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硝煙香るロング・バケーション  作者: たいふーんMkⅣ
第二章:Walk along the razor's edge
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第二十五話 The Stranger

《まさかハンナが負けるなんてね。腕落ちたんじゃないの》


《馬鹿言うな、戦闘処女卒業した時から今の今まで散弾銃引っ提げて、ブンブンやかましく飛んでるドローンの相手してんだ。ワザと負けたに決まってんだろ》


 ロッジのバーにてカクテルをやりながらヨハンナはサキはに思考通信(シンクコム)を繋いでこれまでの情報を共有する。エステバンへの接近に際し怪しまれるような素振りは無し、サキ達による監視中にも怪しい動きは存在しない旨を伝え、作戦はこのまま継続する事を決定する。


 他愛無い会話から得られる僅かな口調の抑揚やエステバンの表情から、ファーストコンタクトは好印象、出だしは好調と言って良かった。しかし、エステバンの立場を考えれば、女を使ったハニートラップやスパイ行為は慣れているだろう事は想像に難くない。油断したり、舐めて掛かればすぐにぼろが出てしまう。ヨハンナはそういった腹芸をやらない訳ではないにしろ、それを専門にしている訳では無い。仕方ないとはいえ本当に面倒事を押し付けられたと、心の底からうんざりしつつ、近づいてくるエステバンの足音を頭頂の耳で捉えればグラスを空にして通信を切り、モデルの顔を取り繕った。


「さっきの銃声は?」


「ちょっとしたレクリエーションだよ。映画のカウボーイみたいな早撃ちだ。私の部下が得意なんでね」


「あら、クレー射撃だけじゃなく早撃ちまでするの? 見物したかったわ」


「お望みとあれば。この後予定は? ミス…」


 カートマン。ミスもミセスもマダムもいらない。と、マダムの部分は冗談めかしてヨハンナは微笑を浮かべた。ヨハンナは三十路を過ぎているが、四十手前とまではいかない。女狐だの化物だの散々な呼ばれ方をしてきている手前、今更年増扱いされたところでどうという事は無いが、それはそれとしてあまり面白い物ではないのは事実だ。


 ヘラルドの早撃ちを見物するため席を立ち、エステバンに誘われるがままにロッジを出た所であるものが目に留まった。


「あ…」


 ヨハンナがそれに気づき、声を漏らした方向を見たエステバンの表情が歪む。


 死体だ。それその物が野ざらしでは無いが、粗雑にシートで包まれて運び出される途上であった。頭部と思しき部位には血が滲み、ロープを巻かれて締まった部分は僅かに人間のシルエットが浮かんでいる。「その業界」の人間でなくても、一目で分かる程度には雑な仕事であった。


「あー…、もしかして、さっきの銃声って」


 ヨハンナに問われたエステバンは面倒な事になったと言わんばかりに目頭を押さえ、少しだけ思案した後口を開いた。


「そう、アレは私の部下。だった、物だ。私の仕事は色々と面倒事が起こるものでね。少しばかりの失敗は許容するべきではあるのだが、度を越した者を見過ごす訳にはいかないのだよ。アレは、その手合いだ」


「それじゃあ、まるで…」


「カルテル。犯罪組織。そう言いたいのかな」


 エステバンの言葉にヨハンナは肩を竦め、「まぁ、そう」と短く返す。しかし怯えたそぶりは見せず、寧ろ興味深いといった風の態度を取り繕う。正直な所、ヨハンナは麻薬王の相手など慣れたもので、真横に座っていた同業者が麻薬王の不興を買って頭を吹き飛ばされた経験もあり、この程度の事では眉一つ動かす事は無いのだ。


 しかしそれでは「バカンスに来たモデル」というカバーが外れてしまうので、ある程度のリアクションは取ってやらねばならないのだ。が、怯えすぎてもダメで、誰でもそうだが過度に怯え、ヒステリックになる相手は鬱陶しく感じるのだ。それは都合が良くない。


