呪縛から解放されたとしても、ずる賢い者達から食いモノにされる人生を終わらせる事など出来ないだろう。受け身の人生を終わらせ、愛する者達と共に生きる人生を切り開くには、相手を利用するくらいの気概がなければ難しい。


「ターナーさん、どうか自身の未来を切り開く強さを持ってください。大切な人を守り抜くには綺麗事だけでは難しい。時には心を殺し悪になることも必要です。どうか、その役をミーシャ様に背負わせないでください。貴方がミーシャ様に出来る罪滅ぼしは、彼女が本来の姿を取り戻す手助けをする事ではないでしょうか? それが出来るのはターナーさん、貴方だけです。子供と一緒になって幸せそうに笑っていた本来の彼女に戻せるのは、貴方以外には出来ないのです」


「強くならないと、愛する者を守れないか……。シスター、俺は変われるのだろうか?」


「変われるかどうかなんて知りません。ただ、変わろうと努力することは可能ですよね。その原動力が何かは人それぞれでしょうけど、愛する者との未来のためなら頑張れるのではないですか」


「……そうだな。アイツには苦労しかかけていない。今度は俺がミーシャを幸せにする番だな」


 この先、ターナーとミーシャ様の未来が明るいモノになるかはわからない。貴族社会で生きてきた彼女が、全ての地位を投げ捨て、平民として生きる道は、想像以上に過酷なものだろう。その人生が少しでも彼女にとって幸せなモノになれば良いと思う。


「ターナーさん、どうかミーシャ様を今度こそ幸せにしてあげて下さいね」


「あぁ……」


 そう言ったターナーの顔は、なんだか晴れやかに見えた。きっと、彼は大丈夫だろう。あとは、私の立ち回り次第だ。必ずや、ミーシャ様を説得し、バレンシア公爵との交渉に勝つ。そのためには、ここでのんびりしている暇はない。交渉材料となる情報は揃った。


「では、ターナーさんこれで失礼し――」


「シスターちょっと待ってくれ。そのネックレス……」


 ターナーの指差す方へ視線を落とすと、服の中へと入れていたネックレスが見えている。部屋を片付けている時にでも出てしまったのだろう。青い石が胸元で揺れていた。


「あぁ、いつの間にか飛び出していたようです」

 

「すまないが、そのネックレスをよく見せてもらえないだろうか?」


「えっ? このネックレスですか? 構いませんが」


 首元からネックレスを外し、ターナーへと渡す。


「すごいなぁ。この青い石、星の雫でしょ?」


「えぇ、そう聞いています。ただ、その石を買った店の店主はイミテーションと言っていましたけど」


「イミテーションなものか。これは、紛れもない本物さ。こんな輝き、イミテーションでは出せない」


「ターナーさんは、この石が本物か偽物かわかるのですか?」


 あの店主は、星の雫はとても高価な物だと言っていた。王家への献上品に使われたり、貴族の中でも一部の者しか持つことが出来ない貴重な石だと。今は、本物を見ることもほぼ無いと。そんな幻の石の真偽をなぜ彼はわかるのだろうか?


「あぁ、俺の爺さんはその石を採掘する鉱夫だったからな。ただ、その青い石はもう採れない。だからこそ俺の父さんは庭師になったんだけどね」


 そう言って首元から取り出したのは、ネックレス型の革袋に入った青い石だった。


「これって……」


「シスターが持っていた星の雫とは純度が雲泥の差だが、紛れもなくコレも星の雫さ」


 ターナーから青い石を受け取り、自分の物と見比べるが違いがよくわからない。ただ、彼の星の雫を覗き込んでも七色の光が見えることはなかった。それが純度の違いという物なのかもしれない。


「シスターは、ブラックジャスミンの伝承を知っているかい?」


 ブラックジャスミンといえば、陛下から聞いたあの地方に伝わる逸話とその毒性、そしてオリビア様を死に至らしめた毒の可能性があると言うことくらいしか知らないが。


 あらっ、意外と知っているわね。まぁ、知らない程でいた方が無難か……


「ブラックジャスミンの伝承ですか? 詳しくは分からないのですが、ノートン伯爵領の名産ですよね。確か、香水が有名だったはずです」


 そう言えば、ブラックジャスミンが採れるノートン伯爵領と、青い石を買ったあの店がある領地は目と鼻の先だ。鉱山の仕事を失ったターナーの祖父が、新しい仕事を求めてノートン伯爵領に移ってもおかしくはない。


