お飾り王妃、社交界の華を見つめる
優雅なワルツが流れる舞踏会場では、着飾った紳士淑女が優雅に踊る。その傍で歓談を愉しむ者達の顔も笑みを浮かべている。その腹の中が真っ黒だとしても、表面上は綺麗な仮面をつける。
そんな様子を一段高い玉座から眺める王妃ティアナはと言うと、心ここに在らずであった。
あの日から陛下の言った言葉が頭から離れない。
『ティアナを正妃に迎えるために密約を結んだ』
頭の中では、政治的目的のために私を娶る必要が有っただけだと理解している。陛下が私を愛していたからこそ望んでくれたなど、あり得ないと分かっている。ただ、心の何処かで陛下の愛を信じたいと叫ぶ自分がいるのも事実だった。
「はぁぁ……」
悩んだところで解決などしない。そんな事は分かっているが、堂々巡りを続ける思考は止まらなかった。
陛下の愛する人がアリシア様ではないとすると、いったい誰なのだろうか?
社交界で陛下が目を掛けている令嬢なんて、アリシア様くらいしか思い浮かばない。確かに、夜会では年頃の令嬢とダンスは踊るが、同じ女性と二度踊る事はなかった。その例外が側妃候補となったアリシア様だった。だからこそ、陛下の想い人は、アリシア様で確定だと思っていたのに。
陛下は、私を正妃へと望んでいた。そんな事を知れば、期待してしまう。彼の愛する人は、私なのではないかと。
そんな事ある筈ないと、頭を振る。
堂々巡りの思考に、さらに頭の中は混乱をきたすばかりだ。
はぁぁ、もう考えるのは止めよう。今は、バレンシア公爵家の問題の方が遥かに深刻だ。しかも、新たな事実まで知る事になってしまった。
侯爵家以上の貴族家では、爵位を継げるのは男児だけだなんて知らなかった。道理で、高位貴族になればなるほど、浮気や愛人、隠し子の悩みの相談が多くなっていた訳だ。
だとすると、アリシア様はバレンシア公爵家の後継ぎになる事は出来ない。しかも、公爵の話ではアンドレ様との血の繋がりもないと匂わせていた。つまり、誰もバレンシア公爵家を継ぐ者がいない現状である。
アリシア様のためにも、ルドラ様の次期公爵への道を開かねばならない。そうでなければ、バレンシア公爵家は潰れてしまう。
公爵のあの様子では、自分の代でバレンシア公爵家を閉じるつもりがあるのは確定だ。ただ、それが本心であるかは断定出来ない。状況が変われば、気持ちも変わるかもしれない。
私に出来る事は、粛々とルドラ様との密約を遂行するだけ。余計な雑念は入れるべきではない。今はミーシャ様の弱味を握る事が先決だ。
意識を切り替え、舞踏会場を見回す。
さて、ミーシャ様は何処にいるかしら?
一段高い玉座からは、会場の隅々まで見渡す事が可能だった。広い会場内に貴婦人が集う一角が設けられている。いつもの定位置に陣取るミーシャ様を見つけるのは容易い。派手な赤色のドレスは、とても目立つ。黒色の扇子で顔を隠してはいるが、会場中の誰が見ても、あの女性をミーシャ様と断定するくらいには異彩を放っていた。
社交界の流行を創り出すと言われる程には、目立つ存在である。ただ、残念な事にメイシン公爵夫人ほどの人望はない。凛とした存在感を放ち、淑女の鑑と称されるメイシン公爵夫人イザベラ様は、社交界の花と呼ばれ、高位貴族の夫人方のみならず、うら若い令嬢方からも羨望の眼差しを向けられる貴婦人だ。
身分に関係なく自身を慕う者へ、千差なく接する姿は賞賛に値する。かく言う私も、自領から王都に出て来た時に大変お世話になった。彼女のしごきがなければ、あの短期間で妃教育と淑女教育を並行し行い、結婚式までに終わらせるなど不可能だっただろう。
あのしごきの過酷さは、もう一生味わいたくはないが、時に優しく、時に厳しく接してくださったイザベラ様には感謝しかない。
同じ公爵家といえども、ミーシャ様とイザベラ様では、社交界での地位や影響力には大きな隔たりがあったのだが、今の会場内の様子を見る限りだと、差が縮まりつつあるのかもしれない。
