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お飾り王妃、キレる


 会場に流れるゆったりとしたワルツ。中央で優雅に舞う、色とりどりの蝶達。


 アルザス王国の王妃であるティアナは、一段高い玉座から、華やかな会場の中心をボンヤリと眺めていた。


 あの真ん中で、陛下と最後にダンスを踊ったのはいつだっただろうか?


 序盤から繰り広げられた形式的な挨拶は、王妃たる自分へ向けられたものではない。貴族にとって私の存在は、居ないものと同じ。目をかける必要もない、取るに足りない女。


 二脚並べられた玉座に座る王と王妃は、微笑み合う事も、会話を交わす事もなければ、目を合わす事すらしない。王に見捨てられた王妃。いつしか、ティアナは社交界で『お飾り王妃』と呼ばれるようになっていた。


 この国で、絶対的な富と権力を持つ王に見捨てられた王妃など、相手にする者はいない。


 王が座るべき、玉座には誰もいない。煌びやかな椅子に座るべき主人は、会場の真ん中で可憐な乙女と優雅にダンスを踊っていた。


 今夜のお相手は誰かしらね?


 ゆったり流れるワルツに乗せて、見事なステップを踏む男女を見つめ、周囲からは感嘆の声が漏れ聴こえる。


 そんな二人を見つめるいくつもの目の中には、王とダンスを踊る栄誉を賜った娘に対する嫉妬の視線も紛れているが、そんな視線すら軽やかに踊る二人には関係ないものなのだろう。


 令嬢を見つめ微笑む王と、そんな意味深かな笑みを与えられ、頬を紅く染める令嬢。はっきり言ってお似合いの二人だと思う。


 そんな事を思いながら、クルクル回る二人を眺めているうちに、思考は過去へと遡る。


 陛下と永遠の愛を誓ったあの日、確かに私はダンスを踊る可憐な乙女と同じように、頬を染め、潤んだ瞳で、夫となる陛下の隣に立っていた。


 まさに、あの時の私は幸せの絶頂にいた。


 しかし、美しく輝くベールがあがり、誓いのキスを交わす瞬間、私の想いは砕け散ったのだ。


 あの冷たく沈んだ紫色の瞳に睥睨され、全てを理解した。私は望まれていないと……


 物想いに耽っていたティアナは、ホールに響いた拍手の音に現実へと戻された。ダンスを終えた二人に群がる色とりどりの蝶を見つめ、ふと思う。


『お飾り王妃かぁ……』


 日に日に、高位貴族からの圧力は増している。いずれ、陛下は新しい側妃を迎える事になるだろう。


 王妃が参加する夜会ですら、娘を陛下の側妃へ、ねじ込もうとする貴族家からのあからさまなアプローチが繰り広げられるのだ。


 王から見捨てられた王妃では、この先跡継ぎも見込めないと、国の重鎮が騒ぎ出しているのも知っている。


 その内、側妃が有力貴族の中から誕生する事になる。


 お飾り王妃……


 いらない存在。いや、そもそも存在すら認識されていないかもしれない。


 今も、誰一人として私に目を向ける者はいない。


ーープッツン……

 

 頭の中で何かが切れる音が聞こえた。


 このまま、漫然と時が流れていくだけの人生でいいのだろうか?


 王宮の奥深くに鎮座する王妃の間に閉じこもり、忘れられた存在として、ひっそり生きる人生でいいのだろうか?


 忘れられた存在。空気みたいなものね。


 だったら、何したって良いじゃないか!


 すでに、いない者と同じなら私が何をしたって誰も気にとめない。


「……ふふ…ふふふ……」


 だったら、好きに生きてやる!


 誰にも私の野望は、邪魔させない。


 舞踏会場の片隅。玉座に座わり不気味な笑みを浮かべ、密かにこぶしを握る王妃に気付く者は誰もいない。この日を境に王妃の暴走が始まったのだ。

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