宇宙気流
一般的に宇宙は真空という何もない状態であると思われがちだがそうではない。(厳密に言えば真空というのも通常の大気圧より低い状態であるが……。)
真空の宇宙には極わずかながら分子は存在する。
だが流彗星号改が今いる場所は極わずか分子しか存在しない場所とは全く異なる。濃密な分子が存在する空間であった。
そしてその濃密な分子は常に一定方向に流れ気流となっている。所謂、宇宙気流と言うべき物であった。
その通称、宇宙気流によって流彗星号改は大きく動かされる。
モニター画面に映る流彗星号改の状況を精査していた連宋の声が船橋に響く。
「斥力フィールドのエネルギー消費上昇!サバーブ、恐ろしいほどの勢いで流彗星号改のエネルギーが消費されていっているぞ!」
連宋の声に反応してサバーブは進路変更を試みようとして操縦桿を強く握る。だが、上手く流彗星号改の操作ができない様だった。
「……操縦桿が重い……だがこの感覚は……確かどこかで……。」
流彗星号改は宇宙気流に捕まりどこかへ運ばれている状態だ。
サバーブは腕に伝わる覚えのある感覚に何か閃いたのか操縦桿から手を離す。そして再度メインモニターに映る周辺のデーターを凝視すると端末を操作した。
リランドはサバーブと同じ様にメインモニターの数字をしばらく見ていたが驚きの声を上げる。
「1気圧で窒素78%酸素21%。その上、温度が二十五℃。これは理想的な惑星上と同じじゃないか……。どう言う事だ、サバーブ?」
「さてな……実際に外には有害な放射線は観測されていないから宇宙服無しで船外活動が出来る状態だな。だが、この雰囲気の中を通常の宇宙船が航行するのは極めて難しいだろうな……。」
基本的に通常の宇宙船は惑星の大気の中を航行する機能は無い。
あえて大気の中を航行する場合は船の周囲に斥力フィールドを張り大気の影響を船本体に受けない様にする事で可能である。
しかしその場合でも斥力フィールドのエネルギーが続くまでであり、エネルギーが切れた瞬間に斥力フィールドが消滅し船に多大な影響を及ぼす。最悪、船自体が破壊されてしまう事となる。
そんな濃密な分子の中を流彗星号改は進んでいた。
「幸いこの流彗星号改は大気圏航行可能だ。この大気の中でも自在に航行できるだろう。」
「サバーブ、大気圏航行が出来なかったらどうなるのだ?」
「宇宙船は基本的に空気の極めて少ない空間を飛ぶ様に設計されている。斥力フィールド次第で数時間は持つだろう。だが……。」
「だが?」
「宇宙船の航行速度だと斥力フィールドが切れた瞬間、断熱圧縮によって船体が高温になり溶解もしくは爆発するだろう。」
「おいおい、それじゃ流彗星号改も斥力フィールドがなければ同じ様に……。」
リランドが心配そうな顔でそう言うとサバーブはにこやかに微笑む。
「いや、問題ない。現に流彗星号改は斥力フィールドを展開していない。徐々にフィールドの威力を低下させていたが今はゼロだ。」
「「な、何だって!」」
リランドと連宋が異口同音に驚きの声を上げた。
連宋は端末を素早く操作するとモニターに流彗星号改の状態を表示させる。
「確かに、斥力フィールドは展開されていない。だが大丈夫なのか?サバーブ?」
「問題ない。確認してみたが船外装甲の温度も二十五℃だ。と、言うよりこの状況……何か思い出さないか?」
サバーブに問われてリランドは腕を組むと首を傾げた。
「状況……と言うとあれか?俺たちの船がゆっくりと相手の港に移送されたという奴か?」
リランドの返答にサバーブは黙って頷く。
「このまま進んで鬼が出るのか蛇が出るのか……。」
流彗星号改は宇宙気流に流されるままゆっくりと進んで行く。
いつまでも続く様に思われた宇宙気流であったが唐突にその終わりが訪れる。
流彗星号改の前方の空間に虹色に輝く宇宙ゲートの入り口が出現したのであった。