二、忠告
二、忠告
羊史は、朝食のトーストを銜えながら、通りへ飛び出した。行列へ、一刻も早く並びたいからだ。そして、しばらく進んで、左ヘ曲がった。次の瞬間、何かにぶつかるなり、「わっ!」と、声を発した。その直後、尻餅を突いた。
程無くして、「まさか、トーストを銜えながら走って居られる方と出会えるとは、思いもしませんでしたねぇ」と、やんわりとした口調の男性の声がした。
羊史は、我に返り、起き上がった。その刹那、茶色い背広の男が、視界に入るなり、「す、すみません!」と、詫びた。完全に、不注意だからだ。
「いえいえ。大丈夫ですよ~。車じゃなくて、良かったですよ」と、茶色い背広の男が、にこやかに返答した。そして、「こんな朝早くから、お急ぎのようですけど、お時間、大丈夫ですか?」と、尋ねた。
「あ、ああ。今日は、新作ゲームの発売日なので、早く並ばないと、買えないんですよ~」と、羊史は、にやけた。後少しで、手に入れられるからだ。
「その先の猿吉電器ですね?」と、茶色い背広の男が、左腕で、通りの先を指した。
「そ、そうです!」と、羊史は、はっとなった。足止めを食っている場合ではないからだ。
「かなり並んで居ましたから、急いで下さい」と、茶色い背広の男が、告げた。
「そ、そうなんですか!」と、羊史は、ようやく立ち上がった。列に並んでも、買えないかも知れないからだ。そして、「おじさん、先を急ぐんで、これで、失礼させて貰いますね」と、断りを入れた。早く、列へ並びたいからだ。
「これは、失礼致しました。早く、向かって下さい。但し、一言だけ忠告させて下さい。曲がり角では、一度、立ち止まって下さいね。何にぶつかるか、分かりませんので…」と、茶色い背広の男が、助言した。
「わ、分かったよ!」と、羊史は、話半分に、返事をした。気分は、列へ並ぶという方向になっているからだ。程無くして、猿吉電器の方へ、足早に向かうのだった。