お飾り王妃、狙われる
時間は有限である。お茶会が終わる前に、王宮の機密文書保管庫へと忍び込み、調べ物を終わらせる必要がある。
陛下が参加する王妃の定例お茶会は、王宮にありながらかなり厳しい警備がひかれる。しかも、今日は側妃候補が参加する初めてのお茶会だ。
いつも以上にお茶会へと、警備の人員が投入されたのは確認済みだ。結果、王宮の他の場所の警備は手薄となる。
今日を逃せば、機密文書保管庫への侵入は不可能だ。
人もまばらな廊下を走り抜け、王の間を横目に通りすぎ王宮の奥へ奥へと進み、重厚な扉の前へとたどり着く。
扉を開け、中を覗けば人っ子一人いない。どうやら、上手く管理者の休憩時間にあたったようだ。
そのまま中へと進み、整然と並べられた書棚の影へと身を隠しつつ、目当ての書類を探し始める。
それにしても、機密文書保管庫と大それた名前がついている割に警備が手薄なのは、いささかお粗末な気がする。通常でも、管理者一人と警備の者が二人とは、侵入し放題ではないか。しかも、今日はその警備の者すらいない。
まぁ、この場所がフェイクである事は知っている。最重要機密文書の殆どが、この場所にはない。簡単に言えば、ココは機密文書保管庫と言う名の泥棒ホイホイである。
本当、こんな回りくどい事しないで欲しいわ。
たかが、貴族家の系譜を調べるためだけに、忍び込まねばならない、こちらの身にもなって欲しい。
そんなんだから、管理者もサボりがちになるのよ。
今から二時間は管理者も戻って来ない事は折り込み済みだ。今頃、休憩時間という名のサボりタイムを満喫している事だろう。
さて、何処にあるかしら?
周りの書棚を確認しつつ歩みを進めれば、目当ての物はすぐに見つかった。
コレよ、コレ。『バレンシア公爵家の系譜』
コレを探していたのよ。
これを見る限りだとアリシア様が言っていた通りね。前妻の子供がルドラ様とアリシア様で、後妻の子供がアンドレ様で、間違いはない様だ。
つまり、長男がルドラ様、長女がアリシア様。そして腹違いの弟がアンドレ様という事になる。順当に考えれば、ルドラ様が次期当主で間違いない。
バレンシア公爵家は安泰ではないか。
社交界でも有名なバカ息子アンドレ様が、跡継ぎになったとしたら、アリシア様が泣いて訴えていた『陛下と結婚をしたら、バレンシア公爵家は崩壊する』なんて事もあるかもしれないが、ないない。
バレンシア公爵も馬鹿ではない。あんな放蕩息子、天地がひっくり返ったって跡継ぎにはしないだろう。
ルドラ様と公爵様の血が繋がってないとか言うなら話は別だが。
――――、うっ? あぁぁ?? そんな、まさか……
脳裏を掠めたある言葉に愕然とする。
『アリシアは唯一、血の繋がった妹ですから』
ルドラ様が放ったあの言葉は、ただ単純にアリシア様とは母親が同じで、アンドレ様は腹違いの弟だと表現したのだと理解していたが、全く違う意味を持っていたのだとしたら。
唯一、血の繋がった妹……
アリシア様とだけ血が繋がっていると解釈するなら、ルドラ様はバレンシア公爵と血が繋がっていない。
つまり、公爵様の血の繋がった息子ではないルドラ様は跡継ぎにはなれない。次期公爵は、アリシア様となる。
そして、アリシア様が陛下に嫁げば、結果としてアンドレ様に跡継ぎの座が転がり込む。
『陛下に嫁げば、バレンシア公爵家は崩壊する』
彼女が言った言葉が現実味を帯び始める。
バレンシア公爵家の系譜が記された書類を見つめ、背を冷や汗が流れていく。
公的文書を偽装するなんて事出来るのだろうか?
手元にある書類には、間違いなくルドラ様とバレンシア公爵の血の繋がりが記されている。
こんな突拍子もない考え、間違っている。
ルドラ様と公爵様の血の繋がりを確認出来る書類を他にも探せばいいのよ。
ガサガサと手当たり次第に書類を漁った。
いくつも、いくつも漁った。
そして、確信に至る書類へと辿り着いてしまった。
『正妃候補者に関する調査書』
分厚い書類の中から見つけたバレンシア公爵家とアリシア様についての調査内容書には、ルドラ様が前妻のオリビア様の連れ子である旨が記されていた。
ルドラ様は、バレンシア公爵家の次期当主にはなれない。
アリシア様こそが真の公爵家の次期当主。
バレンシア公爵家をミーシャ様とアンドレ様の魔の手から守るには、アリシア様は陛下と結婚する訳にはいかない。
そしてルドラ様を守るために……
アリシア様の愛する人は、ルドラ様なのだろうか。
ルドラ様は、愛するアリシア様の幸せを願い自身の気持ちを押し殺し、妹をレオン陛下へ嫁がせようと画策し、アリシア様は愛するルドラ様を守るためには、陛下との結婚出来ないと考えている。
陛下は陛下で、愛するアリシア様の気持ちが自分に無いとは考えてもいないだろう。今やアリシア様が側妃候補となり有頂天だ。
陛下のアリシア様への接し方を見ていれば、分かる。こちらが恥ずかしくなる程の溺愛振りだ。
顔を見合わせ微笑み合いながら歓談する姿なんて、美男美女で絵になる絵になる。目すら合わせない王妃への対応とは天と地ほども違う。
陛下、可哀想に。失恋決定ですね……
感傷に浸っていた私の耳に、扉を開ける小さな音が聞こえた。
マズい、誰か入って来た。
サボり魔の管理者が戻って来るには早過ぎる。
警備の騎士が戻って来たのか?
お茶会が終わる時間にしても早過ぎる。
何かイレギュラーが起こったのだろうか?
兎に角、この場から逃げなければならない。
こちらへと近づいて来る足音に焦りだけが募っていく。
マズい、かもしれない……
出来るだけ物音を立てないように後ずさる。
マズい、マズい、マズいぃぃぃ。
迷いなく近づいて来る足音は、徐々に距離を縮めている。物音を立てずに逃げている場合ではない。
侵入者の標的は確実に私だ。
獲物をもて遊ぶが如く、ゆっくりと縮まる距離感に否応なしに相手の意図を察してしまう。
奴は刺客だ。
伊達に王妃などやっていない。今までも何度も命を狙われて来た。しかし、今回はこちらに分が悪い。
誰もいない機密文書保管庫だなんて最悪だ。しかも、護身用の短剣すら身につけていない。
死ぬかもしれない……
逃げるなら今だ。
全速力で走り出す。
あっという間に縮まる刺客との距離に、振り返る余裕すらない。
死ぬ。私、死んだ……
絶体絶命の中、感じた暖かなぬくもり。
何が起こった?
ギュッとつぶった目を開けた瞬間飛び込んで来た光景に絶句した。
「――――、レオン様!?」




