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お飾り王妃、逆鱗にふれる


「ティアナ様! 当分の間、勝手な行動は許しませんからね。貴方様のせいで、わたくしの命はいくつあっても足りません!!」


「ルアンナ、落ち着いて落ち着いて」


「何が落ち着いてですか!! わたくしは至って冷静です! ティアナ様に散々振り回されて、修羅場も潜り抜けて来ました。並大抵の精神力では、やって行けませんからね!」


「修羅場!? そんな大袈裟なぁ」


「大袈裟なんかじゃ有りません。今日だって」


「あぁぁぁ、ルアンナ! ごめんなさい。もうしません」


 機密文書保管庫から無事帰還した私を待っていたのは、鬼のような形相をしたルアンナだった。


 両手に沢山の資料を抱え王妃の間の扉を開けた瞬間、仁王立ちして待つルアンナと目が合い、思わず叫びそうになった。


 怒り心頭のルアンナからの説教は続く。


 彼女と入れ替わった後、何が起こったかはわからない。ただ、機密文書保管庫へ陛下が現れたタイミングとルアンナの様子から、大変な事件が起こったと考えている。


「ルアンナ、あのね。私と入れ替わった後、陛下と何かあったの?」


「何もございません。出席された貴族の方々に、入れ替わりがバレた訳でもありませんので、ご安心を。ただ、もうあんな思いをするのは懲り懲りです」


 彼女は、今日起きた出来事を話すつもりはないようだ。私の居ない間に何があったのか知りたい気持ちもあるが、今はそっとしておこう。


「それで、お目当ての情報は得られたのですか? というより、すごい量の資料ですね。確か、機密文書保管庫からの文書の持ち出しは厳禁だったはずでは?」


「陛下から、いくらでも持ち出していいとのお返事も頂いたし大丈夫です」


「はぁ? どういう事ですか? いつの間に陛下と接点を持ったのですか?」


「えっと、機密文書保管庫で刺客に襲われたところを助けてもらったのよ」


「何ですって!? 命を狙われたのですか!」


「えぇ。でも大丈夫よ、生きているから」


「通りで慌てて出て行ったのね……」


「えっ? 何か言った?」


「何でもございません。では、その資料をこれから調べるのでございますね。お茶の準備をしますので、一旦失礼致しますね」


「ありがとう。ルアンナ」


 私室を出て行く彼女を見送り、テーブルに積み上げられた資料に手を伸ばす。


 もう少しバレンシア公爵家について知っておく必要がある。アリシア様が側妃候補である限り、バレンシア公爵家にとって王妃である私は敵になる。良くも悪くも公爵家の情報を得ておく事は、自身を守る武器となる。


 陛下にとっては辛い結果になるかもしれないわね。


 ただ、人の心は移り気という。


 この先、アリシア様の気持ちがどう転ぶかはわからない。血の繋がった兄への想いを断ち切り、新しい恋へと踏み出す未来だってある。


 いつか彼の想いも実る。きっと実る……


 その時に私も、新しい恋に踏み出せるのだろう。





 それにしても、バレンシア公爵家の内情は調べれば調べるほどシビアだと感じる。


 前妻が亡くなったのは、アリシア様が生まれてから五年後。その後、一年もしないうちに後妻のミーシャ様がバレンシア公爵家に嫁いでいる。しかも、ミーシャ様は、前妻のオリビア様の妹。姉が亡くなってすぐに姉の夫に嫁ぐなんて、どういう神経をしているのだろう。邪推は良くないが、オリビア様が健在の時分から、ミーシャ様とバレンシア公爵は男女の関係があったのではと疑ってしまう。


 母が亡くなった時、アリシア様は五歳。周りの状況を把握出来る年齢だ。母が亡くなってすぐに、新しい妻を連れて来た父への不信感は相当なものだっただろう。たとえ、叔母にあたる人物であろうと、簡単に受け入れられるものではない。


 ミーシャ様が公爵家の後妻として入った後のアリシア様の生活は、悲惨なものだったのだろう。血の繋がった父は信じられず、唯一頼れるのは兄のルドラ様だけ。ルドラ様もアリシア様だけが心の拠り所だったのかもしれない。


 そんな悲惨な生活の中、二人の間に『愛』が芽生えたのは自然な流れだったのだろう。


 それにしてもバレンシア公爵は、血も涙もない男だ。確かに、公爵家ほどの高位貴族なら、仕事一筋で家庭を顧みない者もいるが、家族の情くらいはあるだろうに。


 この報告書によれば、アリシア様は生まれて直ぐ、乳母だった女性の家に預けられている。しかも、一年もの長い期間だ。産後の肥立ちが悪いと言っても、乳母を屋敷に置き公爵家でアリシア様を育てるくらいは出来る。それをわざわざ乳母の家に預けるとは、本当に冷たい男だ。前妻のオリビア様も、生まれたばかりの我が子と離され、さぞかし悲しい思いをした事だろう。


 それにしても、この報告書を見る限りアリシア様の人生は波乱に満ちている。


 生まれたばかりで母親と離され、五歳で実母を亡くしたと同時に、義母が出来て……


 あれ? 何かおかしくないか?


 書類には、オリビア様とバレンシア公爵が結婚したのは、アリシア様が生まれた一年後になっている。つまり、オリビア様はアリシア様を未婚の状態で産んでいる事になる。


 オリビア様のご実家は、ノートン伯爵家。アルザス王国の中でも、かなりの歴史を有する古参の貴族家だ。そんな伯爵家が、婚前交渉を許すとは思えない。たとえ、前夫との間に子供をもうけていようとも。


 まさか、婚外子を隠すために生まれたばかりのアリシア様を乳母に預けたのだろうか?


 それが真実なら、バレンシア公爵は最低な男だ。いくら地位も権力もあるからと言って、やっていい事と悪い事がある。力ある者だからこそ、その力の使い所を間違えれば後々大きな影響を与える。


 宰相を務めるほどの男が、そんな愚かな過ちを犯すとも思えないが……

 

 近くに似たような男がいた事を思い出し苦笑いを浮かべる。


 陛下も為政者としては優秀だが、妻に対する扱いは最悪だった。


「はははは……」


 乾いた笑いが部屋に響く。


 陛下の事は、隅に追いやり再度書類へと視線を落とす。


 さて、アリシア様にもう一度会わなくては。彼女の本心を聞き出さねばならない。


 今後の日程調整をするべくルアンナを呼ぶため、席を立とうとして気づいた。


 あらぁ。バレンシア公爵には妹君がいらっしゃるのね……

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