「そう、私はまぁ…世間で言う犯罪者、という奴になるのだろうな。幻滅したかな。見苦しい物を見せて申し訳なく思う」


 エステバンは部下を呼びつけ、客人をホテルへ送るよう身振りで示し、更に口止め料としてか小切手を渡そうとするが、ヨハンナはそれを遮った。


「女って言うのは、案外スリルに飢えている物なのよ」


 口の端をにわかに吊り上げ、目を細めたヨハンナは少しだけ愉快そうな口調で続ける。


「そして男って言うのは、スリルがある方が色っぽくて、良い男なのよ」


「ほう」


「危険な匂いのしない男なんて退屈だわ。貴方も媚びるだけの都合の良い女なんて、退屈だと思わない?」


「何が言いたいのかわからんね」


「貴方に俄然興味が湧いてきたって事。カルテル? 犯罪組織? 良いじゃない、中南米に居るんだもの。それぐらい、いつか遭遇するとは思っていたわ。なにより刺激的で面白そう。別に私を捕って食ったりする訳では無いでしょう?」


 エステバンは笑みを浮かべ、部下に早く死体を片すよう身振りで示し、小切手を懐へとしまい込む。


「だがスリルにはリスクが付きまとう事は分かっているだろうね?」


「勿論、スリルとリスクを天秤にかけてこそ、面白みがあるのよ」


よし(bien)。なら少し相談なんだが、一週間後に家族の誕生パーティーがあるんだ。私と、私の母と、弟のね。数日間続く大きなパーティーだ。キミの様な女性がいると華やかになっていいと思うんだが、どうだね」


 エステバンからは先程までのビジネスマンの雰囲気は失せ、包み隠さない自然体の、カルテルの大物と言った風格を漂わせ、笑みを浮かべながらヨハンナの肩に手を置いた。




「ハンナは上手く取り入ったみたいだよ」


「こっちも奴さんの懐に虫を忍ばせた。バックドアの生成待ちだ。上手く行くといいんだがな、あいにく俺はこの手の事はさっぱりだ」


 クラブの外で待機していたバンに合流したサキは汗をぬぐいながら経過を報告、マヌエルも作業の進捗を報告してヨハンナ謹製の作業手順書を後部座席に放った。


「しかし、綱渡りも良い所だな。いつ芝居がバレるやら」


「その為にいつでもピックアップできるよう張ってるんでしょ。まだここは良いけど、『巣穴』に入っちゃったら難しくなる」


「巣穴だって?」


「ハンナ、アレのパーティーにお呼ばれしてる」


「とんだ役者だな。それとも奴さん、女なら見境無しってか」


 はん、とカルテルの大物のプレイボーイぶりに鼻を鳴らしたマヌエルは運転席のシートを叩き、運転手がバンのキイを回してエンジンに火を入れる。アクセルが踏み込まれた年代物のルノーのバンは、エンジンの唸りでガタガタと車体を揺らしながらカントリークラブを離れていく。誰に怪しまれるでもなく、監視も追手も無かった。


「しかしアレだな、ここまでアイツ(ヨハンナ)の言うがままに仕事してるな。使いっぱしりみたいだ、隊長が変わった訳じゃないのにな」


 マヌエルの部下の一人、ハンドルを握るフェフナーがぼそりと愚痴を漏らす。自分たちはマヌエルの部下であってヨハンナの下に着いたつもりはないし、マヌエルもそのつもりが無いにも関わらず、原隊を離れて以来、今日にいたるまでヨハンナの指示やプランに則って行動しているのだ。フェフナーにはそこがやや面白くなかった。


「言うなフェフナー、あの女が居なけりゃ俺達は全滅してたんだぞ。特にお前、拳銃奪われはしたが結果的には助かっただろ」


 フェフナーは渋滞車列での銃撃戦時、ヨハンナに拳銃を奪われたオペレーターだった。彼はやや職務にだらしない嫌いがあり、その時は拳銃にランヤードを着けておらず、更には抜きやすいようにと推奨されない改造をホルスターに施していた。結果的にそのお陰で助かりはしたが、ヨハンナに対して一つの借りを作っているようなものだった。


「だがよ、このまま行けば野郎のナニをしゃぶれって命令まで飛んでくるぜ」


「なに言ってるんだ、アイツは女だろうが」


「比喩表現だよ、だが本当に女なのか? あの胆の座りっぷりはタマとブツぶら下げてねえと説明がつかんだろ。ガタイも良いしな」


 エアコンの利かない車内の暑さと、先行きが見えない作戦への苛立ちから、フェフナーの言葉遣いが下卑た物になる。元々口は悪い方であったが、今日はいつにも増して口が過ぎている。が、それは周りも同じようで、シモに振れた会話にベルトットも乗っかりかけていた。


