お飾り王妃、変な護衛がつく
「レオ様、なぜ貴方様が馬車に乗っているのですか?」
「お前の護衛だ」
「はっ!?」
アリシア様にもう一度会うため、侍女ティナに扮しお忍びで街へと向かおうとしていた私は、王宮の門扉の横につけた馬車に乗り込み単純に驚いていた。
なぜレオ様に扮した陛下が馬車に乗っているのだ?
窓すらない車内で腕を組み、板張りの座面に座っているのは間違いなく陛下だ。ただ、どうしてこんな状況になったのか意味不明だ。
私がお忍びでアリシア様に会いに行く事を知っているのは、王妃の間の侍女だけだ。
「えっと、レオ様。誰の指示かは知りませんが、侍女如きに護衛はいりません。それに、街へと少し買い物に出るだけですから」
「そう言っても、最近命を狙われたばかりではないか。それに、俺は陛下から直々にお前の護衛につくように言われたんだ。陛下の勅命を一介の近衛騎士が断る事など出来んだろう」
くっそぉぉ。自分の正体がバレていないと思って……
陛下の名前を出されては、拒否も出来ない。
中身がレオン陛下と王妃ティアナだとしても、実際に顔を合わせているのは、近衛騎士と侍女に扮した二人だ。お互いの正体が分かっていない程では、陛下の名前を出されたら配下である者は従わねばならない。それは王妃付き侍女であろうと変わらない。
「わかりました。陛下の勅命なら仕方ないですね。ただ、お約束ください。何が起ころうとも口出しはしない。そして、私がお会いする方には姿を見せないと」
「お前の命が危険だと判断しない限りは、約束は守ろう。それで、いいか?」
「仕方ないですね。どうせ私が何を言ってもついて来るのでしょうから」
あとは自己責任だ。アリシア様の本心を聞き、レオン陛下がどう動くかが気がかりではあるが、いずれは知る事となる。それが、早いか遅いかの違いなだけだ。
アリシア様の本心を知ってもなお、彼女の気持ちを無視して強硬手段に出るようであれば、王妃として責任を負わねばならない。
お飾り王妃と言えども、レオン陛下の妻なのだ。
暴走した彼を止められるかは分からないが、唯一陛下へと意見出来る立場として、死ぬ覚悟を持って進言せねばならない。それが王妃としての責任である。
そうならない事を切に願う。
♢
「アリシア様、本日はこんな辺鄙なところまでお越し頂きありがとうございます」
「いいえ。こうしてまたティナ様にお会い出来た事嬉しく思います」
「アリシア様、申し訳ありませんが時間もない事ですし、本題に入らせて頂いてもよろしいでしょうか?」
「お手紙で書かれていた件ですね。王妃様の名代でお会いしたいとの事でしたが」
「はい。王妃様にお渡しされたブローチの事です。いいえ、ブローチが鍵となる小箱と言った方が正しいですね」
「王妃様は、お手紙を読まれたのですね?」
「はい。しかし、内容をお読みになられて疑問をお持ちになりました。アリシア様はなぜ、当たり前の事を手紙に書かれたのか?バレンシア公爵家の者達に気をつけろだなんて、当事者であれば誰でも分かる事です。わざわざ、教える必要もないと。しかも、あんな手の込んだ方法まで使い。ですから、バレンシア公爵家に関して調べさせて頂きました」
背筋をピンっと伸ばし、張り詰めた空気感をまとい椅子にかけていたアリシア様の雰囲気が柔らかいものへと変わる。
「やはり、王妃様はわたくしが想像した通りの御方でしたわ。お飾りなんてとんでもない。理知的で、周りの状況を全て理解なさっている。あの手紙だけで、わたくしの意図を正確に理解して下さった。そうです、わたくしは王妃様にバレンシア公爵家の闇を暴いてもらいたかった。身勝手な願いだと言う事は重々承知しております。ただ、今のわたくしの力ではどうする事も出来ないのです。次期公爵と言えども、今は何の権限もない身。父や兄の意向に逆らい続ける事は出来ません」
「やはり、アリシア様がバレンシア公爵家の跡取りでしたか。では、ルドラ様と公爵様の血の繋がりはないと言う事ですね」
あの報告書に書かれていた事は真実だった。
「ルドラ様は、亡くなられたオリビア様の連れ子なんですね。だから、バレンシア公爵家の跡取りになれない。もし、アリシア様が陛下に嫁げば、跡取りの座は、アンドレ様へと渡る。後妻ミーシャ様の天下という訳ですか」
「はい。そんな事になればバレンシア公爵家は終わりです。母が愛した公爵家も何もかも消え去ってしまう」
「そうですか。ただ、不思議なのです。国の宰相を務めるほど優秀なバレンシア公爵様が、ミーシャ様の暴走を野放しにするとは思えないのです」
「父は、バレンシア公爵家がどうなろうと関係ないのです。いいえ、家族にすら興味がない。血を分けた子供がどんな扱いを受けようが、何も思わない。公爵家の内情は、後妻が取り仕切り悲惨な状況であるにも関わらずです」
「バレンシア公爵様は、子を蔑ろにするほどミーシャ様に溺れていると?」
「いいえ、違います。父は……、わたくしには、父の気持ちがわかりません。あの人は、夢の世界の住人なのです。自身の描く夢の中でしか生きられない可哀想な人。だから、同じ夢の中の住人しか愛せない。現実世界にいる本物の家族の事などどうでも良いのです」
暗い目をして俯くアリシア様の胸の内は、私が想像する以上に複雑なものなのだろう。
バレンシア公爵家の闇は深い。それを暴かねば、本当の意味での解決にはならない。
「アリシア様のお気持ちは分かりました。わたくしが、どこまで協力出来るかは分かりませんが、王妃様へのお取り次ぎはお約束致します」
「ありがとうございます、ティナ様」
暗く沈んでいた瞳に、僅かに光が宿る。
「ただ、側妃問題に関しては、陛下の裁量が大きく関わります。王妃様の力では、アリシア様を側妃から外す事は難しいでしょう。一度、陛下ときちんとお話しされる事をお勧め致します。陛下も人の子です。バレンシア公爵家の内情を知れば無碍にはしないと思います。アリシア様のお気持ちを知ってなお、無理強いをなさるようなら、きっと王妃様が動いてくださいます。王妃様は、ご自身のなさるべき事をきちんとなさる方ですから」
「そうですね。わたくしも動かねばなりませんね。自身の家の事です。人様の力ばかり借りていては、跡継ぎとして立つ瀬がありませんわ」
「アリシア様、その意気です」
暗く沈んでいた表情に生気が戻り、瞳に光が宿る。
アリシア様はきっと大丈夫。様々な困難に立ち向かって行けるだろう。
あとの問題は、どこぞに隠れて聞き耳を立てている陛下だ。アリシア様の話を聞き、どう動くか。
彼女の立場を理解し、その上で彼女の心に寄り添う事が出来るなら、きっとアリシア様の気持ちも変わる。不毛な愛に終止符を打ち、陛下と歩む未来もあり得るだろう。
願わくは、アリシア様の気持ちに寄り添い、良い方向へと導いて下さる未来が来れば……
そっと心の中で手を合わせた。




