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お飾り王妃、暴く


――ミーシャと俺は恋人同士だった。


 俯きポツポツと話し始めた男の話は、決して報われる事のない恋物語だった。


 男は自身の名をターナーと言った。ノートン伯爵領にある小さな村出身で、父親が伯爵家の庭師をしていたと。


 ミーシャとは幼馴染だった。もちろん、伯爵家の娘と平民出の彼では身分が違いすぎる。幼馴染と言っても、主人と従者みたいな関係だったと。ただ、そんな関係も大人になるに伴れ変わっていった。


「ミーシャはさ、俺の前ではただの女の子だったんだよ。明るくて、優しくて、元々体の弱かった俺をいつも気遣ってくれた。時間が許す限りいつも一緒にいた。お互いに、相手が大切で、ただ子供ながらにずっと一緒にはいられないのは分かっていた」


 彼の言う通り、平民出のターナーとの結婚は許されるものではないだろう。しかも、ノートン伯爵家は古参の貴族家だ。はっきり言って娘の結婚は政略の駒だろう。幼い時分の交流は許されても、それが大人になってからも許されるはずはない。いつかは終わる。


「でも、二人の関係は大人になっても続いたのですね?」


「あぁ。元々身体の弱かった俺は、伯爵家から半日はかかる森の中の小さな木こり小屋に住んでいた。だから、二人の関係がノートン伯爵にバレる事はなかった。でも、そんな秘密の関係もミーシャの結婚話が立ち上がって、終わるはずだった。貴族の結婚話に俺がどうこう言える立場にない。ミーシャだって、いつかは終わると分かっていたんだ」


「でも貴方達の関係は今も続いている。ミーシャ様がバレンシア公爵家に嫁いだ後も」


「ちょっと待ってくれ! バレンシア公爵家にはオリビア様が嫁いでいる。ミーシャがバレンシア公爵家に嫁ぐなどおかしな話だ」


 まさか、この男はオリビア様が死んでいることすら知らされていない?


「オリビア様は、数十年前に亡くっています。そして、ミーシャ様が後妻としてバレンシア公爵家に嫁いだ。これは、真実です。私が貴方に嘘をつくメリットはありませんから」


「オリビア様が死んだ? そんなぁ……」


「しかも、ミーシャ様とバレンシア公爵の婚姻は、オリビア様の喪が明ける前に執り行われた。姉が死んだからと言って直ぐに後妻として嫁ぐなど常識的に考えてもあり得ない」

 

 取り乱し始めた男の態度が確信を深めていく。彼の取り乱し様を見れば、ミーシャ様は彼に何も話していなかったと見て間違いない。知られる訳にはいかなかったと考えた方が正しいか。もしオリビア様の死に、ミーシャ様が関与しているのであれば、好きな男には絶対に知られたくはないだろう。それがたとえ愛する男を助けるためにしたことであってもだ。


「しかも、ミーシャ様はバレンシア公爵家に嫁いでからの数十年もの間オリビア様の実子を虐げています。そして現在もです」


「嘘だ!! そんな筈はない。ミーシャがオリビア様の子供を虐げるなんてあり得ない!」


「なぜ、そんな事が言えるのです?」


「だって、あの姉妹は本当に仲が良かったんだ。俺達がノートン伯爵の目を盗み会う事が出来ていたのもオリビア様の助けがあったからこそだ。ミーシャとオリビア様の関係はただの姉妹という枠を超えている。幼い頃に母を亡くしたミーシャにとってオリビア様は母親代りだった。その人の子供を虐げるなんてひどい事……まさか!?」


 どうやら事の重大さに目の前の男は気づいたようだ。


「ターナーさん、女性というものは愛する者を守るためには、悪にだってなる生き物なのですよ。その愛する者が自分のお腹を痛めて産んだ、愛する男の子供であれば尚更です」


「……どう言うことだよ? お腹を痛めて産んだ子?」


 目の前の男の表情が一瞬変わるのを私は見逃さなかった。この男には心当たりがあるのだ。


「そうです。ミーシャ様には、血の繋がった実子がいます。名をアンドレと言います。ただ、彼とバレンシア公爵との間に血の繋がりはありません。私は、アンドレの父親が貴方ではないかと思っています」


「ははは……、そんな事あるはずない。そんな事、あるはず――」


「そろそろ知っている事を全て話して下さっても良いのではありませんか? 当時何があったのかを。話してくださらなければ、助けられるものも助けられません。いいですか、もう一度言います。ミーシャ様の置かれている今の状況は危険を孕んでいる。貴方との関係をバレンシア公爵が知らないとでも思いますか? 彼は王宮内でも絶対的な権力を有しています。そんな男が、スキャンダルに発展する可能性がある貴方とミーシャ様の関係を、今後も野放しにする訳がない。彼の力を持ってすれば、ミーシャ様共々貴方は抹殺される。それは確定事項です。今のままでは」


 男の顔色がみるみる色を失っていく。きっと彼は、今やっとミーシャ様の立場の危うさを本当の意味で理解したのだろう。酷な話だと思う。その真実を愛する女性からではなく、得体の知れない女から聞かされ、こちらの味方につけと脅されているのも同じなのだから。


「俺が知っている事をすべて話せばミーシャは……、そして彼は助かるのか?」


「彼というのは、アンドレの事ですね?」


「あぁ、以前に一度だけ此処を訪れた事があった。彼が言っていたことが、まさか真実であったなんて」


「アンドレは、貴方の元を訪ねて何を聞いたのですか?」


「俺の本当の父親なんだろう?って。始めはお貴族様が何をトチくるった事をと思ったよ。ただ、その青年の面差しが若かりし頃のミーシャにそっくりで、榛色の瞳を見たとき、もしかしたらと思ったんだ。俺の瞳の色と同じだったんだよ。もしかしたらと思わずにいられなかった。俺は大変な過ちを犯してしまった……」


 泣き崩れた男の嗚咽が、部屋に木霊する。


「――俺は、ミーシャと一度だけ関係を持ってしまったんだ」

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