「お前らやめないか、俺達だけなら何も言わんが、レディが乗ってるんだぞ」


 マヌエルはばつが悪そうにサキの方を見やる。ヨハンナ自身の事などどうでもよいが、サキは共に仕事をしたこともあり、その風貌や戦いぶりからくる悪感情は拭えないにしても、少なくとも元同僚として気遣う所はあった。それの大切な人間──例えその人物を嫌っていても──を、わざわざ目の前で悪し様に語ってやるほど無粋で無神経ではなかった。


 サキの事を思えば、フェフナーもベルトットも口を噤み、居心地が悪そうに黒レンズのアイウェアを正したり野球帽の位置を直したりしていた。


 しかし当のサキはと言えば、表情一つ崩さず、まるでその様な言葉を聞くのが日常かのように無表情であった。この暑さの中で、外から戻って以来白磁の肌は汗に濡れる事なくサラリとした質感を保ち、まとわりつくあらゆる不快感を感じないかのような、人間離れした雰囲気を見せつけている。


 それはパートナーを悪し様に語られることに対する怒りや、不快感を隠そうとしている物ではなく、そう、いうなれば「何を今更」とでも言いたげにすら見えた。それを感じ取ったマヌエルは、先ほどまでの気遣いは他所へ飛び、興味に駆られて思わず口を開いていた。


「なぁ…イライアス。そのだな、……さすがにアイツ、『ぶら下げて』ないよな?」




 腰の高さで引き抜かれた.454カスールが雄叫びをあげ、並べられた三つの標的に大穴が穿たれる。括り付けられたマン・ターゲットは全て頭部ど真ん中を撃ち抜かれており、それを隣で見ていたヨハンナは思わずヒュウと口笛を鳴らした。


 早撃ち(ファスト・ドロウ)の腕もさることながら、45口径ならいざ知らず、両手で構えていても難儀する.454の反動を片手、それも腰撃ちで御するのは驚嘆に値する。


「いま三発撃ったの? 銃声は一発に聴こえた」


「流石だろう、ヘラルドの早撃ちは。向かうところ敵なしといった具合だ、時代が時代で生まれる場所が違えば伝説のカウボーイか保安官だ」


 時代が時代なら、と言う但し書きが付くとはいえ確かに早撃ちは見事な物である。現代においてはウェスタン・スタイル(西部劇風)のスポーツ・シューティングでしか使用しない様な技術ではあるが、この速さと正確さであれば警護中にも役に立つ場面もあるやも知れぬ。このヘラルドと言う男を侍らせている時に妙な気を起こすのは得策ではない。ヨハンナは認めざるを得なかった。


 現代の銃撃戦は早撃ち勝負のように合図と共に始まる物ではなく、いかに早撃ちの腕が驚異的であろうとも、それを発揮させぬ手立てなど幾らでもある。しかし、得てしてこう言った特技を持つ者は、自分の土俵に相手を引きずり込むのを得意としている物で、その点でヨハンナはヘラルドの早撃ち技術を時代遅れのアマチュアが好む物と軽視する事はしなかった。むしろ、趣味としてウェスタン・シューティングを少しばかり嗜むヨハンナは、ヘラルドの早撃ちの技術を一目置いていた。


 ヘラルドは背後で何事かを喋る観衆に一切気を向ける事も無くホルスターに銃をおさめ、姿勢を正して射撃の態勢を取り、目にも止まらぬ速さで銃を抜く。リヴォルバーが吼え、三発の弾丸が一度の銃声で標的に撃ち込まれた。


 しかしマン・ターゲットに新しい穴は穿たれていなかった。仕損じたかとヨハンナはけげんな表情を見せるが、隣で見ているエステバンは思わず苦笑を漏らした。ヘラルドは銃口から昇る硝煙を吹いて消し、ガンスピンをしながらホルスターへと銃を納める。


