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お飾り王妃、ケッと思う


 人っこひとりいない長い渡り廊下を進み、王宮の最深部に鎮座する礼拝堂へと続く扉の前に立つ。


 まだ陽が高い時間にも係わらず、この付近で働いているはずの侍女も侍従も見当たらない。明らかに人払いされている状況に、緊張感だけが増していった。


 大丈夫、大丈夫、大丈夫……


 こんなに丁寧に化粧を施してもらった。それに、目立つ銀髪は、茶色のカツラの中へ隠し、メイドキャップも被り、ビン底メガネもかけている現状では誰も私が王妃だとは気づかないだろう。しかも、念には念を入れ、頬にそばかすも描いている。


 変装した自分を鏡で見ても、王妃の時の面影は一切なかった。これなら、至近距離で話しをしてもバレる事はないだろう。


 もう何年もまともに陛下と話していないし、絶対大丈夫。


 自身に言い聞かせ、礼拝堂の扉に手をかけ開いた。


 ユラユラと揺らめく蝋燭の灯りとステンドグラスがはめられた窓から差し込む色とりどりの光が床に散らばり、幻想的な雰囲気を醸し出す室内。いくつも長椅子が並べられた祭壇の一番前の席に、近衛騎士の制服を着た男が座っている。こちらからは顔が見えないため、本当に陛下が来ているのかは判断出来ない。


 ゆっくりと近づき背後から声を掛けようとして、逆に話し掛けられた。


「王妃の間の侍女か?」


 振り向いた男は、やはりレオン陛下だった。


 黒髪のカツラを被ってはいるが、大して変装らしい事は何もしていない。陛下を知る者が見れば、すぐに彼だと気づくレベルだ。


 王妃の間の侍女程度であれば、正体がバレる怖れはないとの判断なのだろう。


 本当、バカにしている……


 いかに王妃との接点がほぼ無いとはいえ、仮にも妻の専属侍女である。陛下の顔くらい把握していると思わないのだろうか。


 沸々と湧き上がる怒りを抑え、出来るだけ丁寧な口調を心掛けて、返事をした。


「はい。わたくしが、貴方さまがおっしゃる王妃の間の侍女でございます。近衛騎士様からのお手紙拝見させて頂きました」


「そうか……」


 沈黙が流れる。


 呼び出したのは、そっちなのだから話くらいしなさいよねぇ!!


「えっと、近衛騎士様。お手紙には、恋愛相談があるとの事ですが、どのような?」


「…………」


 問いには答えず、俯いてしまう彼を見て怒りだけが倍増して行く。


 帰っていいかしら……


 沈黙に耐えきれなくなり、背を向けようとした時、意を決したのか、ガバッと顔を上げた彼と視線がバチリと合う。


 意志を宿し、光り輝く強い瞳に吸い寄せられる。


 視線すらほぼ合う事はなかったのだ。アメジストのように美しく輝く紫色の瞳が、あんなに深く綺麗な色をしていたなんて知らなかった。


 彼の心を動かす事の出来る令嬢に、単純に嫉妬していた。一介の侍女如きに、相談を持ちかけてまで手に入れたいと思う存在。顔も名前も知らない陛下の想い人に、ただただ嫉妬していた。


 本当、バカみたいね……


 陛下の愛が、私に向かう事は絶対にないのに、彼の想い人との仲を取り持とうとしているなんて。


 心に巣食う醜い感情を抑え込み、笑みを浮かべる。


「近衛騎士様。貴方様が、お話し下さらなければ、わたくしは何も出来ません。一介の侍女如きに、心の内を明かさねばならぬのは不本意かもしれません。ただ、こんなわたくしに頼らねばならぬ事情がおありだと、お見受けしました。話せば、心の内が楽になる事もあります」


 陛下の隣、僅かに間を空け腰掛け、ぼんやりと祭壇を見つめる。


 こうして、二人だけで話しをするのは、いつぶりの事だろう。


 ゆらゆらと揺らめく蝋燭の灯りを見つめていると、この場所が幻想の中なのでは?とさえ、感じられる。それほど、私の心の内は乱れていた。


「確かに、そうであるな。話さなければ、何も始まらないか……

すまなかった。自分でも女々しい男だと思う。こんな状況になってしまったのは、自分自身の責任だというのに。彼女の気持ちが自分から離れてしまったのも、自業自得だとわかっている。彼女を手に入れた事で、慢心してしまった。もう、昔のように愛してはくれないだろう。ただ、諦める事は出来ない。だから、貴方に協力を願おうと考えた」


