お飾り王妃、嫉妬する
なぜ、こんな場所に陛下が来るのよぉぉぉ。
私を胸に抱き、刺客が振り下ろした剣を剣で受け止めていたのは、レオン陛下だった。
「貴様、何者だ!! 」
えっ!? 私に言っている?
「はい!! 侍女です!」
「……いや、お前じゃない」
緊迫した空気の中、発した叫び声に一瞬の隙が生まれ、刺客の身体が宙を舞う。
「逃げられたか。アルバート、後は頼む」
「はっ!」
騎士服に身を包んだ男が刺客を追いかけるべく駆けていく。
おーい。私の存在も十分に不審者ですよぉぉ。
陛下と二人きりはマズいでしょ!! 待って〜
私の心の叫びは誰にも届かない。
陛下に抱きかかえられているこの状況をどうにかして欲しい。密着度合いが半端ない。
「あ、あのぉ。そろそろ離して……」
「少し黙れ」
「…………」
えっ!? 震えている……
身体に触れた指先から伝わる震えとドクンドクンと脈打つ心臓の音が聴こえ、落ち着かない。
「何故、こんな無茶をした? 危うく死ぬところだったんだぞ」
「えっと……」
何て答えればいいのよぉ……
近衛騎士レオ様と侍女ティナは知り合いでも、レオン陛下とは初対面設定だろうが。レオ様仕様で話すのはやめて欲しい。返答に困る。
「えっと、そのぉ、レオン陛下。お初にお目にかかります。わたくし、王妃様付きの侍女ティナと申します」
「あぁぁそうで、あるな……」
やっと、自分の状況に気づいたか。今の貴方様はレオン陛下ですよぉ。侍女ティナとは初対面ですよぉ。
「えっと。このような格好でのご挨拶となり申し訳ありません」
「あっ……、すまん」
そうです。今、私は貴方様に抱かれた状態でございます。
さっさと離せと念を込めて見つめるが、腰へ回した腕を解く気配はない。
「陛下、そろそろ離してくださっても」
「いや、いい。このままで」
いやいやいや、この状態はマズいでしょう。レオン陛下が、侍女と抱き合っている所など見られた日には、どんな噂が立つか分かったものではない。
サボり魔の管理者もいつ戻って来るか分からない状況である。
「へ、陛下!? ご冗談を」
「冗談ではない。頼むから、少しこのままでいてくれないだろうか」
「…………」
腰を抱く腕の力が強くなり、聴こえてくる鼓動の音も速くなっていく。
重なり合う心臓の音。混乱していく思考。
私を抱き締める彼の意図がわからない。
彼にとって私はただの侍女。なのに、何故こんなに強く強く抱き締めるの?
「失うかと思ったんだ。もう、こんな無茶しないでくれ」
吐き出すように言われた言葉に胸が痛くなる。
勘違いをしてはダメなのだ。彼の言葉は、侍女ティナに向けられたものであって、王妃であるティアナに向けられたものではない。
ズキズキと痛む胸の内などとっくに理解している。
本当、馬鹿よね。侍女ティナにまで嫉妬するなんて……
彼はただ、親しい侍女が刺客に襲われ、動揺しているだけなんだ。今の行為に何の意味もないのに、それにすら嫉妬するなんて、馬鹿気ている。
侍女ティナとして、色々な話をした。彼の不安を知り、弱さを知り、相手に対する真摯な愛を知った。彼に愛される女性を羨ましいと思った。王妃であるティアナには、絶対に向けられない愛。
叶わない想いなら、彼を利用しようと思った。でも、いつしかそんな気持ちも消えていた。
愛する人を手に入れるため必死に足掻く彼をいつしか応援したくなった。今でも彼が、愛する人と幸せになれば良いと思っている。その気持ちは嘘ではない。それなのに、吹き出してくる嫉妬心を抑える事が出来ない。
抱き締めないでよ。私の心を乱さないで……
「陛下、助けて頂きありがとうございます。本当に死ぬところでした」
渾身の力で、彼の胸を押し距離をとる。
「ティ…ァナ?」
自身の気持ちを押し隠すように笑みを浮かべる。
「いやぁ〜それにしても、レオン陛下は剣の腕も一流なんですね。アレはなかなかの手練れですよ。本当、助けてもらわなければ死ぬところでした。では、そう言う事で失礼します」
豆鉄砲を食らったような顔で、呆然と佇む陛下に背を向け、扉へと歩き出す。
ここは有耶無耶にして逃げるべし。
「ちょ、ちょ、ちょっと待て」
あと寸前でドアノブというところで、肩を掴まれ反転させられてしまった。
「陛下、えっと。御前失礼致し……」
「まだ、話は終わっていない。なぜ、機密文書保管庫に居たのかまだ聞いていないのでな」
この数秒の間に何が起こった?
激情を表に出し震えていた彼の姿は、もうどこにもなかった。
目の前で笑みを浮かべる陛下の目は、笑っていない。本能的な恐怖が、背筋をゾワッとさせる。
マズい人を怒らせてしまった。
「いえあのぉ、決して忍び込んだ訳ではないのです。ある人物の依頼を受けと言いますかぁ」
「ある人物? それは誰かな?」
「えっと、そのぉ。お、王妃様でございます」
「王妃? ティアナが何を依頼したんだい?」
肩をむんずと掴まれた状態での尋問は、かなりの恐怖である。何しろ似非笑顔を浮かべた陛下に至近距離で見下ろされているのだ。
恐怖でパニックを起こしかけた脳は、全てを吐露してしまった。
「ほぉ〜バレンシア公爵家の系譜を調べていたと。それは、側妃候補にアリシアが決まったからか?」
「はい。そうだと思います」
「それで、何か分かったのか?」
「あ、いえそのぉ。わたくしは、バレンシア公爵家の系譜が記された書類を借りて来るように言われただけですので」
「そうなのか? 確か、機密文書保管庫の書類は持ち出し厳禁になっていたはずだが」
「いえ。あのそのぉ……」
言い訳を重ねれば重ねるほど墓穴を掘っていく。
これでは、怪しい侍女だと自分から暴露してしまっている。
「まぁ、いい。王妃も側妃の事で何か思うところがあるのだろう。特別に、必要な書類を貸し出す事を許可しよう」
「えっ!? よろしいのですか?」
「あぁ。いいぞ」
なんだその気前の良い返答わ。怖い、怖過ぎる。
「陛下、その見返りに何をお求めで?」
「見返りか? 別に見返りなど求めていないが、そうだなぁ。では、定期的に王妃の様子を聞かせてくれ」
「王妃様の様子ですか?」
「あぁ。たまに、彼女の様子を教えに王の間へ来てくれればいい」
あぁ、そう言う事か。
つまりは私に密偵役になれと、そう言っているのね。
確かに、側妃を娶るに当たり王妃の行動は注視して行くに越したことはない。王妃が、下手な動きをしたら直ぐに教えろという訳だ。
まぁ、いつかレオ様に扮した陛下から、何らかのアクションがあると考えていた私にとっては、驚くような申し出ではない。
密偵役を買って出る事で、今回の件を有耶無耶にしてくれるなら願ったり叶ったりだ。
「わかりました。お約束致しましょう」
「では、頼む」
レオン陛下が背を向け、扉へと歩いていく。
「何か他に欲しい資料があれば持ち出してもいいぞ。ただし、返す時は王の間に来いよ。あとは、王宮内で出入りしたい場所があれば必ず俺に言え。分かったな」
「はい。お約束いたします」
部屋から出て行く陛下を見送りながら、心のモヤモヤがより一層深くなっていくのを感じていた。