 すると、マン・ターゲットの支柱が同時にへし折れ、まさに西部劇の決着シーンの如く標的が芝生の上に倒れ込んだ。


「まるで映画から飛び出してきたみたいね」


 おべっかを使うヨハンナに一瞥もくれず、ヘラルドは脇をすり抜けロッジへと歩いていく。エステバンはその肩を数度叩き、その際ヘラルドは小声で何事かをエステバンにささやいた。


「さて、今日の所はお開きにしよう。この後も用事があるからね」


 時計を見やってこの後のスケジュールを思い出した風に語るエステバンは名刺を差し出し、自身の連絡先をヨハンナに伝える。電話番号、先進諸国では半分死にかけの文化だが、こういった国では現役である。ヨハンナの番号を聴かないのは、先進国の現代人がSNSのみでやり取りをしている事を考慮しての事なのか、それは定かではない。


「そう、もう少し楽しみたかったけれど。残念」


「また連絡する…私の番号はこれだ。あとで一度コールしておいてくれ。おい、彼女アレを」


 エステバンの部下が小洒落た佇まいの小箱をヨハンナに差し出す。掌に乗るサイズの小箱、中身は腕時計であった。何の変哲もない、よくある高級ブランドの腕時計。女性にプレゼントするには些か華やかさに欠けるが過度に華美になりすぎず盤面の視認性も良い。なるほど、時計選びのセンスは良いらしい。少なくともヨハンナの好みには合っていた。


「私に? 悪いわよ…会ってすぐなのに頂くなんて」


「ほんの気持ちだよ、パーティーに来てくれるわけだしね」


 あってすぐの女に腕時計を贈るというのはどうにも不自然、ましてこれを常に持ち歩いているのかという疑問は沸くが、あえて口に出す事はしない。何某か仕掛けをしているのかも知れぬが、良いだろう、策に嵌ってやって、警戒心の薄いモデルの女を演じようじゃないか。


「お言葉に甘えて頂くわ。ありがとう、ウブロかしら? 気に入ったわ」


 ヨハンナは時計とエステバンの顔とを交互に見て、笑顔を浮かべ礼を言う。本当の事を言えばヨハンナはオリス・ビッグクラウンが趣味なのだが、相手が誰にせよここで自分の趣味を出すのは無粋というものだ。


 名残惜しそうにしつつも部下に促されて去り行くヨハンナの姿を、エステバンは見えなくなるまで見つめていた。気のいい笑顔を崩さず、裏の本性を見透かされぬように。


「ボス」


「なんだ、言いたい事があるなら」


 ロッジから戻りヨハンナが去った方向を見てヘラルドが口を開く。俄かに眉間に皺をよせ、些か不愉快そうな表情を見せるヘラルドだったが、理由を理解しているエステバンはそれを咎めはしない。


 ヘラルドはエステバンのボディーガードだ。主に近づくありとあらゆる危険や敵意を退けるのが彼の仕事で、たとえ女子供であろうと、自身の親であろうともエステバンに危害を及ぼすのならば撃つという覚悟の下に生きていた。


「ハンナとかいう女、どうも臭います。裏は取れているでしょうが、私の勘ですがね」


「お前の勘は信じているよ。私もアレを本気で信用している訳じゃあない。ハニートラップなんて言葉をわざわざ口に出すまでも無いだろう。だから時計をやったんだ」


 とはいえ、心配性は悪い癖だと知りつつも、ヘラルドはエステバンに具申せずにはいられなかったのだ。だが、主が手を打っている以上、これ以上自らなにがしか進言するのは不興を買いかねない。ヘラルドにとって恐ろしいのは、主の死の次は彼に嫌われることである。


「なら、良いんですが。何かあればいつでも命じてください」


「勿論そうする。だがお前は、私がお前と言う銃を抜くタイミングは知っているだろうし、私が命ずる前に動くだろう? だから、今は何も考えなくていい。さて、ロッジで一杯やるとしよう」


 エステバンは獰猛な笑みを浮かべ、ヘラルドの肩をバシバシと叩いてロッジの方へと歩き出す。何者かは知らぬが、自分に近づこうとする者が居る。鬼が出るか蛇が出るか、なんにせよ良い刺激になると、エステバンは上機嫌に鼻を鳴らすのだった。










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