お飾り王妃、お節介にあう
「おーい! ティナ。そっちの洗濯カゴ持って来ておくれぇ」
「はーい、ただ今」
古参のシスターの声に、使い終わったシーツが積まれたカゴを抱え、向かう。これから、二人でこのカゴの中身を全て洗い終わらねばならないのだ。
教会の横を流れる小川の水を引き込んで作られた洗濯場には、衣類やシーツなど大小様々なリネン類が積まれている。この大量に置かれた洗濯物を先輩シスターと二人で、昼までに全て終わらせるとなると、ひと苦労だ。
近くに置いてあったカゴを掴むと、大きな桶の中に勢いよく洗濯物を放り込み、ザッブザッブと洗い出した。
「ティナも大変だねぇ。こんな田舎の教会へ奉公に出されるなんて。確か、出身は隣の領だったかい?」
「はい。ルザンヌ侯爵領にある小さな村出身です」
「ほぉ、ルザンヌ侯爵領と言えば、隣の国と接してるっていう。怖いねぇ、私が若かった時は、諍いが絶えないって話だったが今はどうなんだい?」
「今ですか? そうですねぇ。隣国との仲も良好で平和そのものですよ。私の村も隣国境にありますけど、危険と隣り合わせって感じでも無いですし」
「そうかい、そうかい。じゃあ、お前さんは戦火から逃げて、この教会に来た訳じゃないんだね?」
隣の領と言えども、ルザンヌ侯爵領の国境からノーリントン教会までは、丸一日はかかる。そのため、ルザンヌ侯爵領の現状を知る者は少なく、未だに隣国との小競り合いが続いていると信じている平民が多いのが現状だった。
先輩シスターも、私を戦争孤児かお金に困窮し、やむなく教会へ奉公に出された娘とでも思ったのだろう。
「はい。お転婆が過ぎると両親に言われ、嫁の貰い手がないから教会へ行けと」
「そうだったのかい。しかし、こんなに別嬪さんなのに嫁の貰い手がないとは、お前さんのところの村の男共は見る目がないねぇ」
「本当ですよねぇ。ちょっと跳ねっ返りくらいが丁度いいのに。村の男どもは見る目がない!」
そういえば若干一名、女心が分からない御人が居たなと、頭を掠め苦笑いが溢れる。きっとあの陛下の事だから、私が王宮から居なくなった事にも気づいていないだろう。まぁ、その方が好都合ではあるが、少し胸の内が寂しくも感じる。
ティナとして陛下と接する内に、王妃ティアナとレオン陛下との関係性も変わって来ている。少しずつ会話が増え、あの鉄仮面のように無表情だった顔から喜怒哀楽が見え隠れするようにもなった。それだけ、目が合うようになったと言う事だ。
アメジストのように美しい紫色の瞳と目が合う度に、鼓動の高鳴りを感じる。それと同時に頭の中で鳴り響く警鐘に、現実へと引き戻される日々。
『陛下には愛する人がいる』と。
「おいおい、どうしたんだい。深いため息なんぞ溢して」
「あっ! すいません。嫌な事を思い出してしまって」
「はははは。恋の悩みかい?」
「恋!?……ですか。違います。違います」
「嘘はいかんよ。憂いを帯びた顔で、ため息なんてついていたら、誰だって分かるさ。どんな男だい? 跳ねっ返りのティナを女の顔にするその男は」
胸の内を聞き出そうとグイグイ迫って来る先輩シスターに根負けした私は、ポツポツと陛下とのやり取りを話し出した。
「そうかい、そうかい。その男は、他に好きな女がいると。なのに、ティナにも思わせぶりな態度を取って来ると。そう言う訳だな」
「たぶん本人は思わせぶりな態度はとっていないと思います。ただ、昔の彼の態度があまりにも酷かったと言いますか、ほぼ無視されてましたので、そう感じるだけかと。きっと彼にとっての私は、顔見知りに昇格したくらいの立ち位置です」
「はぁぁ、そんなもんかね。ほぼ無視からの顔見知りへの昇格は、大したモンだと思うが。少なからず、嫌いから好きへと変化している。その好きがどう言う類いのモノかは分からんが、愛へと変わる事だってあり得るのではないか」
「それは無いです絶対。彼には、心の底から愛する女性がいます。その女性を忘れて、私を愛してくれる事なんてないですから」
「そうかい。まだ諦めるには早いと思うが……、ティナ、お前さんはまだ若い。色々な経験をして、学ぶのも一つの手だな。その男だけが、全てではない。色んな男性とお付き合いしてみるのも良いぞ」
「そんなモノですかねぇ……」
他の男性とお付き合いかぁ……
夫である陛下とでさえ、結婚生活が破綻しているのに、他の男性と付き合った所で上手く行く気がしない。
「そんなもんさ。あぁ、お前さんと同時期に入って来た厩番なんてどうだい? あの男は、なかなかの美丈夫じゃないか」
「厩番ですか? 彼は無いですよ。気難しそうじゃないですか」
寄りによって、なぜタッカー様を勧めるのだ。最近は、昔ほど苦手意識も無くなったが、それでも身構えてしまう時もある。
「そうかねぇ? あれくらいお堅い男の方が良いと思うがね。それに新入りにしては筋もいい。爺さんが言うには、文句も言わず良く働く男だとさ。ちょっとくらい無愛想でも、良く働く男は将来有望だ」
厩番として潜入したタッカー様は、あの気難しい性格に反して、上手く教会に馴染んだ様だ。先輩シスターの話しからも評判は上々、案外器用な性格をしているのかもしれない。
「まぁ、良いさ。あまりコン詰めずに気楽に考えるのが良いさな。あっと、噂をすれば……」
先輩シスターの視線の先を追うと、此方へと向かって来るタッカー様が見える。
「すいません、シスターマリア。ちょっと手伝って貰いたい事がありまして、ティナさんをお借りしてもよろしいですか?」
「あぁ、良いさね。ここも大方終わったし、休憩がてら行ってきな」
先輩シスターにグイグイ背中を押され、タッカー様の方へと追いやられる。
「あのっ、シスター。本当に一人で大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫。若い者同士、親睦を深めておいで」
先輩シスターのお節介に押し切られ、タッカー様に連れられ、その場を後にした。




