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お飾り王妃、片鱗を見つける


「すまなかった。確かにティアナの言う通りだ。いつにない好機に浮かれていたようだ。貴方の立場を考えれば、ノートン伯爵家にもバレンシア公爵家にもつけ入る隙を与えるべきではない。直ぐに、脱出するぞ」


 立ち上がった陛下が手を差しのべる。その手に、手を重ねる事に躊躇いはなかった。


 少しずつ彼との関係も変わっていくのだろうか。


 そんな想いを胸に、力強い腕にひき寄せられ立ち上がれば、優しい目をした彼と視線がぶつかる。


 少しは期待していいのかな?


 愛される存在になれなくてもいい。ただ、レオ様とティナのような関係になれたら、それでいい。


「はい! 陛下」


「それでだな、出口の見当はついているが……、それにしてもすごい数のイーゼルだな。誰の部屋かは知らんが、隠し部屋の持ち主は、画家だったのか?」


「まぁ、わざわざ隠し部屋に画材を持ち込んでいるあたり、絵を描いていた事を秘密にしていたのでしょうね」


 所狭しと並べられたイーゼルに、無造作に置かれた筆や絵の具など画材の数々。壁に立て掛けられている絵画の数だけでも、ざっと見積もっても百近く有りそうだ。しかし、どれもホコリをかぶり長い間放置されていた事がわかる。


 この隠し部屋は、誰の部屋なのか?


 自身に与えられた部屋は、女性が好みそうなデザインの家具やカーテンが設てあった。元々の持ち主は女性であった可能性は高い。


 本宅からかなり離れた別邸にある隠し部屋だなんて、よっぽどこの部屋の持ち主は、絵を描いている事を知られたくなかったのだろう。


 ただ、不思議ではある。


 貴族女性の高尚な趣味のひとつに、絵画鑑賞は挙げられるのだ。もちろん、絵を趣味で描いているご婦人も沢山いる。つまらない夜会で、ご婦人方が誰それの絵画を買っただの、描いた絵を観に来いだの話に華を咲かせていたのを聴いていたので、間違いない。


 つまり、貴族女性が絵を描いていても、誰も咎めないし、蔑む事もない。隠す必要がないのだ。


 なのに、何故この部屋の持ち主は、隠れて絵を描いていたのだろうか?


 並べられたイーゼルには、全てに白い布がかけられている。まるで、描いた絵を誰にも見せたくなかったかのように。


「陛下。この部屋の持ち主は、いったいどんな絵を描いていたのでしょうね? こんな隠し部屋に籠って描かなければならない絵とは、何だったのでしょう」


 ゆっくりと背後を振り返り、一番近くのイーゼルへと近づき、白い布を掴んだ。


「……っ!!」


 全身に衝撃が走る。


 隠されていた絵画には、黒髪に美しい緑の瞳を持つオリビア様の立ち姿と、もう一人。椅子に座り、こちらを見つめる印象的な藍色の瞳を持つ女性が描かれている。


「……アリシア様」


 まさか、そんな事ってあるのだろうか?


 亡くなったオリビア様と大人になったアリシア様が一緒に描かれているだなんて。


「ティアナ! どうした!?」


 手当たり次第に白い布を剥がしていく私を見て、陛下が慌てて、駆け寄り手を掴む。


「どうしたと言うのだ、ティアナ」


 所狭しと並べられた絵、全てに描かれている女性。始めは、アリシア様かと思った。しかし、何枚も見て行けば、必然的にアリシア様との違いに気づく。


 絵に描かれた女性は、印象的な藍色の瞳はアリシア様とそっくりだが、髪色が違う。そして、今のアリシア様より大人びた印象を受ける。そして、私の知るオリビア様より若い時の姿が描かれた絵。


 アリシア様によく似た誰かと若く美しいオリビア様。


 脳裏に乳母の言葉が蘇る。


『お母様そっくりに成長されまして……』


 違和感が、確信へと変わっていく。


 アリシア様のお母様はいったい誰なのか?


