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お飾り王妃、勘違いを加速させる


「アリシア様、ルドラ様とはオリビア様の死についてお話しされた事はありませんの?」


「はい。一度、聞いた事はあったのですが……。兄は、母の事を恨んでいるのだと思います」


「恨んでいる? えっと、ルドラ様はオリビア様の実子でいらっしゃいますよね。恨んでいるとは、またどうして」


「わたくしにも理由は分かりません。ただ、兄の言動は母を恨んでいるとしか思えない。わたくしが母の死に疑問を持った時、死に際の母の様子を聞いた事がありました。『母の事は忘れろ』とだけ、言い捨て立ち去る兄の背は震えているように見えました。あの時の兄は、怒りの感情を必至で抑えていたのだと思うのです」


 オリビア様がご健全の頃は、親子仲は悪くなかったとアリシア様は言っていた。ルドラ様が母親を憎むようになったのは、オリビア様が亡くなられて以降。


 運命とは、時に残酷なさだめを人に背負わせる。


 オリビア様が死ななければ、バレンシア公爵家には今でも幸せな時が流れていたのかもしれない。


 ミーシャ様が後妻に入る事もなく、ルドラ様もアリシア様も辛い日々を送る未来もなかっただろう。そして、ルドラ様がアリシア様を愛する事もなかった。


 アリシア様を愛したところで報われない運命。


 愛が深ければ深いほど、アリシア様との血の繋がりを憎んだことだろう。そして、過酷な運命へと兄妹を落とした母を恨んだ事だろう。


 亡者にしか憎しみをぶつけられなかったルドラ様の想いが胸を締めつける。


「運命とは、時に残酷です。まだ幼かったルドラ様にとって、母君の死は受け入れ難いほどの苦難を与えたのでしょう」


「そうですね。兄はわたくしを庇うのに必死でしたから。母が亡くなって以降、私の味方は兄しかいませんでした。わたくしにとっては、兄が全てでした。それは今でも変わりません。だからこそ、兄をあの家へ一人残して行く事は出来ないのです」


 愛し愛され、相手を想い、すれ違っていく。


 この兄妹をどうにか助けたいと思うが、血の繋がりばかりはどうにも出来ない。私に出来るのは、バレンシア公爵家の闇を暴き、アリシア様の憂いを少しでも取り除く事だ。さすれば、彼女の気持ちも少しずつ変わって行くかもしれない。兄への不毛な愛を捨て、明るい未来へと。


「アリシア様。では、ルドラ様にオリビア様の事を聞くのは無理として、当時を知る使用人の方とは連絡が取れませんか?」


「今でも手紙のやり取りをしているのは、乳母だけです」


「乳母というのは、一時預けられていた家の夫人ですか?」


「ティナ様はご存知なのですね。わたくしの乳母は、バレンシア公爵家の執事をしていた男の妻です。生まれてすぐ、乳母の家に預けられましたので、わたくしにとっては、第二の母のような存在です。公爵家に戻されてからも侍女として、母が亡くなるまで、わたくしの側に居てくれました」


「その方とお話しさせて頂く事は出来ますか?」


「しばらく会っておりませんが連絡を取ってみます」





 すっかり暗くなってしまったわね。


 アリシア様を見送り、外へと出ると辺りは夕闇に包まれていた。急ぎ、乗って来た馬車へと向かい扉を開けると、案の定レオン陛下が腕を組み座っているではないか。


「レオ様、遅くなりまして申し訳ありません。暗くなりましたし、先にお帰り頂いてもよろしかったのに」


「何を言う。俺は、ティナの護衛を陛下から仰せつかっているのだぞ。先に帰る訳ないだろう!」


 はいはい。その猿芝居をこのままお続けになられるのですね、陛下。なら私も付き合う他ない。


「そうでしたね。レオン陛下の勅命でした。では、直ぐに帰りましょう」


 陛下の帰りが遅いと気に病んでいるであろう側近の方達のためにも、さっさと帰るべきだ。


 向かいの席へと腰掛けるとゆっくりと馬車が動き出した。


 ガラガラと響く車輪の音が耳につくほどの静けさが車内を包む。


 アリシア様との密会を済ませ、館を馬車が出発してから、どれくらいの時間が過ぎただろう?