 こんなに心が苦しいなんて……


 俯き祈るように話す言葉のひとつひとつが、刃となり心に突き刺さる。


 苦しくも切ない胸の内を向けられる女性が、自分だったならどんなに嬉しかったか。


 ありもしない幻想を抱くほどには、まだ陛下を愛していた事に気づかされ、自嘲が溢れる。


 馬鹿みたいだ。結局、まだ陛下を愛しているなんて……


「そうですか。お辛い恋をされているのですね。ひとつお聞きしたいのですが、そちらの女性とは昔からの顔馴染みなのですか?」


「顔馴染み? そうであるな。彼女とは幼馴染みと言ってもよい間柄だった」


 陛下の幼馴染みであるなら、高位貴族の令嬢で間違いない。しかも、幼馴染みと言い切るあたり、かなり親密な間柄だったのだろう。王太子の時からの知り合い、もしくは陛下の側近達の姉妹である可能性は高い。


「その女性を手に入れたと言われましたが、その方とは恋人同士だったのですか?」


「いいや、恋仲になった事はないが、それよりも深い間柄ではあるな」


 恋仲になった事はない? でも、深い間柄?

 立場上、恋仲になる事は出来なかったが、愛し合ってはいたという事か?


「その女性とは、お互いに想い合っておられた。しかし、今は気持ちが離れてしまった。でも、貴方様は今でもその女性を愛していらっしゃると」


「あぁ……」


「では、その方に自分の気持ちを素直に告げればよろしいのではありませんか?」


「いや、きっと彼女は私の事を愛していない。それどころか、嫌われている可能性すらある。それだけの仕打ちを彼女にしてしまったんだ。後悔しても仕切れない。もっと歩みよる努力をしていれば、こんな事にはならなかった。ただ、諦められない。今、動かなければ、取り返しのつかない事になってしまう。だから、頼む! 協力して欲しい!!」


「ひっ! き、騎士様……」


 ガバッと顔を上げた陛下に肩を掴まれ、あまりの近さに顔がみるみる赤みを帯びていく。


 ち、近いぃぃ……


「き、騎士様! 落ち着いてくださいませ!! 肩、肩が痛うございます」


「あっ! すまない」


「騎士様、協力と申されましても私は侍女見習いでございます。出来る事には限りがございますし、今のお話しだけでは何ともお返事が出来ません。貴方様は、いったい私に何をさせようとお思いですか?」


「身構えないでくれ。大した助けではない。俺に女性の口説き方を教えてはくれないだろうか?」


「えっ!? 口説き方ですか?」


「あぁ」


 大の大人が何、寝ぼけた事を言っているのだ。しかも、目の前の男は、夜会の度に可憐な令嬢と優雅にダンスを踊り、関係を持った女もいるとかいないとか。そんな男が、一介の侍女如きに女性の口説き方を教えて欲しいだと?


 私の事を試しているの?


「えっと、騎士様。お見受けする限り、貴方様に女性の口説き方をお教え出来る程のスキルを持ち合わせておりません。出来れば、もっとベテランの男女の仲にお詳しい方に、協力を求められたらいかがでしょう」


「いや、そんな高度な事ではないんだ。女性が好みそうな……いや、違うな。彼女は、あまり一般的な令嬢が好む物に興味を示さないのだよ。ちょっと変わった女性でね。だから、なおさら様々な人の意見を聞きたいと言うか。それに、君はちょっとした有名人だろう?王妃の間には、恋のキューピッドがいると、騎士仲間の間でも有名でね。仲間内でも、君に助けられた者がチラホラいる」


「はぁぁ、左様でございますか……」


「藁にも縋りたいというか、最後のチャンスだと思っている。協力してもらえないだろうか?」


 手を握られ、切なそうに細められたアメジストの瞳とかち合う。


 あぁ、ダメだぁ。拒否出来ない。


「わかりました。大した協力は出来ないと思いますが、それでもよろしければ」


「あ、ありがとう」


 あの笑みはズルい。


 幼き日に見た笑顔と目の前の笑みが重なり、心臓の鼓動が早くなる。


 トクトクトク……

 

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