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お飾り王妃、プレゼントに戸惑う


 心躍る音楽が鳴り響き、焚き火の周りをうら若き男女が手を繋ぎ、腕を組み踊り狂う。そんな輪の中に、放り込まれたひと組みの男女もまた、自身の立場も身分も忘れクルクルと躍る。


「レオ様! なんだか楽しかったですね」


「あぁ。こんなダンスも市井にはあるのだな。ステップもあったもんじゃないが、楽しい」


「えぇ。心躍るというか。焚き火の周りをクルクル回っていただけなんですけどね」


 様々な仮想をした人達が焚き火を囲み、簡単なステップを踏みながら回る。曲調が変わる度に、男性は前へ、女性は後ろへとパートナーを変えながら躍るダンスはある意味、男女の出会いの場にもなっているのだろうか。一周まわり、レオ様の元へ戻って来る間に何人かに声をかけられた。


 私もまだまだ捨てたもんじゃないと思いたいが、きっとこの侍女服にそそられたのだろう。


「そんな事より、ティナ。男共に声をかけられていなかったか?」


「声ですか? あぁ、この侍女服が物珍しかっただけじゃないですかねぇ」


 着ている侍女服は、王宮御用達の品だけあって、凝った作りの物だ。エプロンの縁を彩る刺繍にしても職人技が光っている。見る人が見れば、興味をそそられて当然だ。声をかけて来た男達も、着ている衣装をやたら褒めちぎっていた。


「そんな訳あるか! まったく。お前が可愛いから声をかけたに決まっているだろうが」


「かかか、可愛いい!?」


 へへ、陛下。どうしちゃったのぉぉ……


 仏頂面がデフォルトの陛下にあるまじき言動に、先程から振り回されている感が否めない。


「はは…ははは。レオ様、何言っているんですか! 冗談キツイですよ」


「冗談なものか! 俺が睨みを効かせてなければ、あっという間に他の男に掻っ攫われるわ」


「掻っ攫われる!? まさかぁ。それこそあり得ませんよ。レオ様こそ、たくさんの女の人から熱い視線を送られていたくせに。ほらっ、今だってチラチラこちらを伺ってる女性がいますよ」


「そんな訳あるか。俺の顔が怖いのは自分が一番分かっている。そのせいで、想い人にも避けられているしな」


 想い人に避けられている?


 はて、おかしいな。アリシア様は、陛下の幼なじみだ。

 あのデフォルトの仏頂面を今さら怖がる訳がないのだけど……


「まぁ、いい。ここに居るのも面倒事に巻き込まれそうだし、行くぞ」


「えっ!? 行くってどこに?」


「二人になれるところなら何処だっていい」


「えっ……、えぇぇ!!」


 私の手を握り歩き出した陛下に連れられ歩くうちに頭に浮かんだ疑問は消え去っていた。


 道端に並んだ露店の間を縫うように歩いて行くと、一軒の店が目についた。軒先に並べられた色とりどりのランタンの灯りが何とも不思議な雰囲気を醸し出している。


「レオ様、あのお店寄ってもいいですか?」


「あぁ」


 ステンドグラスがはめられた扉を開け中へと入れば、凝った作りのランプに、可愛らしいお顔のドール、ヘンテコな形の置物に、キラキラと輝く石やアクセサリーと様々な品物が所狭しと乱雑に並べられている。雑多な雰囲気の店内は、規則性がなくどれが売り物かもよく分からないが、目に楽しい。


 狭い店内をキョロキョロしながら見て回っていた私は、七色の羽を持つ鳥の人形に引き寄せられていた。


「綺麗……」


 錆びた真鍮のチェーンと台座に青色の石が填められた首飾り。その古びた首飾りは、一見すると七色の羽を持つ鳥の人形の方に目がいき、とても存在感が薄い。ただ、なぜか青色の石の煌めきに目が吸い寄せられる。