 窓のない車内では、外の様子も分からず時間の間隔が麻痺してくる。しかも、先程から目を瞑り沈黙を保つ彼の存在が気になり過ぎて落ち着かない。


 アリシア様との会話を何処ぞで盗み聞いていたであろう陛下は、今何を考えているのか?


 少なからずショックを受けているに違いない。


 やっと愛する女性との婚約が決まり有頂天になっていた陛下にとって、アリシア様の告白は衝撃的過ぎる。


 陛下とは結婚したくないだもんなぁ……


「レオ様。アリシア様との会話は、陛下へお伝えするおつもりですか?」


「アリシアが話していた内容か?俺は、お前の護衛についていただけで何も聴いていないが」


 嘘ばっかり。聴こえていない訳がない。


「では、聴こえていなかったとして。ここには侍女と近衛騎士様しかおりません。ここでの会話は二人だけの秘密です」


「ほぉう。二人だけの秘密と」


「はい。ですので、レオ様の率直な意見を聞きとうございます。アリシア様のお話、どう思われましたか?」


「どうと言われてもなぁぁ。難しい問題だとしか言えんだろう。ルドラが次期公爵になるには、法律を変える以外はないしな。俺も世襲制の意味の無さは十分に理解しているが、頭の固いジジイ共が上層に居座っている段階では法律を変えるのは難しい。だとすると、アリシアの希望を叶えるのは至難の技と言えよう。あとは、バレンシア公爵家の闇を暴く事くらいしか出来る事はないな」


 やはり法律を変えてまで、アリシア様の憂いを払う事はしないか。まぁ、アリシア様が側妃候補になった時点で、陛下にとっては彼女を手に入れたも当然だ。たとえ、彼女の心が陛下にないと知っても、強引に手に入れる事は可能だ。危惧する最悪な方向へと話が進んでいるようで嫌になる。


「では、仮にの話を致しますが、レオ様にも愛する女性がいらっしゃいますよね。その方には、他に愛する男性がいるとします」


「はっ!? お前には、愛する男がいるのか⁈」


 慌てた様子で身を乗り出したレオ様に掴まれた肩が痛い。


「はぁ?? レオ様、落ち着いてください。仮にのお話です。貴方様の愛する女性に、他に想い人がいるかなんて知りません。もう! 最後まで話を聞いてください」


「あぁぁ、すまん」


 やっと離してくれた肩を摩り、深いため息をつく。


 貴方の愛するアリシア様は、ルドラ様を愛していますけどね。


 そんな分かりきった事、毛頭教えるつもりはない。あとで知って、思い悩めばよろしい。


「続きを話してもよろしいですか? もし仮に、その愛する女性が、自身の気持ちを隠して、仕方なくレオ様と婚約する事になったとします。もし、レオ様がその事実に気づいたら、貴方様はどうされますか? それを知ってなお、強引に手に入れようとなさりますか?」


「わからん。ただ、諦める選択だけはしない。歩み寄る努力はするだろう。彼女の気持ちを聞き、歩み寄る努力をして来なかったからこそ、今の不毛な関係に陥ってしまったんだ。同じ過ちは繰り返さない」


「強引に手に入れる事で、愛する女性が不幸になるとは思いませんの?」


 無表情だった陛下の顔が僅かに歪む。


「確かに不幸にするかもしれない。ただ、諦める選択だけは出来ない」


「そうですか……」


 近い将来、身を挺して陛下の暴挙を止めねばならない時が来る。


 お飾り王妃と言えども、この国の王妃なのだ。


 王妃として、そして陛下の妻として、不幸な女性をこれ以上増やす訳にはいかない。


 ただの偽善だ……


 胸に巣食うモヤモヤは果たして誰に対する嫉妬なのだろうか?

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