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お飾り王妃、晩餐に挑む


 テーブルの一端に座る黒髪の美丈夫は、饒舌に語りながら合間に食事を口へと運ぶ。


 あんなに話しながら食事って出来るものなのね。


 変な所に感心しつつ、綺麗に盛りつけられた魚のムニエルを口へと運ぶ。


 アルバートには感謝しなければならない。彼の情報がなければ、この男の登場に多少は動揺した事だろう。それにしても、目の前の男の上機嫌な様子は違和感しかない。きっと、あの笑っていない目のせいだ。


「ルドラ様、貴方がこちらに来てくださって退屈せずに済みました。あぁ、誤解はなされないでね。ノートン伯爵家の対応に不満を言っている訳ではないのよ」


「いいえ。こちらとしても心苦しいのです。王妃様だけ、こちらの別邸でお過ごし頂いている事が。まさか、陛下が王妃様をお連れになるなんて思わないじゃないですか。ですので、本宅の準備が間に合わず、申し訳ありません」


「そんな事、気になさらないで。わたくしも、別邸でのんびり過ごせて、気が楽なの」


 言葉の端々に散りばめられた嫌味に心を乱されるほど弱くはない。日々の貴族連中からの陰口や嫌味に晒され続けた私の精神を甘く見てもらっては困る。


 彼にとっては、私に対する揺さぶりだろうが、この程度、蚊に刺された時のダメージより小さい。はっきり言って無傷だ。


 ただ、今後の計画を成功させるには、相手を油断させておく必要がある。


「そう言って頂けて安堵致しました」


「ただね。確かに少し寂しいわね」


「これはまた、王妃様が寂しいなどと」


「だって、ノートン伯爵領には初めて訪問したのですもの。それに、こちらは別邸でございましょう。本宅に比べればひっそりしているわ。今頃、陛下はアリシア様と楽しんでいるかと思うと……、ねぇ」


 私の言葉を聞き、ルドラ様の纏う雰囲気が変わる。柔和な笑みを浮かべていた唇の口角が上がり、獲物を前に舌なめずりするハンターのような残忍な笑みが一瞬現れる。


「……くくっ……、王妃様は、私に何をお求めで?」


「そうね。陛下の代わりに、お相手くださると嬉しいわ」


「お相手ですか。具体的には何をお求めでいらっしゃるのか?」


「……ふふふ……

ルドラ様が、お話の分かる御仁でよかったわ。わたくしね、ブラックジャスミンが見たいの」


「ブラックジャスミンですか? はて、聞いた事もございませんが」


 嘘ばっかり。


 ブラックジャスミンの名を出した時に、僅かに見せた動揺を見逃すほど、馬鹿ではない。やはり、オリビア様の死の真相をルドラ様は知っている。


「あらっ? おかしいわね。ブラックジャスミンの香水はノートン伯爵領の特産ではございませんの?」


「あぁ、失礼致しました。あの香水の事ですか。ここら辺では、フルムーンジャスミンと言われていまして、すっかり正式名を忘れていました」


「フルムーンジャスミンなんて素敵な名前ね。でもなぜそんな名前が?」


「この地方のジャスミンは夜咲くのですが、特に満月の夜に咲くジャスミンの芳香が一番強く香り高いのです。そこから、この地方ではブラックジャスミンをフルムーンジャスミンと呼ぶのだとか」


「そういえば、今夜は満月ですね。きっと、ブラックジャスミンの花畑は、濃密な香りに満ちているのでしょうね」


「そうですね。かつては、その濃密な香りに誘われジャスミンの花畑に立ち入った者は死ぬと言われていたんですよ」


「あら、まぁ。では、ブラックジャスミンの香りは毒性が強いのかしら?」


「いいえ。ジャスミンの香りを嗅いだだけでは死にませんよ。ただの迷信です」


「そうですの。でも、綺麗な花畑の中で死ねるなんて素敵ね」


「はは。王妃様は、ロマンティストでいらっしゃる」


「そうかしら、女性なら一度は夢見るものではなくって? 花畑での死を。益々、その花畑を見たくなってしまったわ」


 ナプキンで口元を拭うと席を立ち、ゆっくりとルドラ様へと近づく。口元に笑みを作り、前を見つめる彼の肩へと手を乗せ、耳元で囁く。


「ねぇ、ルドラ様。ここでは、人の目もございますでしょう? わたくし、一度貴方と二人きりでお話ししたいと思っておりましたのよ。特に、オリビア様の事を……」


 前を見据えていたルドラ様がこちらへと鋭い視線を投げる。ブラックジャスミンとオリビア様の名を出せば、ルドラ様は無視出来ない。


「……オリビアと言うのは、母の事でしょうか?」


「さぁ? 誰の事でしょうね。ただ、わたくしはブラックジャスミンの花畑を見てみたいのよ。貴方と二人きりで」


 大きなため息を一つ溢し、ルドラ様が立ち上がる。


「分かりました、ブラックジャスミンの花畑へ向かいましょう」


「ふふ、ルドラ様。嬉しいわ」


「ふん! 私が想像する以上に、王妃様は強かな女性だったと」


「そうかしら? わたくしは、ただのお飾り王妃よ」


「そうでしたら、事が楽に進んだ」


「あらっ、物騒な発言。怖いわぁ」


 こちらをギロッと睨んだルドラ様が背を向け歩き出す。そして、その背を見つめ私も一歩を踏み出した。

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