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お飾り王妃、違和感に気づく


 手元に戻って来た星のカケラを見つめ、陛下とのやり取りを思い出す。


 久しぶりに呼び出された礼拝堂、扉を開け中へと足を踏み入れた私の靴音に気づいた陛下が立ち上がる。お決まりの騎士服に身を包み、こちらへと振り返った彼の笑みを見て、思わず足が止まりそうになった。


 陛下の周りに群がる令嬢達へと向けられる綺麗な笑みとは違う笑顔。自然に上がった口角と細められる瞳。破顔というに相応しい満面の笑みは、美しくはない。ただ、その笑顔が与える衝撃は想像以上だった。


 胸が苦しくなる。


 金色の台座に収まった青色の石は、複雑に歪んだ私の顔を映し出す。この石は、陛下から王妃へと贈られた物では決してない。侍女ティナへと贈られた物なのだ。


 王と王妃ではなく、近衛騎士と侍女の立場だったらどんなに心が救われただろうか。


 考えるのはやめよう……


 想いに蓋をするように、ペンダントトップを持ち上げ、胸元へと落とした。





「婆や!」


「おぉ、アリシア様! 久しゅうございますなぁ。こんなに立派な御人になられて」


 町外れにある簡素な一軒家を訪れた私達を出迎えてくれたのは、シワの刻まれた顔に涙を浮かべ喜ぶ老婆だった。


 それにしても、小さな家の前に二頭立ての馬車が二台並んでいるのは、なかなかの圧迫感だ。何処か目立たない所で、待機してもらった方が良いだろう。


 背後で控える近衛騎士に目配せを送れば、言いたい事は理解したようだ。すぐさま、乗って来た馬車は走り出し、姿を消した。


 何とも優秀な近衛騎士である。


 何事も無かったかのように、静かに佇む近衛騎士の名は、アルバート・エイデン。陛下直属の近衛騎士団をまとめる長、正真正銘の陛下の右腕たる人物が、一介の侍女の護衛をしている事が信じられない。


 陛下はいったい何を考えているのだ。自分が来れないからと言って、右腕を寄越すなど意味不明だ。


 今回の外出を態々、陛下参加の定例会議にぶち当てたのに全く意味がない。


 何故か陛下に漏れる侍女ティナの行動計画。


 まさか、侍女ティナの正体に気づいているなんて事は無いわよね?


 ある訳ないわね。


 もし、気づいているなら陛下が私に笑いかけるなんて事、有り得ないわ。


「ティナ様、こちらわたくしの乳母をしていたマリアですわ」


「ご挨拶が遅れまして申し訳ありません。わたくし、王宮で侍女をしておりますティナと申します」


 アリシア様の声で我に返ると、先ほどまでアリシア様と再会を喜んでいた老婆がこちらへと視線を向け、優しく微笑んでいるではないか。


 お飾り王妃と言われるようになってから、悪意のある笑みを向けられる事の方が多い私にとって、その陽だまりのような笑みは、心を温かくしてくれる。


「これはこれは、王宮の侍女様とは! こんな町外れにまでお越しくださるなんて、わたくしはどうしたら良いか」


「あっ、マリア様。お気になさらずに。王宮の侍女ではありますが、下働きの下級侍女ゆえ、身分は皆様と大して変わりございません。町娘だと思い、接して下さると嬉しいです」


「アリシア様、素敵なお嬢さんと親しくなられて、婆やは嬉しゅうございます」


「もう、マリアったら! それ以上泣かないで。ほらっ、ティナ様も困ってしまいます」


「しかし、お嬢様。わたくしは、嬉しくて嬉しくて……」


 一向に終わらない押し問答に痺れを切らしたアリシア様の困った叫び声で、ようやく私は室内へと招き入れらたのだった。





「まぁ! オリビア様は、剣術まで嗜んでいらっしゃったのですか?」


「はい。腕前も、中々のものでしたよ。オリビア様は、あくまでも護身目的と仰られ、ひけらかす事は有りませんでしたが、いつだったか反抗的な使用人と模擬試合を行った事がございましたの」


「ほぉ、模擬試合を。アリシア様にお聞きしましたが、結婚当初のオリビア様の立場は大変なものだったと」


「えぇ。ルドラ様をお連れになっての嫁入りでございましたから、使用人の中には、オリビア様を蔑み反抗的な者もおりました。旦那様の態度もそれに拍車をかけたと申しますか、嫁いで来られたばかりの頃は、大変な苦労もなされたと思います」