「この女性は、いったい誰なのですか?アリシア様とは、幼馴染みでいらっしゃる陛下はご存知なのでは、ありませんか? この女性の正体を」


「この女性の正体か?まぁ、隠す事でもないだろう。バレンシア公爵の妹だ。確か、名はサーシャと言ったか。アリシアが生まれる前に死んでいる。元々、身体が弱くて殆ど社交界にも顔を出していなかったそうだからな、公爵に妹がいた事も知らん貴族が多いらしいぞ。俺も、肖像画でしか見た事がないな」


「公爵様の妹君ですか……」


 アリシア様とそっくりな女性。彼女の叔母にあたる女性なのだから、似ていてもおかしくはないが。


 あまりもアリシア様にそっくりな肖像画を見つめ、思案する。


 オリビア様は、アリシア様を産んで一年後にバレンシア公爵家へと嫁入りをした。なぜ、妊娠が発覚した時点で、バレンシア公爵は結婚しなかったのか? しかも出産後は、わざわざアリシア様をオリビア様から引き離し、バレンシア公爵家付きの乳母の家へ預けている。


 一年後に、オリビア様をバレンシア公爵家に嫁がせるのであれば、わざわざそんな周りくどい手段を取らず、妊娠が発覚した時点で結婚すれば良かったのだ。


 その方法を取らねばならなかった何か大きな事情があったとしか考えられない。


 考えが正しければ、その事情にバレンシア公爵の亡くなった妹君が関わっている。


 その事情を知っているのは――――


『バタンっ‼︎』


 大きな音と共に、差し込んできた明るい光に目を細める。


「ティアナ様!! ご無事でございますかぁぁ!!!!」


「……ルアンナ」


 こちらへと駆けて来る彼女は、イーゼルをなぎ倒し進む。


「ル、ルアンナ! ストップストップ!!」


 私しか目に入っていないであろう彼女に周りの状況は見えていない。陛下を押し退け、体当たりしたルアンナにギュウギュウと抱き締められ息が出来ない。


「くくく、苦し……死ぬ、死ぬ……」


「ティアナ様、ティアナ様、ティアナ様!!」


「……ほんとに、死ん…じゃ、う……」


 私の必死の叫びが届いたのか、締め付けが消えると同時に大量の酸素が肺へと入ってくる。


 た、助かったぁぁ。


「いい加減にしろ! ティアナが、死ぬだろうが」


 怒りの視線をルアンナに投げ、怒鳴る陛下を見て目が点になる。どうやら、ルアンナを私から引き剥がしたのは陛下らしい。


「誰のせいで、ティアナ様が危険な目に合ったと思っているのですか! こんな場所にお隠しになられるなんて最低です!」


 負けじと言い返すルアンナに、さらに目が点になる。


 いつの間に、二人はこんなに親しくなったのだ?


 王と侍女の言い合いを傍観しつつ、頭の中は疑問符でいっぱいだ。


「あぁ、陛下もルアンナさんもその位に。王妃様が困惑されてますよ」


「「……」」


 私の脳内を代弁するかのような声に、やっと我に返った二人に見つめられ、もう笑うしかない。


「はは……ははは……」


「ほら! 王妃様も困ってらっしゃる。陛下、行きますよ。そろそろ、痺れを切らしたあちら様が、貴方様を探してこちらに押し掛けて来る頃です」


「あぁ……」


 立ち上がった陛下が、側近に促され出口へと向かい歩いていく。


 あれは、確か側近のアルバート様か。


 あのひと声で、陛下をコントロールするあたり、かなり優秀な人材である。


「王妃様も、早めにお着替えを。情報では、今夜晩餐の席にルドラが現れるとか。その格好では、いらない弱味を見せる事になりますよ」


 アルバートの言葉に下を向けば、着ていたデイドレスはホコリで汚れている。きっと、顔も髪も酷い事になっているのだろう。


「まぁ! 大変!!  ティアナ様、早急に湯浴みを」


「えぇ……」


 今夜の晩餐にルドラが現れると。


 どうやら、彼も邪魔者を消すために動き出すようだ。


「アルバート、ありがとう。感謝するわ」


「いいえ。こちらこそ、申し訳ありませんでした。まさか、陛下が暴走するとは思いませんで。完全に制御しきれなかった、こちらの失態でございます」


「アルバート、それは言い過ぎだ」


 こちらを振り返り、深々と頭を下げるアルバートと、そんな彼を見て情け無い顔をする陛下の対比が面白い。


「ティアナ……」


 下を向きクスクスと笑う私の目の前には、陛下が立っていた。真剣な目をした陛下と目が合う。


「あまり無茶するなよ」


 言葉とともに頭に乗せられた手が滑り、髪を一房掴み、そして離れていく。


 一瞬の出来事に、鼓動が跳ね上がる。


「陛下……」


 アルバートを伴い、部屋から出て行く陛下を見つめ、温かな想いが胸に広がる。


 願わくば、彼との関係が変わって行きますようにと……

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