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お飾り王妃、協力者を得る


「此処って……」 


 目の前に広がる懐かしい風景を眺め、感嘆の声が漏れる。小高い丘の上から辺りを見渡せば、幼き頃に愛馬で駆け回った平原に、遠くには隣国へと続く広大な森が見える。そして、森と平原の境に広がる町とそれを守るように聳え立つ要塞のような城。


 間違いない。ここはルザンヌ侯爵領だった。


「あぁ、ティアナには懐かしい場所かもしれませんね」


「えっと、そのぉ。ここはルザンヌ侯爵領よね。と言う事は、潜入する教会ってルザンヌ侯爵領にあるって事なの?」


「正確には違います。ルザンヌ侯爵領の隣、ノーリントン領にある教会です。ただ、境も境にあるので、ノーリントン伯爵家が、あの教会を認知しているかは不明ですね。伯爵邸が置かれている街からは、半日は掛かりますから」


「確かに、そうね」


 王都を出立して丸二日。最後に宿を取ったところが、ノーリントン伯爵邸が置かれた街だった。そこから、ここまで来るのに半日かかった。つまり、王都からルザンヌ侯爵領まで、丸三日かかる程には辺境の地なのだ此処は。


 そんな辺境の地と隣合うノーリントン伯爵領もまた、田舎と言わざる負えない。


 あのプライドだけが高く、でっぷりと太った伯爵がこんな辺境の地に立つ教会の事を認識しているとは思えない。田舎者と揶揄される事を何よりも嫌うあの伯爵が、王都にあるタウンハウスから、領地に帰る事など、ほぼないだろう。


 散々、ルザンヌ侯爵領を馬鹿にされた恨みは忘れていない。


「つまり、悪事を隠すには最適の場所と言う訳ね。辺境の地に建ち、領主からも存在を忘れられている教会なんて、やりたい放題じゃない」


「えぇ、その通りですね。得体の知れない荷馬車が定期的に出入りしているのは確認済みです。それが、何を積んでいて、教会で何が行われているかを調査するのが私の役目と言う訳です」


 その教会にオバさまが言うミーシャ様の弱味となる秘密が隠されている。さて、彼女の抱える秘密とは果たして何なのか?


「タッカー様、オバさまの事だから、既に先遣隊を潜入させているのではなくって?」


「えぇ。メイシン公爵家の手の者が入ってます。その者達と合流して、今後の打ち合わせをする事になっています。ここから直ぐの酒場です。行きましょうか」


 差し伸べられた手に手を重ね、馬車へと乗り込む。何の抵抗もなく、自然に重ねられた手を見て不思議な気分となる。たった二日で、二人の間にあった壁が見事に取り払われていた事に気づき、なんだか気恥ずかしくなった。





 小さな村の外れにある酒場に集まった男女四人。目の前には、大きな肉にかぶりついている女と、その豪快な食べっぷりをニコニコ顔で見ながら皿一杯に盛られたサラダにフォークを突き刺している男が座っている。


 簡素な服に身を包み、目の前に座るこの二人がタッカー様が言う先遣隊なのだろうか?


「おい! その辺にしておけ。計画を詰める方が先だ」


「はぁぁ? 久しぶりの肉なんだよ! お貴族様は黙ってろ」


「まぁまぁ、タッカー様。この状態になったエルサに何を言っても無駄ですよ。何しろ、数週間ぶりのマトモな食事なんでね」


「テメェは、関係ねぇだろ。この菜食主義者が」


「確かに、私はあの野菜とパンだけの生活も苦にはなりませんね。むしろ願ったり叶ったりというか。エルサも少しは野菜を食べた方が良いですよ」


「リドル! 俺に指図すんな!」


「ダメですよ、エルサ。テメェだなんて、女の子なんですから」


「なっ……もう、知らねぇ……」


 ふふふと目を細めて笑うリドルと呼ばれた男に背を向け、不貞腐れるエルサと呼ばれた赤髪の女。どうやら、この二人は恋仲らしい。


 赤髪の女は背を向け不貞腐れ顔だが、頬が微妙に赤く染まっている。


 何とも微笑ましい二人のやり取りをほっこりした気持ちで眺めていた私に、目の前に座る男の視線が止まる。顔は笑っているが、目が笑っていない。威圧されるでも、不審顔を向けるでもない、感情を読み取る事が出来ない笑みを浮かべ、こちらを見る男の得体の無さに背を冷や汗が流れる。


