お飾り王妃、暗躍す
王宮内の庭園の一角、美しい花々を愛でつつ紳士淑女が歓談をしている。今日は、王妃主催の定例お茶会の日だった。
当然の事だが、王妃主催のお茶会と言えども参加する貴族達の目的は私ではない。アルザス王国の王たるレオン陛下が目的なのは明白である。
この定例お茶会に陛下が参加しなければ、誰も来ない事だろう。
それにしても不思議ではある。この定例お茶会には、何故か毎回、休む事なく陛下は参加している。もちろん、このお茶会は公務の一貫だが陛下が参加する義務はないのだ。なのに、呼んでもいないのに来る。
以前から、お金だけかかる定例お茶会なんて辞めてしまいたいと思っているが、陛下が律儀に出席するものだから辞めるにやめられない状況が続いている。
本当、はた迷惑な話だ。
このお茶会がないだけで、公務が一つ減るのだ。無駄遣いもなくなり、侍女ティナとしての活動時間も増えるというのに。
しかも、あの夜会以降、陛下の様子がおかしい。
今回のお茶会のオープニングも、いつもは遅れてやって来る筈が、開始を告げる挨拶の時には、すでに居た。しかも、私の腕を取り会場に入り、そのまま隣を陣取っているではないか。はっきり言って挨拶どころではなかった。あまりの緊張に何を挨拶したか覚えていない有り様だ。
今やっと無表情の陛下から解放され、自分の席で一息つけたところだった。
当の本人は、愛するアリシア様と絶賛歓談中である。
彼女に嫉妬でもしてもらいたかったのだろうか?
当て馬にされる、こちらの身にもなって欲しいものだ。
それにしても今日のお茶会は大盛況である。側妃候補にバレンシア公爵家のアリシア様が内定した事で、バレンシア公爵家と繋がりを持ちたい貴族が、今も陛下とアリシア様を囲んでいる。
当然の事ながら、私の存在は無視である。まぁ、その方がこの後実行するミッションを完遂するには好都合ではあるのだが。
「王妃様、今日はお招き頂きありがとうございます。妹の付き添いで、ご挨拶が遅くなりました」
「まぁ、ルドラ様」
彼を招いた覚えは全くないのだが……
紅茶を飲みつつ、お茶会の様子を伺っていた私の目の前に厄介な人物が現れた。話の端々に散りばめられた嫌味を気づかない振りをして、笑顔でかわす。
「アリシアも陛下に会えて実に嬉しそうです。まさか、王妃様主催のお茶会に陛下が現れるとは思わないじゃないですか。陛下もすぐにアリシアに気づいたようで、たくさんの貴族に囲まれ困っていた妹を救い出してくださいました」
「それは良かったわ。アリシア様も側妃候補になられて色々と大変でございましょう。妻となられる方のサポートは夫として当然の事だと思いますわ」
「妻のサポートは夫として当然ですか。ふふふ、王妃様は面白い事をおっしゃられる。一つ言葉が抜けておられる。愛する妻の……、が正しいかと思いますよ」
「あら? うっかりしておりましたわ。ルドラ様のおっしゃる通りです。アリシア様と陛下は、とても素敵な夫婦になられますわね。あの陛下が、大切にエスコートなさっているのだもの。結婚したあかつきには、バレンシア公爵家の事も、ルドラ様の事も綺麗さっぱり忘れるほど、陛下から愛される妃になられるのでしょうね。お兄様としても安心でしょう」
「…………」
やっぱりね。
わずかだが、ルドラ様の顔つきが変わった。
平静を装ってはいるが、目が笑っていない。腹の中は怒りで荒れ狂っている事だろう。
初めてルドラ様に会った時の勘は間違いではなかった。
『ルドラ様はアリシア様を愛している』
ただ、その事をアリシア様に伝えているとは思えない。
彼女の幸せを願い、自分は身を引き、邪魔者を蹴落とす決意をしたってところだろう。
妹を愛してしまった悲劇か……
そろそろルドラ様の八つ当たりに付き合う時間も無くなって来た。王宮の警備が緩くなるお茶会の時間は限られる。邪魔者はさっさと追い払うべきだ。
「ルドラ様、こんな所で油を売っていてよろしいのですか? 貴方様と、お話をしたくてウズウズしている令嬢方がたくさんいらっしゃるようですよ。貴方様も、お飾り王妃に関わって変な噂を立てられても困るでしょうに」
「そうですね。噂好きの貴族達に変な噂を流されるのは不本意ですし。お飾り王妃と繋がっているだなんて、万が一にもアリシアと陛下の婚約に影響したら目も当てられない。王妃様、御前失礼致します」
「えぇ。ゆるりとお過ごし下さいね」
背を向け立ち去るルドラ様を見送り立ち上がる。
さて、私も行動を開始しなければならないわね。
♢
「ティアナ様!! 無理でございます。入れ替わるだなんて絶対に無理ですぅぅ」
王妃の間に戻って来た私は、急いで侍女ティナの格好へと着替え、今まで着ていたドレス一式と銀髪のカツラをルアンナへと押しつける。
「大丈夫よぉ。誰も王妃の事なんて見ていないわ。貴方が王妃に変装してお茶会に参加しても、誰も気づかないから大丈夫。さぁさぁ、時間がないわ。侍女の皆さんルアンナの支度をよろしくね」
「ティ、ティアナ様! お待ちくださーい!!!!」
ルアンナの叫びを背に王妃の間の扉を閉めると走り出した。