明らかにミーシャ様の周りに集まる人の数が増えている。今まで、派閥に所属していなかった中立貴族の夫人や令嬢、以前はメイシン公爵家派だった貴族家の者達が、ミーシャ様の周りに集まっていた。確実に、アリシア様が側妃候補となった影響だろう。
ただ、中立派が動くのは仕方ないが、今までメイシン公爵家派だった者達が、バレンシア公爵家へついたのは悪手だろう。
オバさま、きっとほくそ笑んでいるわね。身内の膿を一掃出来るチャンスだって。本当、腹黒いんだから……
数日前に開催したお茶会でのオバさまの言葉を思い出し吹き出しそうになる。
『バレンシア公爵家のアリシア様が側妃候補になった事をどう思うかですって?ふふふ、大いに結構な事だわ。これで、我が家に群がる五月蝿いハエ共を追い出す恰好のネタが出来る』
本当、淑女の鑑だなんてウソウソ。策略、謀略ドンと来いの図太い神経しているのだから。
そういえば、さっさと陛下を捨てて出奔しなさいと言ったのも、オバさまだったわ。全面的に協力するから、息子と再婚しろと脅されもしたわね。冗談だと思うけど。
「ねぇ、見て見て。バレンシア公爵夫人よ。今夜のお召し物も素敵ね」
「えぇ、本当。噂では、あの有名な仕立て屋を抱え込んで専属でドレスを作らせているって話よ」
耳に入って来た『バレンシア公爵夫人』という言葉に意識が持っていかれ、思考が変わる。やはり、夜会の中心はミーシャ様で間違いないようだ。本来であれば、側妃候補のアリシア様が夜会の中心になるべきところではあるが……
「仕立て屋って、新進気鋭のデザイナーが居るっていう、あの仕立て屋のこと?」
「そうそう。そのデザイナーをお抱えにしているって話よ。ほら、今夜のドレスも赤に黒のレースだなんて、あまり見ないデザインじゃない。ただ、年を考えると、ちょっとやり過ぎかしらね」
「そうね。しかも、アクセサリーも派手じゃない。あれだけ奇抜なドレスを着るならアクセサリーはシンプルな方が似合うわ。本当、派手好きというか」
「でも、あそこまでやるとちょっと下品よね。露出過多な気もするし」
「本当に――」
確かに、彼女達の話は御もっともである。本来であれば、子を持つ親の世代であれば、選ぶドレスもシンプルで地味なものが多い。肌の露出も最小限で、胸元を覆うタイプのドレスを身につけている夫人も多くいる。そんな中で、対極を行くミーシャ様の派手なドレスは目立つ。それを下品と捉える者も多くいるが、公爵夫人たるミーシャ様に表立って苦言を呈する者もそういないのが現実だった。
以前は、オバさまも直接忠告していたようだけど、今では相手にもしていないわね。『馬鹿につける薬はないとか』ぼやいていらしたし、早々に諦めたのでしょう。ただその態度が、気に入らなかったのか、益々対抗意識を燃やしたミーシャ様の派手さはどんどんエスカレートして行ったけど。
それにしても、派手さが際立つ赤のドレスには、かなりの数のスパンコールやパールが縫いつけられている。生地は絹で織られているのか、遠目に見ても上品な輝きが見てとれる。
あれだけの物を作るのに、いったい幾らかかるのだろう? しかも、彼女は一度袖を通したドレスは、二度着ないと有名だ。それは、身につけている装飾品も然りで、公爵家といえども散財し続ければ、いつかは金も底をつく。
ミーシャ様の性格を考えれば、使ったドレスをリメイクして使うなどプライドが許さないだろうし、いったいどうやって、お金を捻出しているのか?
街には、貴族のドレスや装飾品を秘密裏に買い取り、売り捌くという闇の商売をしている店もあると聞くが……
そこら辺を探ってみると、何か新しい事が分かるかもしれない。
そんな事を考えつつ、会場の様子をぼんやりと見つめていると、ある光景が頭に浮かぶ。
そういえば、ミーシャ様の普段着って意外と地味だったのよね……