 この男、ただ者ではない。


「タッカー様、そちらに座る女性をそろそろ紹介してもらってもよろしいでしょうか?」


「あぁぁ?おい、その女誰だよ。部外者を連れて来るなんて聞いてねぇぞ!」


 リドルの声に、こちらに視線を向けたエルサの方がよっぽど御し易いだろう。あからさまに向けられる敵意の方が、相手の感情を読み取り対処がしやすいものだ。


「はいはい、エルサは黙っててね。話がややこしくなるから」


「なっ! リドルテメェ、俺を何だと思って……」


「はいはい。愛しい奥さんですね」


「なっ、なっ、なっ……」


「ちょっと二人とも黙れ。ティアナが、困惑している。こちらの女性は、私の主人だ」


「「主人!?」」


 見事にハモった、ストキョンな二人の叫び声に慌てて修正をかける。


「ちょ、ちょっとタッカー様! 違います。違いますから!」


「何が違うのだ? 騎士の誓いも……っ!!」


 騎士の誓い、云々の話を続けようとしていたタッカー様の足を思い切り踏みつけ、言葉を遮る。


 何、何なの? タッカー様って、天然なの!?


「わたくしは、王宮で働いております下級侍女のティナと申します。幼き頃にメイシン公爵家にて見習い侍女をしていた関係でタッカー様とは、お知り合いなのでございます」


「そうでしたか。では、今回はタッカー様の命を受け、ご同行されたと」


「いいえ、違います。私は、さる御方の命を受け、メイシン公爵夫人イザベラ様の助けを得て、タッカー様に同行する事になりました。タッカー様が、調査されている事柄とは別件で動いております」


「ほぉぉ、それはまた興味深い。私達は、協力者として、どんな目的で、タッカー様にご同行されているのか知る権利はあるのですよね?」


「もちろんです。貴方方の協力がなければ、右も左も分からない教会で立ち回れませんもの」


 笑みを消し、やっと本性の片鱗を見せたリドルに向かいニッコリと笑う。この協力者達を味方に出来るかは、リドルを取り込めるかにかかっている。今も、笑みを消したリドルに気づき、隣に座るエルサが心配そうに彼を見ている。


「ふっ……、タッカー様。こちらの女性、ティナさんって言いましたっけ。中々の御方とお見受けしました。何の迷いもなく、私を取り込もうとしてらっしゃる。普通は、エルサを懐柔しようとするのが、王道でしょうに」


「ティアナを甘く見ない方がいいぞ」


「そうですね。何処ぞのお貴族様かは知りませんが、こちらこそエルサ共々よろしくお願い致しますね、侍女ティナさん。タッカー様との調査もあるのでどこまで協力出来るかは分かりませんが」


「いいえ。リドルさんとエルサさんに認めて貰えたようで良かったです。こちらこそよろしくお願い致します」


 差し出された手に手を重ね、握手を交わす。


 今の会話だけで、私がただの侍女では無いと見抜く当たり、リドルはかなり優秀な人物だ。


「そうそう、タッカー様。間違っても、教会では侍女ティナさんの事をティアナ様だなんて呼ばないでくださいね。たとえ貴方様より高位のお貴族様だろうと、ね」


 ニコニコ顔でタッカー様に釘を刺すリドルを見て、この男だけは敵に回してはならないと本能が告げていた。

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