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お飾り王妃、裏の裏の顔を知る


 目の前で繰り広げられている光景は違和感でしかない。


 芝生に置かれたベンチに座り、周りに集まった子供達に絵本を読み聞かせている貴婦人は、間違いなく毒婦と名高いミーシャ様で間違いない。


 ただ、彼女の真骨頂である派手なドレスは鳴りを潜め、大胆に開いた胸元を飾る大ぶりなネックレスですら見当たらない。目の前で優しい笑みを振りまく貴婦人は、胸元から首元までを白のレースで覆った濃紺のデイドレスを着ている。


 膝に小さな子供を乗せ、優しい声で物語りを聞かせている彼女は、とても自然な笑みを浮かべていた。


 夜会で見せる人を小馬鹿にするような笑みとは全く違う優しい笑みに、教会の子供達も安心し切った様子でくつろいでいる。


「あの女性は、何度も教会に来ているの?」


「えぇ。一ヶ月に一回は必ず現れますね。私達が此処に来るずっと前から通っていたようですよ。私の知る限りでは、多額の寄付を毎月している。まぁ、ティナさんの方が、あの女性の正体を知っているんでしょうけど。名のある貴族のご婦人なんでしょう?」


「えぇ、そうね。アルザス王国の中でも、かなり高位の貴族のご婦人である事に間違いはないわ。ただ、私の知っている彼女とは、だいぶ印象が違うけどね。それで……、エルサの事だから、あのご婦人が何回もこの教会に通う理由、調べがついているのでしょう?」


「ふふふ、そうですね。中々に興味深い理由ですけど、そう簡単に教える訳ないじゃないですか」


「本当いい性格しているわね。で、私に何を要求するのかしら?」


 隣でクスクスと笑い、下を向くエルサを睨む。


 会った当初から、彼女に好かれているとは思っていない。はっきり言って、エルサにとっての私は突然現れた部外者でしかない。たとえ雇い主であるタッカー様の命令だろうと、本来の仕事を離れ、私の案件に協力しろと言われても納得出来ないだろう。ただ、納得出来ないながらも、欲しい情報を得ているあたり、まだ交渉の余地はある。


「別に何も。ティナの正体に興味もないし、雇い主のタッカー様の命令は絶対ですもの。ティナがタッカー様に泣きつけば良いんじゃない? エルサが、意地悪して情報を教えてくれないのぉぉって」


「何で私がそんな事しなくちゃいけないのよ。私が泣きついたところで、あのタッカー様が動く訳ないでしょ。自分でなんとかしろと、冷たくあしらわれるのがオチよ」


「……それ、本気で言っているの? 恋人の願いを無碍にする男なんている?」


 様々な恋愛模様を見てきた私にとっては、恋人や妻の願いを切り捨てる男の方が多いと思うが、リドルの愛を一身に受けているエルサに言ったところで理解出来ないだろう。しかも、タッカー様とは恋人同士でも夫婦関係でもない。


 あっ、下僕ではあったか。


 そんな取引を馬車の中でした覚えもあるが、それを持ち出して騒ぐつもりは毛頭ない。


「恋人って、誰と誰がよ?」


「はっ!? ティナとタッカー様は恋人じゃないの?」


「恋人な訳ないじゃない。嫌よ、あんな堅物。冗談言ったって通じないわよ絶対。それどころか真顔で説教されそうだわ」


「はぁ〜ん。ティナ、あんた面白いね。あの、女嫌いなタッカー様が溺愛する女なんて碌な奴じゃないと思っていたけど、面白いよ。あいつどうせ童貞だろ。体から籠絡したカモを使って情報を聞き出そうとする女狐ではない訳だ」


 あの辛辣なタッカー様を籠絡できるほどの技術があるなら、今頃陛下との仲も順風満帆だったろうよ。自分の事は自分が一番わかっている。平坦な身体つきに、顔だって丸顔の幼顔だ。決して美女のカテゴリーには入らないだろう。唯一の自慢は、カツラの中に隠している銀髪くらいだが、あの金髪美丈夫の陛下の隣に並べば、まぁ目立たない。アリシア様と陛下が一緒に並んだ時の方がよっぽど様になる。


 私本当に王妃でいる意味ないわね……


 最近の陛下の態度は昔に比べれば軟化しているし、会話も増えてきている。この前も、突然王妃の間を訪れた陛下とお茶を共にしたばかりだ。会話が弾むことはなかったものの、穏やかな時間を過ごすことが出来た。


 ここ数か月で急激に変化する陛下の態度に戸惑いはある。だからこそ思い出してしまう。


 秘密通路で聞いたあの言葉を。


 アリシア様は陛下の共犯者であって、想い人ではなかった。ただ、何の思惑もなく純粋に陛下に望まれて輿入れしたとは思っていない。当時のルザンヌ侯爵領と隣国との小競り合いは激化の様相を呈していたのだ。あの場面で、父が率いる軍が隣国へ寝返る事態にでもなれば、間違いなくアルザス王国の大部分は戦火に包まれていただろう。言わば、陛下との結婚は、ルザンヌ侯爵の寝返りを防ぐための布石だったと見て間違いない。そう考えれば、結婚後の陛下の態度にも納得がいく。


 隣国との仲も改善され、国交が結ばれるのも時間の問題だと言われている現在、ルザンヌ侯爵領の重要性も落ちた今が、陛下にとっては最大のチャンスなのだ。側妃をと叫ばれている今、邪魔な王妃を排除しても誰も文句は言わない。何の憂いもなく想い人を娶り、ハッピーエンド。万々歳だ……


 では、なぜ陛下の態度が急に軟化したのか? 

 

 浮かれているだけなら、王妃に歩み寄る必要性は全くない。無視し続け、ポイっとすればよいだけなのだから。


 本当に、わからない事だらけだ。


 本人に直接聞いてしまえば良いのだ。私をどうして娶ったのかと。


 理由を聞けば、この堂々巡りを繰り返す疑問にも終止符が打たれるのだ。すべてが解決する。


 そんな事はわかっている。わかっている……


 こんな辺鄙な地に来ても考えるのは陛下の事だなんて本当嫌になる。先輩シスターの言ったように、いっその事、他の男性に目を向ければ良いのかしらね!


 タッカーに、アンドレに、リドル……、終いには、父の顔まで頭に浮かんできてゲンナリする。


 あぁぁぁ、段々腹が立ってきた。何で私が振り回されるのよ!


「女狐ですって!! こんな平々凡々な容姿に、体型でどうやって籠絡するのよ! あんたが言うような女狐だったら、こんなに苦労するわけないでしょ。好きな男一人、振り向かせられないダメ女よ!」


「あら? ティナ……、好きな男いるんだ」


「あっ……」


「よ〜し、決めた、交換条件。その片想いの男の事詳しく聞かせてよ。めっちゃ飢えてたのよねぇ。ここって教会じゃん、そんな下世話な話は、ご法度なんですって。裏で色々やっているのにねぇ」


「うっ、わかったわよ」


「じゃあ、そろそろ移動しましょうか。ティナが知りたい、貴婦人の秘密のお部屋に」

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