お飾り王妃、不覚にもトキめく
一向に動かない馬車に時間だけが過ぎて行く。
「ティナ。御者に状況を聞いて来る」
「えっ? レオ様はこちらに。わたくしが聞いて参りますから」
陛下を危険な外へ行かせる訳にはいかない。暴漢にでも襲われたら、それこそ国に激震が走る。
「いいや、護衛対象を外へ行かせる訳には行かんだろう。まぁ、お前一人なら余裕で守れるがな」
「へっ? えっ、えっと……」
陛下の言動にアワアワしている間に扉を開け、さっさと外へ出て行ってしまう。
なんなのよぉ、最後の捨て台詞は……
顔に熱が溜まっていき、焦りだけが募っていく。
「ティナ、どうやら少し先の町で星祭りをやっているようだ」
「星祭りですか?」
アルザス王国ではメジャーな祭りの一つだ。地方の町や村では年に一度『星祭り』という名の豊穣を願う祭りが執り行われる。平民の間で浸透した祭りで、確かルザンヌ侯爵領でも春先に行われていた。
「あぁ。その関係で混雑しているようだ。当分馬車も動かんだろうし、ここに居てもつまらんな。よし、行くぞ!」
「はっ!? 行くって、どこへ?」
「星祭りに決まっているだろう」
「いやいや、ダメに決まってるでしょ!」
仮にも貴方様は、この国の王様なんですが!
「つべこべ言うな。さぁ、行くぞ!」
差し出された手を見つめ逡巡していると、焦れたのかエプロンドレスの前で握っていた手を掴まれ引っ張られていた。
「うっわぁぁ!!」
引っ張られた反動でバランスを崩した私の身体は、勢いのまま馬車を飛び出し、陛下の腕の中へとダイブしていた。
心臓の鼓動がドキドキドキドキと速くなっていく。
これは、不慮の事故だ。いきなり引っ張られて驚いただけ。
そんな事でも考えていなければ、陛下に抱き止められている今の状況に対処出来ない。
「ティナ、大丈夫か?」
「だだ、大丈夫です」
何とか体勢を整え、陛下の腕の中から逃げようと試みるが、腰に回された腕にガッチリ拘束されていて、それも叶わない。
「レ、レオ様! もう大丈夫ですから! 離して下さって大丈夫です」
「いや、まだフラついているぞ」
「いいえ、本当に大丈夫ですから!」
不毛な押し問答が続き、いい加減キレそうになった時、バンッという音と共に夜空に花火が上がる。
「綺麗……」
「星祭りに行くのだったな」
気づいた時には、陛下に手を引かれ走っていた。
誰の目も気にせず走ったのはいつぶりだろう……
前を走る大きな背中を見つめ、野山を駆け回っていた子供の頃を思い出し、懐かしさに胸が締めつけられる。
私は陛下と、こんな関係になりたかったのかもしれない。
切なさと同時に感じた温かな想いを胸に、繋いだ手をギュッと握り返した。
♢
「レオ様、あっちの屋台に行ってみましょう!」
「おい、待てって」
花火の打ち上げと同時に始まった星祭りは想像以上に賑わっていた。町のメイン通りに並んだ屋台からは、店主の活気あるかけ声が上がっている。
花屋に、菓子屋。アクセサリーショップからおもちゃ屋まで、趣向を凝らした屋台が並ぶ中、やはり人を集めているのは、食べ物の屋台だろう。先ほどから、食欲をそそる美味しそうな匂いが、あちらこちらから漂ってくる。
「レオ様、レオ様。アレは何ですの!? 棒に刺さった大きな肉がクルクル回っておりますわ」
「おいおい、まだ食う気か? 今だって、片手にリンゴ飴、反対の手に肉の刺さった串を握っている状態だぞ」
「問題ありません。ほらっ! まだ、空いてますわ。レオ様の手が」
「いや……はぁ、もういい。好きなだけ食え」
ニパッと笑みを浮かべた私の顔を見て諦めたのか、目の前の陛下は額に手を当て盛大なため息をついている。
私の勝ちだ。星祭りに誘ったのは陛下だ。好きなだけ食べて良いと言質も取った事だし、思いっきり楽しまねば損だ。
いつの間にか、ギクシャクとした雰囲気は消えていた。
「それより、そのリンゴ飴、寄越せ」
「ちょっと、あぁぁ。それは私のデザートです!」
右手に握っていたリンゴ飴を横取りされ、抗議の声をあげた私の宙を舞った手が握られる。
「リンゴ飴など取ったりしない。このままだとはぐれるだろうが!」
「えっ!? あっ……」
握られた右手が熱い。先を歩く陛下の顔も心なしか赤くなっているように見える。
きっと、気のせいね……
屋台の灯りが見せる幻想だ。陛下が、なんだか可愛く見えるなんて、あり得ない。
「レオ様! 広場に人が集まっているようですよ。行ってみましょ」
心に宿った不思議な感覚を無視し、前を歩く陛下を追い越し、駆けて行く。
繋がった右手を解く事はせずに。