「公爵様は、オリビア様を庇われたり、助けたりはなさらなかったのですか? 政略結婚が当たり前の貴族社会と言えども、新妻の立場を慮るのは夫として最低限のマナーではありませんの?」


 あの陛下ですら、王妃の周りに仕える者の人選は手を抜かなかった。アリシア様との仲を引き裂いた憎っくき王妃と恨んでいても、身の回りの世話をする侍女は優秀な人材を充分に用意して下さったし、王宮に仕える者から蔑みの目を向けられる事は無かった。


「オリビア様の嫁入りには、特殊な事情があったと申しますか……」


「特殊な事情ですか?」


「……いえ、何でもございません。公爵様もお忙しい方ですから。オリビア様も、持ち前の明るさと豪胆な性格が功を奏したのか、一年余りで公爵家を取り仕切るまでに成長されました。お亡くなりになるまでの数年間は、バレンシア公爵家にとっても良き時代でした。サーシャ様がお亡くなりになられて、暗く沈んでいた公爵家を明るく照らしてくださった。良い意味で、公爵家をかき乱して下さいましたから」


 昔を懐かしむように細められた瞳に涙が浮かんでいる。マリア様にとっても、オリビア様との思い出は大切なモノなのだろう。


「マリア様、つかぬ事をお伺いしますが、オリビア様は病気でお亡くなりになられたので間違いございませんか? わたくし、不思議でなりませんの。馬術も剣術も嗜む、活発な女性が病死するなんて。オリビア様は、何か持病がお有りだったのかしら?」


「いいえ。持病をお持ちなどと、聞いた事はございません。オリビア様が亡くなられた日は、実家に帰っておりまして、急死の一報に慌てて戻った時には既に葬儀が終わっている状況でして、わたくしも詳しい状況は分からず仕舞いでした。あんなに元気だったオリビア様が急死するなど、信じられずしばらく落ち込んでおりましたが、その後、夫婦諸共解雇されてしまいそれっきりです。ティナ様も、オリビア様の死に疑問をお持ちなのですね?」


「はい。あまりにも不自然ですから。些細な事で結構ですから、当時何か引っかかるような出来事は有りませんでしたか?」


「引っかかるような出来事ですか? 関係あるかは、分かりませんが、オリビア様の死に初めに気づいたメイドが言っていたのです。赤みを帯びた美しいお顔で眠ってらしたから、死んでいるなんて始め気づかなかったと」


「赤みを帯びた顔ですか……」


 この証言だけでは、事件性があるかどうかは判断出来ない。ただ、死人の顔が赤味を帯びるなど聞いた事はない。大抵は、血の気の失せた真っ白な顔をしているものではないだろうか?


 調べてみる必要はありそうだ。


「それ以外には、何か気になる事はございませんでしたか?」


「わたくしも昔の事ゆえ、これ以上は……」


「そうですか。また、何か思い出しましたらアリシア様を通じてお伝えくださると助かります」


 アリシア様とマリア様との和やかな時間は過ぎて行き、あっという間に夕刻となっていた。


「マリア様、楽しいお話をありがとうございました。おかげで、有意義な時間を過ごす事が出来ました」


「こちらこそ、楽しい時間をありがとうございました。また、気兼ねなくアリシア様と一緒にお越しくださいね」


 挨拶を終えると、アリシア様とマリア様が別れを惜しむかのように抱擁を交わす。


「アリシア様……、婆やは、嬉しゅうございます。本当に、別れが惜しい。こんなに美しく立派に成長なされて。お母様にそっくりでございますよ」


「婆や、それは本当ですか!? わたくし、ずっと気にしてましたの。お母様の肖像画を見る度に、似ていないと。この髪はお父様譲りの金髪、瞳の色も藍色ですもの」


「いえいえ、そんな事はございませんよ。確かにお髪は公爵様譲りですけど、面差しはお母様そっくりでございます。特に、その美しい瞳などそっくりでございます。深く澄んだ藍色、とてもお綺麗でございます」


「……?」


 瞳がオリビア様、そっくり?


 確か、オリビア様の瞳は緑色。それも、黒髪に緑色の瞳は、とても印象的だった。あんなに印象的な瞳の色を持つオリビア様と藍色の瞳を持つアリシア様。赤の他人が観たら、瞳だけを見てそっくりと言うだろうか?


 言葉のアヤだろうか?


 感極まって抱擁を交わしているアリシア様は、マリア様の言葉の違和感に気づいていない。


『アリシア様は、公爵様が愛人との間に作った子供』


 噂話が脳裏をかすめる。


 バレンシア公爵家の闇は深い……


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