「そうだな。今じゃノートン伯爵領の名物にもなっているブラックジャスミンだが、あの地域に住む人にとっては、死者の花と言った方が馴染みがある」


「死者の花ですか? なんとも物騒な」


「確かに物騒な名前だな。『満月の夜に咲く世にも美しい白い花。その芳しい香りに誘われて近づけば、死地への扉が開かれる。決して、満月の夜に出歩いてはならぬ』ってね。迷信だと言う者もいるが、実際にブラックジャスミンの毒で死んだ者が、昔は何人も居たと爺さんが言っていた」


「それは、怖い」


「ただ、今はブラックジャスミンの毒性については大方調べがついていて、香りを吸ったくらいでは死なないことが分かっている。それに、あの花から毒を精製するには、いくつかの条件を満たさなければ作ることも出来ない。だから、ブラックジャスミンの伝承は、迷信と言い切れるんだけどな」


 ターナーの言うように、ブラックジャスミンの毒を精製するには、いくつかの条件が揃わなければ難しい。満月の夜に咲くブラックジャスミンの夜露を精製することでしか作れない毒。精製時にも、危険を伴うためブラックジャスミンを使った毒殺を考える者すらほぼ居ないという代物だ。ただ問題なのは、なぜそんな絶滅寸前とも言える毒の事をターナーが知っているかということだ。彼の話の中には、その毒物に携わった者でなければ知り得ない情報が含まれていた。


「まぁ、本当怖いわ。あんなに良い香りがする花に毒性があるだなんて。それにしても、お詳しいのですね。伝承が伝わる地域出身と言っても、興味がなければ花の存在など思い出しもしないのが普通でございましょう。女性ならいざ知らず、ターナーさんは男性ですもの、なおさらです。もしかして、ブラックジャスミンに携わるお仕事をされていたのですか?」


「今の話だけで、よく分かったな。やはり、シスターは只者では無いと言うことか。口外していい話か判断に迷うが、シスターが星の雫を持っていたのも何かの縁だ。俺は、ブラックジャスミンを栽培、管理していたんだよ。もちろん満月の夜に、夜露を採取する役割も担っていた。だからこそ、青い雫を持っていたんだよ」


「どう言う事ですか? 今の話からは、ブラックジャスミンと星の雫には深い繋がりがあるように聞こえますが」


「あぁ、深い繋がりがある。ブラックジャスミンの毒を中和する唯一の方法は、星の雫を飲む事だと、俺の爺さんが言っていた。まぁ、それこそ迷信かもしれないが、ブラックジャスミンに関わるようになった時に、信心深かった爺さんがお守り代わりに授けてくれた。ただ、一度も試した事がないから真偽は分からないけどな」


 ブラックジャスミンと星の雫にそんな関係があったなんて……


 まさしく毒と薬の関係性だ。確かに、今の話だけでは真偽の程はわからない。ただ、迷信や伝承の類の中には真実が含まれていることが往々にしてある。ブラックジャスミンと星の雫の採取地域が限られている事も、今の話の真実味を補完している。


 手元に戻ってきた青い石を見つめ、得体の知れないモノに運命を握られているような心地がして、背を冷や汗が伝う。


「シスター! 顔が真っ青だ。大丈夫か……」


「えぇ。何だか、この石が急に怖くなりまして」


「ははは、大丈夫だよ。星の雫は、別名魔除けの石とも呼ばれているから。持ち主に降りかかる災いを食ってくれる。だからこそ、俺もお守り代わりに肌身離さず持っているんだが。シスターも手放さずに持っていた方が良いと思うぞ。怖がらせといて今更だが、あまり嫌いにならんでやってくれ。俺にとっては、特別な石でもあるからさ」


 ターナーの言葉に、もう一度青い石を見る。キラキラと七色に輝く光彩が、とても暖かく感じる。


 きっとこの石は、私を守ってくれる。そんな気がした。

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