お飾り王妃、手紙をもらう
あらっ? この手紙……
毎朝の日課である、手紙の開封作業をお気に入りのソファに腰掛けしている時だった。
濃いブルーの封筒の表書きに書かれた文字を見つめ、眉間にシワが寄る。
流麗なタッチで記された『王妃の間の侍女様へ』という表書き。特に決めた訳ではないが、依頼の手紙にはいくつかの共通点があった。
ブルーの封筒で、表書きに『王妃の間の侍女様へ』と記す事。
恋の相談を王妃の間の誰が請け負っているのかわからない状況下で、編み出された依頼者側の苦肉の策が、いつの間にか広まり、今ではこの方法を使わないと取り継ぎ不可と思われているらしい。
自分的には、可愛い花柄の封筒だろうが、真っ白無地の封筒だろうが、何でもいいと思っているが、ルアンナ曰く、依頼の手紙と別の手紙を区別するのにちょうど良いのだとか。
手に持った手紙には、何も不審なところはない。
依頼の手紙の作法にのっとり、ブルーの封筒に表書きも他の手紙と全く同じである。ただ、頭のどこかで何かが引っかかる。
それに、何故かこの手紙だけ開封されていない。
本来であれば、私の手に渡る前にルアンナなり、侍女の皆さん達なりが、手紙を開封し内容を吟味した上で、私の手元に手紙を届けてくれる。
もちろん手に持った手紙以外は、全て開封済みで、テーブルの上に置かれていた。
王妃という立場上、お飾りといえども、危険とは常に隣り合わせの生活をしている。身の安全を確保するためにも、匿名での手紙には慎重にならざる負えない。
王妃の間での恋愛相談を受けると決めた時、ルアンナに手紙を精査する役目だけは譲れないと諭された。
彼女曰く、お飾りと言われようと王妃様に何かあれば国が荒れるのだとか。内心、大袈裟なぁ〜と思っていたが、侍女頭の立場であるが故に見える事もあるのだろう。
だから、この手紙が彼女達の目をすり抜けて、未開封のまま手元にあるのは、どう考えてもおかしい。
見落とした?
彼女達に限ってそれはない。
じゃあ、どうして未開封のままなのだ?
表書きの流麗な文字を見つめていると、唐突に思い出す。
この文字って……、ま、まさか……
ガバッとソファから立ち上がると慌ててチェストへと駆け寄る。
震える手を抑え、鍵つきの引き出しを開け中をガサゴソと漁る。こんな姿、ルアンナに見られたら、またお小言を言われかねないが、そんな事に構っていられる余裕などない。
まさか、まさか、まさか……
引き出しの一番奥に仕舞い込んだ古びた手紙を引っ張り出し、手に持ったブルーの封筒と見比べる。
やっぱり……
二つの手紙を見比べれば、見比べるほど筆跡が似ているように感じる。スペルのハネが丸くなる感じとか、文字の角が右上がりになるところだとか。少しクセのある文字を見つめ、鼓動が早くなる。
少し色褪せた手紙を見つめ、切なさで胸が締めつけられた。
とうの昔に封印したはずなのに……
「ティアナ様、どうされましたか?」
「ルアンナを呼んでもらえるかしら?」
「かしこまりました。少々お待ちくださいませ」
礼をして、侍女の間を退室して行く彼女を見送り、私室へと戻る。
窓際に置かれたソファへかけると、深い深いため息を吐き出し目を閉じた。
♢
「ルアンナ、この手紙の事だけど……」
「そちらの手紙が何か?」
私室へ入って来たルアンナに開口一番、手に持った手紙について聞いた訳だが、僅かに片眉を動かしただけで、無表情を取り繕った彼女を見てため息をこぼす。
すっとボケるつもりらしい。
「ルアンナ、貴方も気づいているのではなくって?この手紙の送り主が陛下かもしれないと」
「へ、陛下でございますか?」
「えぇ。侍女頭の貴方なら陛下の筆跡は見慣れているはずよね? 毎日目を通す膨大な書類の中には、陛下からの書簡もあるでしょうしね」
「いや、しかし……、その手紙が陛下からのモノだなんて、あまりにも突拍子過ぎると申しますか。あの陛下が恋愛相談など……」
まぁ、確かにあの無表情人間が恋愛相談などしてくるとは到底思えない。鉄仮面のように笑いもしない陛下が恋愛相談? 始めは、私だって有り得ないと思った。
しかし、あのちょっと笑える癖字は忘れようもなかった。王妃になってからは、とんと見る機会が減ったが、結婚する前はあの癖字を毎日のように眺めていたのだ。間違えるはずもない。
「では、なぜルアンナはこの手紙を未開封のまま私に届けたのかしら?優秀な貴方からは考えられないミスよね?」
「はぁぁ、そうですね。仕事の鬼の私でも、陛下からの手紙を勝手に開ける勇気はありませんわ。その筆跡、陛下のモノで間違いございません。全く、何故そんなモノをお出しになられたのか……、ところで、中身は拝見なされましたか?」
「いやぁぁ、それがね。怖すぎて一人じゃ、見れそうにないのよ」
「だから、私をお呼びになったのですか?」
「……まぁ、それもある。だって、だって怖いじゃない! あの無表情鉄仮面からの手紙よ。開けた瞬間、『殺す‼︎』とか書かれていたら恐怖で失神するかもしれないじゃない!」
「ティアナ様、それはないと思いますが。貴方さまが、見習い侍女ティナとして恋愛相談を請け負っていると気づいた可能性はありますね」
「えっ!? えぇぇぇぇ―――」
「えぇぇぇでは、ありません。聡く、賢い方ですから陛下は。最近のティアナ様の様子に何か違和感を覚えられたのかもしれません」
「うそぉぉ。どうしよう、どうしよう! 好き勝手した罪で殺されるの!? あの鉄仮面なら遣りかねないわ」
「落ち着いてくださいませ。とにかく、中を確かめましょう。対策はそれからです」
動転して、ルアンナに抱きついた私を冷静になだめた彼女は、シャキンッとペーパーナイフを取り出すと、ブルーの封筒をザクッと突き刺した。