三、ギリギリ
三、ギリギリ
羊史は、何とか、列へ並ぶ事が出来た。自分の前には、十数人の老若男女が、並んで居た。初老の老人と小学校低学年くらいの少女や顔を覆面と黒眼鏡で、完全に隠している体格良い外套を着た者やぽっちゃりした螺髪頭の若者と長髪で、なよなよした友達といった面々が、目に留まった。そして、最後尾へ並んだ。
その直後、前方で、シャッターの上がる音がした。
少しして、腰の曲がった猿顔の男性が、出て来るなり、「今日は、いつもよりも早く開店します!」と、告げた。そして、踵を返した。
その瞬間、羊史は、満面の笑みを浮かべながら、左手で、小さくガッツポーズをした。現物を手にする瞬間が、近付いて来たからだ。
しばらくして、背の低いモヒカン頭の赤い特攻服の不良の少年が、自転車で、羊史の前に割り込んで来た。
少し後れて、リーゼントで、ヘラヘラ顔の少年とスキンヘッドで、強面の少年も突っ込んで来た。
「モヒさん、ギリギリ、間に合いましたねぇ」と、ヘラヘラ顔の少年が、モヒカン頭の少年へ、語りかけた。
「いつもよりも、早起きをして、正解だったな」と、モヒカン頭の少年が、頷いた。
「お堂の中で寝たのは、失敗でしたね」と、スキンヘッドの少年が、おどおどしながら、口にした。
「集会が、長くなり過ぎたから、家からよりも、お堂からの方が、ゆっくり寝られると思ったからよ」と、モヒカン頭の少年が、にこやかに、理由を述べた。
「流石、モヒさん。頭良いぜ」と、リーゼントの少年が、称賛した。
「へ、伊達に、南高の番長は、やってねぇよ」と、モヒカン頭の少年が、したり顔となった。
「モヒさん、一生、付いて行きます!」と、スキンヘッドの少年が、一礼した。
「おう」と、モヒカン頭の少年が、上機嫌に、応えた。
羊史は、苛々しながら、順番を待った。不良達と揉めるよりも、やり過ごした方が、得策だからだ。
しばらくして、不良達の番となった。
白髪の男性が、やって来るなり、「そちらの方で、本日分は、売り切れとなります」と、不良達と羊史の間へ、右手を割り込ませながら、淡々と告げた。
その瞬間、「ええ〜!」と、羊史は、項垂れた。割り込んだ不良達の所為で、買えなくなった事に、絶望したからだ。
突然、「店員さん、その方々は、ズルをして居ますよ。モーフォッフォッ」と、背後から、聞き覚えのある声が、異を唱えた。
羊史は、振り返った。次の瞬間、「あ…!」と、面食らった。まさか、先刻、ぶつかった茶色い背広の男とは、思いもしなかったからだ。
「おい! 俺達が、そんな事をする訳無いだろうが!」と、スキンヘッドの少年が、睨みを利かせながら、凄んだ。
「おじさん、言い掛かりは、止しとくれ。ちゃんと、そこの奴にも、了解して貰ってんだからよ」と、リーゼントの少年が、口添えした。そして、「だよな?」と、威圧して来た。
「君、それは、本当かい?」と、白髪の店員が、尋ねた。
羊史は、勇気を振り絞り、「割り込んだまま、何も言って来てません!」と、否定した。ゲームを入手するラストチャンスだからだ。
「てめえ! 黙って居るのは、認めているのと同じなんだよ!」と、スキンヘッドの少年が、恫喝した。
「モーフォッフォッ。不良のお兄さん方に割り込まれちゃあ、誰だって、恐くて、黙っちゃいますよ」と、茶色い背広の男が、口を挟んだ。
「今日のところは、帰って貰えんかな? どうやら、君らの不正行為を目撃している方も居られるからね。次に、同じ事をやられたら、出入り禁止にさせて貰うよ」と、白髪の店員が、警告した。
「くっ!」と、スキンヘッドの少年が、歯噛みした。
「モヒさん、どうします?」と、リーゼントの少年が、問い合わせた。
モヒカン頭の少年が、口元を綻ばせるなり、「良いだろ」と、口にした。
リーゼントの少年も、薄ら笑いを浮かべた。そして、「おい、帰ろうぜ」と、スキンヘッドの少年へ、声を掛けた。
「小僧! 帰り道には気をつけなよ」と、スキンヘッドの少年が、意味深長な言葉を発した。
間も無く、三人が、走り去った。
「さあて、並んで居ても仕方ありませんので、私も、ここで、失礼しましょうかねぇ〜」と、茶色い背広の男が、口にした。
「お、おじさん、あ、ありがとう!」と、羊史は、満面の笑みで、礼を延べた。不良達へ、言ってくれた事が、嬉しいからだ。
「いえいえ。人として、当たり前の事を言っただけですよ。早く、列に戻って下さい」と、茶色い背広の男が、促した。そして、踵を返した。
羊史も、言われるがままに、列へ並ぶのだった。