 首飾りを手に取り、青色の石を見つめる。


 深く深く澄んだ青の中に銀色に輝く星の雫が見える。じっくり眺めれば眺めるほど、その星の雫が七色に光っているような錯覚すら覚える。


「お嬢さん、お目が高い。その青色の石は、とても希少な物なのですよ」


 声がした方へと顔を向ければ、腰の曲がった老婆がすぐ側に立っていた。


「えっと、こちらのお店の店主の方ですか?」


「あぁ」


「あっ! すみません。勝手に品物を手に取ってしまい」


「いいんですよ。久々のお客様なもんでね、こちらこそ驚かせてしまったよ。まぁ、そんな事よりその首飾りを気に入ってくれたようなんでね、ひとつ良い事を教えてあげよう」


「良い事?」


「あぁ。その青い石をよーく見てごらん。石の中に星の雫が見えるだろう?」


「はい。とても綺麗ですね。なんだか見方によっては七色に輝いているような」


「そうかい、そうかい、お嬢さんにはその星の雫が、七色に見えるのかい。やはり伝説は本当だったんだね。わしには見えなんだ」


「伝説?」


「あぁ、いいんだよ。独り言だ。その石はね、星のカケラと言われている希少な石なんだ。昔は、ここら辺の山でも採れたが、今じゃまずお目にかかる事はない。まぁ、昔も宝石より希少な代物だったから、王家への献上品になったり、高額で取り引きされていたがね」


 そんな希少な石が何故、こんな片田舎の町の雑貨屋に置かれているのだろう? それも無造作に。


 たぶん、偽物なのだろう。でなければ、模造品。


 店主も言っていたではないか。昔、ここら辺の山で採れた石だと。この地域のお土産品か何かだろう。でなければ、希少な石がこんな錆びついた台座にはめられている筈がない。


「しかも、その青い石は持ち主に幸運をもたらすと言われている」


「幸運ですか?」


「あぁ。まぁ、幸運をもたらすと言うより、魔除けの意味合いが強いがね。言い伝えによると、その石は、持ち主の命を救う『色変わりの石』と言われているんだよ。だからこそ、王家に献上されたとも言われている」


「それは、とても興味深いですね。ただ、どうしてそんな希少な石を誰にでも手の届く場所に置いてあるのですか?」


「何、単純な話さ。それは、土産物だからね。お客さんに買ってもらわねば、ワシも食っていけん。ただね、模造品といえども、なかなかの逸品である事は間違いない。お嬢さんの首元を飾るには十分な品だよ。気に入ってくれたようだし、買っていかんかね?」


 やはり、この首飾りは模造品なのか。それなら、私でも買えるかもしれない。


「そうですね。とても素敵な首飾りですし、買いたいのは山々なのですが、持ち合わせが少なく……」


「店主、言い値で買おう。これで、足りるか?」


「えっ!? レオ様?」


 ポケットに忍ばせていたお金を出そうとしていた私の手が止まる。


 ずっと黙って成り行きを見ていた陛下が、突然割って入って来たのだ。


「おぉ。こんなにお支払い頂けると!」


「レオ様! 貴方様にお支払い頂く訳には参りませんわ」


「いや、俺からのプレゼントだ」


「はっ? プレゼント? それこそ、貰う理由がありません」


「ティナには、世話になっているしな。お礼も兼ねてだ。ここは、有り難くもらっておけ」


「でも……」


「まぁまぁ、お嬢さん。男性からの好意は有り難く貰っておくものですよ。それにほらっ! そっぽを向いているが、耳が赤くなっている。彼の精一杯の好意を無碍にするもんじゃない」


 こそっと店主に耳打ちされ、陛下を見上げれば確かにほんのり耳が赤くなっているように見える。


 そういえば陛下は、好意を上手く表に出せない人だった。そのせいで、好きな相手とギクシャクしてしまったと言っていたではないか。


 不器用な人……


 レオ様に扮した陛下と接していくうちに、彼への印象も変わっていった。この人は、感情を面に出せない不器用な人なんだと。そのせいで、勘違いされ、誤解され、恐れられている。畏怖の対象として見られるのは、為政者として必要な事だろう。ただ、身近な人にまで恐れられる日々は、心休まる時がない事を意味している。そんな毎日を過ごして来た陛下の心情を思うと胸が痛くなる。


 たとえ愛されていなくとも、妻として彼に寄り添う努力をしていたら、彼との関係も変わっていたかもしれない。


 愛がなくとも、彼の心に寄り添う友のような関係へと。


「レオ様、ありがとうございます。とても、嬉しいです。大切にしますね」


 今からでも遅くはないのかな……


 手に持った首飾りを胸に抱き、レオ様を見つめ心からの礼をする。


 見上げた先の彼の顔は、照れたように紅に染まっていた。

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