お飾り王妃、ライバルと対峙する
「王妃様、この度はお招き頂き光栄の極みでございます。バレンシア公爵が娘、アリシアと申します」
「よくお越しくださいました。ティアナと言います。この場は、完全なプライベート空間ですわ。畏まらず、楽になさってね」
「お気遣いありがとうございます」
王妃の間から続く庭園の最奥。美しい噴水が配置された一角にある四阿にセッティングされたテーブルセットには、向かい合わせに二人の女性が座っている。
一人は、アルザス王国の王妃ティアナ。もう一人は、側妃候補であるバレンシア公爵家のアリシア嬢。
本来であれば、顔を合わせる事を避けるであろう二人の顔合わせは、外部から見られない高い生垣に囲まれた庭の四阿で行われる事となった。
この場所なら、例え取っ組み合いのケンカをしても、当事者以外は気づかないだろうなぁ……
どうでもいい事を考えつつ、アリシア様と密会をする事となった経緯を思い出していた。
さて、彼女は王妃である私に何を話すのだろう?
「ところで、アリシア様。そちらに控えてらっしゃる方を紹介くださいませんか? 貴方様の従者という訳ではございませんでしょう」
そもそも従者であるなら、こんな王妃のプライベート空間にまで一貴族の令嬢のお供が付き添う事など出来ない。背後で控える者は、それなりの地位を持つ者という事だ。
「申し遅れました。この者は、バレンシア公爵家長男ルドラでございます。勝手に連れて来てしまい申し訳ありません」
「あらっ! では、貴方様がアリシア様のお兄様ルドラ様なのですね。お噂はかねがね」
「王妃様、勝手に来てしまい申し訳ありませんでした。妹は、長らく社交界を離れていた身の上、失礼があってはと思い動向させて頂きました。私の事はお気になさらずに」
「そうは参りませんわ、ルドラ様。すぐ席を用意させます」
周りで控える侍女に合図を送り、ルドラ様の席が用意されると同時に、三人でのお茶会という名の探り合いが始まった。
♢
三人での当たり障りの無い会話が進んでいく。
最近の社交界の話題から、美容関連、ファッション関連の話題まで、話は尽きない。会話の中心は意外にもルドラ様である。話題も豊富で、ウィットに富んだ話の展開は、流石陛下の側近なだけはある。
ただ、何かがおかしい。
ルドラ様がおかしいのではない。様子がおかしいのはアリシア様だ。
上手く平静を装ってはいるが、顔色が悪い。それに、ルドラ様の位置からは隠れているが、テーブルの下で握った手が震えているようにも見える。
アリシア様は、ルドラ様の存在を怖がっているのか?
確か、ルドラ様とアリシア様は血の繋がった兄妹であったはず。私の知る限りは、兄妹仲が悪いという話は聞かない。
あの様子はルドラ様を怖がっているというより緊張している。
私という存在に緊張をしているのか、それともイレギュラーな存在に緊張しているのか?
「ひとつお伺いしてもよろしいかしら?」
「何でございましょう、王妃様」
やはり答えるのはルドラ様なのね。
先ほどから気になってはいたが、私からの質問に答えるのは全てルドラ様なのだ。たとえ、アリシア様へ向けた質問であっても、上手く割り込み会話の主導権を握る。
まるで、敵である王妃から妹を守るナイトのようだ。
そして、ルドラ様のアリシア様を見る目が、妹を守る兄のものとは違うような気がするのだ。たぶん、私でなければ分からない程度のもの。
甘さの中に混ざる、切なさを滲ませた瞳。
恋愛相談を数多く受けていく中で、何度か遭遇した事があった。愛する人を想い、見つめる時、誰もがそんな瞳をしていた。
ルドラ様は、アリシア様を愛しているのだろうか?
家族愛を超えて、女性として彼はアリシア様を愛しているのかもしれない。
ただ、アリシア様はどうなのだろう?
「ルドラ様。アリシア様とは、とても仲の良いご兄妹なのですね。お兄様自ら、付き添われるなんて本当に仲がよろしくていらっしゃる」
「そうですね。アリシアは、私にとって特別な存在なのです。唯一、血の繋がった妹ですから」
唯一、血の繋がった?
「あら? 確か、バレンシア公爵様には、もう一人息子様がいらっしゃったと記憶しておりますが」
「あぁ、アンドレの事ですか? 彼は、後妻の子供なのです。私とアリシアの母が亡くなった後、後妻に入ったミーシャの子供がアンドレです」
「では、バレンシア公爵様のお隣にいた方が、ミーシャ様なのかしら? とても、お美しい方ですわね。とても華やかで……」
「確かに華やかではありますね。色々な意味で。彼女は、いつ何時も自分が注目されないと我慢がならない性分でして。お恥ずかしい限りです」
「そうですか。ただ、今後アリシア様が輿入れなさるなら、バレンシア公爵家の皆様とも仲良く出来ればと思いますのよ。アリシア様も、側妃となられた折には、困った事があれば気兼ねなく何でもお聞きになってね」
「ありがとうございます。ただ、王妃様の手を煩わせる事はないかと思います。アリシアには、バレンシア公爵家がついておりますゆえ。それに、陛下より気心の知れた侍女を何人でも連れて来て良いと言われていますし、寂しくなる事もないかと」
お飾り王妃のお前と違い、アリシアは陛下からも愛されているし、心配は無用と言うことか。
あからさまな脅しをかけてくるとは、なめられたものだ。まぁ、後ろ盾のない王妃など、バレンシア公爵家にとっては、脅威にもならないだろうが。
「お、お兄様! おやめ下さい……。あっ、あのぉ、そろそろおいとまさせて頂きたく」
「そうですか。また、遊びに来てくださいね」
「ありがとうございます。あ、あのぉ、王妃様。心ばかりのお礼を受け取ってはくださいませんか?」
目の前に差し出された小箱の蓋を開けると、美しい金細工が施された可愛らしいブローチが入っていた。
「まぁぁ、素敵なブローチ」
「わたくしがデザインをした品でございます。お納めくださいますと、嬉しいです」
「よろしいのかしら? こんな素敵なブローチ、貰ってしまって」
「ぜひ。あっ、わたくしが胸元へお付け致しますね」
「あっ、ありがとう。アリシア様」
胸元で輝く美しいブローチを見下ろす。
「とてもお似合いですわ」
ニッコリと笑うアリシア様に押し切られる形で、ブローチとともに、箱まで一緒に手渡される。これでは、お断りは出来ないだろう。
「では、王妃様。御前失礼致します」
ルドラ様を伴い、アリシア様が帰って行く。
結局、アリシア様は侍女ティナに接触してまで、なぜ王妃との謁見を望んだのだろう?
お茶会の間中、ほぼ話さなかったアリシア様が最後の最後だけ、饒舌だったのも不思議である。
そして、終始ルドラ様に怯えているように見えたアリシア様。
彼女は、ルドラ様に気づかれないように何かを王妃である私に伝えたかったのか?
ふと手元に残された箱が目に入る。
最後に渡されたブローチと、どさくさに紛れて押しつけられた箱。
まさか、コレに何か仕掛けが!?




